ど近眼な大統領
エリカ
ど近眼な大統領
昔、小さな国に、ひどく近眼な大統領がいました。
彼には、自分の手が届く範囲ぐらいのものしか、はっきりと見ることが出来ません。なので大統領と話すには、彼のすぐ近くまでいって、1人1人話さねばなりませんでした。
しかし彼は、国民の顔をよく見て、悲しんでいる時は抱きしめ、落ち込んでいる時は肩をたたき、頑張った時は頭を撫でてくれました。
皆、彼が大好きでした。
大統領夫人も、いつも彼のすぐ近くにいて、彼を支えていました。
「うちの奥さんより、美しい人は見た事がない!」
大統領はいつもそう話し、2人はとても仲睦まじく暮らしていました。
大統領も、国民も、とても幸せでした。
ある日、大統領の元へ医者がやってきました。
「私は、あなたの目を治療することが出来ます」
医者はそう言いました。
国民も、大統領夫人も、大層喜びました。
「大統領も、きっと喜ぶはずだ! すぐに知らせよう!」
ですが、大統領自身はそんなに嬉しそうでもありませんでした。
「私は今のままで十分なのだが・・・」
しかし皆は、大統領に治療を勧めました。
「皆がそう言うなら・・・」
大統領は治療を受け、とても目が良くなりました。
目の良くなった大統領は、初めて見る遠くの景色に、大変感動していました。そして、国民大勢の前に立って、こう言いました。
「今は、ここに立っていても、1人1人の顔が良く見える。今後は大勢といっぺんに話が出来るぞ!」
「わー!」
国民は、歓声をあげました。
大統領の目が良くなってから、半年が経ちました。最近では大統領宅に話に来る国民はほとんどいませんでした。大統領は多くの時間を、窓から遠くを眺める時間に費やしていました。
ある日、大統領が、遠くの塔を指さして言いました。
「あの塔はなんだ?」
夫人が答えます。
「あれは、隣の国の建物ですよ」
大統領は考え込みました。
「あの塔が欲しい時は、どうすればいいのだ・・・?」
その後、隣国との領地をめぐる戦争が始まりました。
苦しい戦いに、兵士は直接大統領の元へやってきて、訴えました。
「戦争を止めにして下さい!」
彼はやせ細り、傷だらけで、目には涙を浮かべています。大統領はその兵士に、20mも離れたような玉座から言いました。
「まだ叫べるほど元気ではないか。もう少し頑張りなさい」
必死に戦った兵士や国民たちは、次々に死んでいきました。
また、大統領は窓から外を眺めていました。
そこに、若く特別美しい女が遠くの通りを歩いているのが見えました。
「あれは、誰だ?」
その女を指して、大統領が言いました。
「あれは、夫人の妹さんです」
召使いが答えます。
「我が家に連れてこい」
夫人は、自分の妹と恋仲になった大統領を恨み、自ら命を絶ってしまいました。
また、大統領は窓から外を眺めています。
「あの乗り物は何だ」
大統領は飛行機を指さし言いました。
しかし、誰も答える者はいません。
「おい、誰かいないか?!」
気づくと、大統領宅には誰もいなくなっていました。
慌てた大統領は、街に出ていきましたが、街も閑散とし、国民は殆どいなくなっていました。
大統領が遠くを見ている間に、近くにいた人達がみな、いなくなってしまっていました。
そこで彼は気づきました。
「ああ、私はなんと愚かだったのか。こんな事になるなら、目が悪いままでいた方が良かった・・・。誰か、元に戻してくれ・・・」
それから大統領は、どうにか前に出会ったあの医者を探そうとしました。そして、自分はあの時の医者だという者が現れました。
「君がいて良かった。この目を、どうか前の目に戻してくれ」
大統領は懇願しました。
「前の状態に戻すことは出来ません」
医者は言いました。
「そんな・・・」
落胆する大統領の前で医者は言いました。
「私に出来る事といえば、何も見えなくさせることぐらいです」
大統領は答えました。
「それで良い!そうしてくれ」
大統領は医者から薬をもらいました。そして玉座に座ると、ゆっくりとそれを飲みました。
医者の言う通り、段々と視界が暗くなっていきます。
そして、視界だけでなく、音も遠くなっていきます。
体の感覚もなくなっていきます。
暗く深い闇に落ちていく中、医者の顔が見えました。彼は怒りと憎悪に顔を歪めています。彼は医者ではなく、一度大統領の元へやってきた、傷だらけの兵士でした。
彼はつぶやきました。
「よく見ておかないから、こういうことになるんだ・・・」
ど近眼な大統領 エリカ @Ering
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