第6話『二人の距離と』
「お兄ちゃんったら来るのが遅いよぅ。いつになったら来るのかってしんぱいしてたんだよ?」
俺をしたから覗き込むような姿勢でムッとした顔になる。さっきは輝かんばかりの笑顔だったというのに、本当にコロコロよく表情が変わる。もちろん、どんな表情も俺は大好きだ。
「わるい。でも、結果を考えたらいく気なくなるじゃん?」
「そんなことないよ!!お兄ちゃんはハルナの中では適正バッツグンだもん!!ほんとだよ?」
「ふっ、ありがとなハルナ」
俺はそう言うと、ハルナの頭をなでてやる。サラサラな髪が撫でていてとても気持ちがいい。
「えへへ…」
ハルナは、頬をほんのり紅色に染めながら嬉しそうに微笑んでくれる。
そうさ、俺はハルナさえいればほかにはもう…。
しばらくそうやって頭をなでていたが、ふとあたりを見渡すと廊下にいた伸館生みんなが俺たち兄妹の様子をうわーといった様子で見ている。
ふっ、なんだお前たち?ハルナといちゃつける俺がうらやましいんだな?そうなんだろう?でも残念、ハルナは誰にも渡しはしない、はっはっはっはっは。
「それはそうと、ハルナはもう発表終わったのか?」
結果は聞くまでもないが一応聞いておく。
「ううん、まだだよ。だから今までお友達と話してたの」
そう言って、ハルナは後ろを振り返る。そこには、会話に入っていいんだろうかいけないんだろうかという微妙な表情を浮かべたハルナと同年代の女子が二人たっていた。
「友達と一緒にいたのか。なら邪魔しても悪いから、俺はタクミでも探して話してるよ。じゃあ、昼休みいつもの場所で」
さすがの俺でも、友達から奪ってまで一緒にいようとは思わない。それに昼休みになればまた会えるのだ。そう悲しむこともないだろう。
「うん、じゃあまたあとでね!」
そういってハルナが友達のほうにかけていくのを見ると、やっぱり少し寂しく感じてしまう。よし、俺はタクミでも探すとしようっと。
そういって、あたりをプラプラしてみる。しかし、どこにもタクミはいない。あいつどこいったんだと不思議に思っていると、男子トイレからタクミが出てきた。俺はそこで瞬時に理解した、そういうことかと。
「お前、急に消えたかと思ったらうんこしてたのかよ!!」
出会って早々俺に突っ込まれたタクミは図星だったらしく、びくっとわざとらしく体を跳ねさせた。こいつのリアクションはウケを狙っているんだか、本気なんだかわかんないんだよな。やけに女子には受けているようだが。
「え?あ、あぁ……ってそうたい!!」
「だから急に走っていったのか」
「お、おふ。だって漏れそうだったからさ。てかさ、タイキ俺思うんやけど最近なんか事故とか行方不明者とかのニュース多くね?」
トイレの話は早く切り上げたい意図が見え見えな強引な話題の切り替えだが、乗ってやることにする。
「あー、そういえばそうだな。とは言っても、ゼロにミスがあるはずもないし、それはしょうがないことじゃないか?」
そう、ゼロが管理しているこの社会で管理ミスということはあり得ない。ならばそれはもう個人の責任ということだろう。いくら管理者といえど、その行動のすべてを思い通りに動かせるわけじゃないんだから。
「まぁ、そうなんやけど……なんか引っかかるんよねー」
納得いかないなという様子でタクミが首を傾ける。普段はバカみたいなタクミだが、妙に勘が働くときがある。だから俺ももしかしたら何かあるのかもなーと思ってみたりはするがそんなに深くは考えたりいない。
俺たちがその後も、まったく何の益ももたらさないようなバカな話をしている間にもどんどん廊下で待機している人の数は減っていく。相談室からでてきた館生の様子は様々だ。やったぜ!とガッツポーズで出てくるもの、無表情をつらぬいて出てくるもの、その場で泣き崩れるもの。しかし、このリアクションというのが判断するのが難しい。泣き崩れているからと言ってそれが適正なしだったとは限らないのだ。嬉し泣きで号泣するものもけっこういる。特に女子。たまに男で嬉し泣きしているやつがいるけど、俺的には見苦しくて嫌いだ。
