第7話『最悪の結果発表』
部屋の中にいたのは、俺たちのコーチであるサトウさんだ。毎朝元気な挨拶というか説教をかましてくる彼だが今は様子が違った。普段はさわやかな笑顔を浮かべているその唇はきつく引き絞られており、顔に刻まれたそのしわが彼の苦悩を感じさせる。まるで一気に老け込んだようだ。
サトウさんは俺たちが入ってきたのを確認すると、その渋面を崩さないまま、感情を感じさせない低い小さな声で俺たちに話しかける。
「お前たち、来たか。まぁ、とにかくまずは座れ」
そういうと、椅子の数があと一脚足りないことに気づいたのだろう。サトウさんは空中にコンソールを出現させると、それを操作。すると、まるで空中をすべるように一切の音を立てることなくもう一脚のインテリジェンスチェアが俺たちの前にやってくる。俺たち三人は無言で互いの顔を見合わせると、それに腰を下ろす。
最後まで3人とも呼ばれなかったこともそうだが、このサトウさんの雰囲気。つまりはそういうことなのだろう。前回も、そして今回もーー
「まぁ、お前たち三人だけ最後に残したことからわかると思うが、ゼロによるお前たちの才能判断についてだが…………。お前たちだけは今年も才能はおろか、適性すら全く見受けられなかった」
――適正すら一切見受けられなかったということだ。
分かってはいたことだが、やはり気分が暗いものになることは避けられない。なにせ、あなたには何の才能もないんですよと人類の絶対管理者であるゼロから太鼓判を押されたかのようなものなのだから。これで気持ちが落ち込まない人がいたとしたらかえって異常だろう。
「お前たちだけがなぜこんな結果になるのかは、俺には正直分からん。お前たち兄妹が毎日遅刻してくることはさておき、俺から見てお前たちだけが異常に能力が低いということは全く感じられない。それどころか、逆にその能力は高く感じる。ただ、お前たちに才があるのかどうかを判断するのは俺じゃない。それはゼロだ」
「知ってますよ」
俺はつい少しいらだちを隠せない態度で反応してしまう。
あぁ、そんなことは分かってるんだ。俺たちが一番分かっているんだ。だから悲しいんだ、むなしいんだ。俺たちだって自分の才能を信じたい、でもゼロはそんなことを許してはくれない。
俺は一体何のために生まれてきたのだろうとつい思ってしまう。何の才能も無いということは、何の役にも立てないということ。そんな人間が存在する価値はあるのだろうか…。
そもそも、才が見出されるということは、その分野における適性が一定以上を超えていることが確認されたということだ。つまり、適性がある程度はあったとしても、その程度が低いものではそれは才とは判断されない。
そこそこ運動できる人は沢山いるが、そのなかでもスポーツ館へと進めるものはごくわずかしかいないのを考えてもらえればわかるだろう。
だが、俺たち三人の場合は才が見出されないだけではない。それどころか、適性そのものが全く見出されないのだ。まるで俺たち三人だけがゼロの管理から放り出されたかのように、個人の能力を示す12角形のグラフは、中心に目にも見えないほどの点がひとつあるだけ。
適性すら全くもってないことなんて、普通はあり得ない。そんな人間がいるとは考え難いだろう。それに、俺たちだってほかの伸生とともにこなすワークでも人並み以上の実力は発揮している。でも、ゼロの判断は適性さえ一切なし。俺なんかの考えよりも、ゼロのほうが何倍も優れている。そのゼロの判断は正しいに決まっているのだ。俺の自己評価などたいした意味は持たない。
「まぁ、そう噛みついてくるなよ。お前たちの気持ちは分かってやっているつもりだ。俺だってこんな結果を話したくなかったさ。お前たちの結果を最後まで残したのは、最後まで俺がこの現実から逃げていたかったからっていうのもあるな。俺だって、今年は、いや、今年こそはってお前たちの才能判断には期待していたんだよ」
サトウが悲しそうな顔をして言葉を紡ぐ。
「お前たちだってもういい歳だ、このままずっと伸館にいるわけにもいかないだろう?」
「じゃあどうしたらいいんですか!?」
ガタンと音を立ててインテリジェンスチェアから立ち上がると、タクミは普段は絶対に出さないような、怒りと不安をかき混ぜたかのような感情のこもった声で叫びだす。
「僕たちだって一生懸命にやっているんですよ!?なのに…、なのにどうして………。どうして何の適性すら示されないんですか!?こんなのおかしいですよ!!」
今までため込んでいた思いが一気にあふれ出したかのように、ワナワナとタクミはその体を震わせる。もう思っていること全部吐き出してやるとでも言いたげな表情でタクミはその胸の内にため込んでいた毒を全て吐き出した。
「このまま伸館にいるわけにはいかない?じゃあどうするのかってあなたは言いたいんですよね?それは僕たちが一番聞きたいんですよ!!どうしたらいいんですか!?誰もそんなことは教えてくれない、親だって兄妹だって何の適性のない俺をバカにして!!俺たちだって適性くらいはあるはずだ!!こんな才能判定間違ってる!!!!」
空気が凍った。そのタクミの言葉は世界を揺るがしかねないほどのものだったからだ。全人類の絶対的管理者である人工知能ゼロ、それが黒といえば皆が白だと思っていても黒になる。そんな存在相手に人間ごときが間違っているなどというのは正気の沙汰じゃない。
それは、人が生きることはそもそもとして間違っているというほどの狂言だといえば理解してもらえるだろうか。物事の根底に向かって暴言を吐いたのだ。
しかし、それは本人も分かっていたのだろう。だから今までそういうことを思っていながらも、口には決して出したりはしなかったし、態度にすら出していなかったように思われる。しかし、今日その心の結界は崩壊した。
タクミは、その思いのたけを一気に吐き出したせいで、今度は悲しさがこみあげてきて来たのだろうか。うっ…うっ…という嗚咽がタクミから漏れだす。
サトウさんも言葉を返すことができないようだった。それもそうだろう、あれほどの思いをぶつけられては、サトウとしてもなんと声をかけていいのかわからないに違いない。
なにせサトウさんは、指導者としての才が見出された身。いかに指導者として優れていようと、いや、だからこそタクミの気持ちは理解することはできないのだから。特にゼロによって才能があると判断されたその身においては…。
誰も口を開こうとはしなかった。
そんな誰も声を発しない相談室に、タクミのすすり泣く声だけがむなしく響き続けた。
ドミネイテッド・ワールド 河原一平 @onepay39
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