そうやって次々と館生が呼ばれていくが、俺たちの名前は全くもって呼ばれる気配がない。タクミと話すことも尽きてきて、互いにARレンズに表示されるお気に入りのコンテンツを眺めだしたころ、俺に声がかかった。
「お兄ちゃんもまだ呼ばれてなかったんだね」
俺に声をかけてきたのは妹のハルナだ。ARレンズに夢中になっていて気付かなかったが、もはや廊下で呼ばれるのをまっているのは俺たち兄妹とタクミだけだ。まるで俺たちだけが取り残されたかのような状態に少しばかりの寂しさを感じる。
そうさ、わかってたんだ。今回もダメだってことは…。
「あぁ、あんまりにも呼ばれないもんだから忘れてたぜ」
嘘だ。本当はずっと待ってた。けど、裏切られるのはもう嫌だから、忘れたようなふりをしてた。
「あはは、お兄ちゃんったら」
ハルナはお日様のような笑顔を浮かべて笑ってくれる。でもその笑顔がほんの少し、俺くらい一緒に過ごしているものじゃないとわからないくらい引きつっているのに気づいた。ハルナも内心は期待が裏切られて傷ついているのだ。決してそんな様子を見せまいと頑張っている様子が逆に痛ましい。
俺は気づくと、ハルナを抱きしめていた。ぎゅっとハルナを少しでも慰めるように、そしてまた傷ついた自分を慰めるように。すると、ハルナも俺を抱き返してくる。ハルナの温度を生で感じる、そのぬくもりに俺は自分の気分が徐々に温かいものに包まれていくのを感じていた。
「大丈夫だよハルナ、何があったとしても俺だけはハルナのそばにいるから」
「うん、ハルナもずっとお兄ちゃんと一緒…」
俺たちはそれ以降、お互いに一言も声を発さず抱き合っていた。聞こえるのは、ハルナの静かな呼吸音だけ。俺は自分の欲望がもっと先へ進みたいというのを必死に抑える。俺たちは兄妹だ、これ以上のことは望んじゃいけない。
そんな俺の意思を読み取ったのだろうか、ハルナがすっと腕をほどくと俺から離れる。今まで感じていた温もりがなくなってしまうのが名残惜しい。そして俺たちは無言で見つめあう。普段は笑顔のハルナが珍しくまじめな顔をしているのが珍しいが、何を考えているのかまでは分からない。
そうして二人で見つめあっていると、ハルナが何かを決心したかのようにフゥっと息を吐きだす。一体何をしようとしているのか、若干の焦りを感じながらまっていると、ハルナが口を開くーー
「お兄ちゃん、ハルナーー」
「お二人さんちょっといいすか?お熱いところ申し訳ないんですが、俺たち呼ばれてますよ?」
――が、思わぬ伏兵に邪魔をされてしまって最後まで聞き取ることができない。
こいつ、空気読めよと言いたげな顔でハルナがタクミをにらみつける。おお、こんな表情もできたのかと思うほどのすごい迫力だ。だが、タクミはそれに気づいていないのか、気づいているけど無視しているのかまったく気にした様子も見せずにせかしてくる。やはりこいつは狙ってるか天然なのかわからないぜ…。
「だから呼ばれてるんだって!早くいかなきゃ」
やけに大きな声でタクミがせかしてくる。
「お、おう。そうだな」
特に断る理由もなかった俺は、素直に賛同した。
ハルナが何を言いたかったのかが気になるが、俺は相談室へ向かうことにする。ハルナを見てみると、あーもうっ私のバカなどと言いながら両手で顔を抑えてうずくまっている。一体何があったのだろうか、後で詳しく聞いてみよう。
呼ばれたのは俺たち三人ともみたいだったようで俺たちは三人で相談室へ入った。
…。
ここでタクミの後ろからついてくるハルナがおぞましげな表情でタクミの後頭部をにらみつけていたことは見なかったことにしておく。
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