悪役王子との婚約事情
読(どく)
第1話
勉強疲れを癒すため一人でお茶を楽しもうと、侍女に用意をお願いをしたはずだったのに――
私が今いる場所は王都から北東に位置し、馬車で二週間ほどかかる辺鄙な場所に設立された学園だ。前世日本という国と科学力は違えど、魔術学が発達したこの世界では珍しいことだろう。これにはきちんと訳があるけれど、ここでの説明は省く。
この国は君主制をとっているため、生まれながらのれっきとした身分がある。
頂点に立つのは当然、国王。王家はやんごとない身分として皆から尊崇される。
次が公爵。全ての家が王族の血を引いているので彼らは王家の一員と考えてまず間違いない。次が侯爵、伯爵、子爵、男爵、一代限りの騎士爵がある。
重要なのは王家と三公五候だ。
奇数であることも重要な意味を成しているみたいだけど、難しいことはよくわからない。三公のうち二公が敵対しても王家が残りの一公に味方すれば瞬く間に情勢は変わり、同じことが五候でもいえるとか。三公全部が敵に回ったら――それほど疎まれていれば止む無しという暗黙の了解が見え隠れしている気がした。
我が国の領土は王都を中心に四方に広がっている。その領土を王領も含め扇形に大きく四つに分かれ、その四つをさらに五つに分けていた。そこからさらに伯爵以下の領地が細分化し入り組んでいくけれど、建国当初の貴族間の派閥だったと語る歴史家もいるけれど、誰も真実はわからない。
で、なにが言いたいかっていうと、我が家は王領に隣接した領地を守る五候筆頭と呼ばれる由緒ある侯爵家。そんな生まれの私がどうしてこんな辺鄙な場所に作られた学園にいるかといえば、個人的な理由があるからだ。
さっきも少し触れたけど、私には日本で暮らしていた前世の記憶がある。この世界でも珍しい事象でも決して起こり得ないわけではない。地球という世界には魔力というものがなかったため、魔素に引きずられてしまうのだとか。なにも今生きている世界だけに影響がでているわけではなく、地球側にも認識されていないだけで影響は出ているだろうと魔術研究者たちの間では語られている。
実のところ私はこの『影響』がなんなのか知っている。まあ、数ある現象の内の一つだろから、わざわざ報告する気なんてないけど。
「さっきからだんまりだ。なにを考えている、メーデン」
メーデン、それが今世の私の名前。
正しくはメーデン・ペンデ・ガナス。
序列五位のガナス侯爵家の娘という意味らしい。
「いいえ? なにも考えていません、殿下」
相手の存在を強調するように名前を最後に置く。なんだか貴族的な腹の探り合いっぽくて嫌だ。だから、一人でお茶を楽しみたかったのにー!
招待せずとも現れた男二人に気付かれないよう小さくため息を吐いて、私はティーカップをソーサーに戻し視線を誰もいないほうへ向けた。
そこは見晴らしがいい、と言えなくもない場所。
しかし貴族の令嬢や子息――王族がお茶会をするには殺風景、というよりも殺伐とした場所だった。
少し前までは森と呼ばれるだけの木々が植えられていたけれど、刃によって一閃されたように倒木と成り果ててている。
すぐに後処理をすれば見栄えのする庭園ができたかもしれないけれど、私が通っている学園にそんなお金はない。教員たちは見て見ないふり。生徒たちにも危険という理由で近寄らないように指示していた。
だから、滅多に生徒はこない。
この学校では目立ってしまう私はこの場所でのお茶が癒やしの時間でもあった。
だというのに、このささやかなお茶会にいつも、いつも、いつも! 二人は勝手に参加する。来るなって言っても来るから本当に性質が悪い。
「あの! 何度も言ってますけど休憩時間まで一緒に過ごす必要はないし、私は一人の時間を楽しみたいので来ないでください!」
「突然立ち上がると姉様の制服にお茶がこぼれてしまいますよ?」
二人目の男――私の弟はのんびりとした口調で窘めてくる。その顔は「仕方ないな~」と喜んで見えるのは気のせいではない。
「メーデンのお願いを少しは聞くことも考えたことはあったが、君を一人にするとろくな行動をしないから無理だな」
「……楽しそうにしてますねぇえええ⁉」
ぶちっとキレそうになるのを歯ぎしりするだけで我慢する。
「そう見えるか。だとしたら原因はアレが君を諦めたからだ」
短く刈り上げた髪を一本一本、毛抜きで引き抜いたら目の前の男はどんな悲鳴を上げてくれるのだろうか。
そんなことを考えながらじっと赤みがかったシルバーの髪を見つめる。
記憶にある限り彼はレッドシルバーの髪を肩ぐらいまで伸ばしていたはずなのに、現在の彼はばっさりと短くしているのは自意識過剰でなければ私のせいだろう。
『綺麗な髪、女の子みたいですね』
幼いころ、私がそう言ったらしい。
正直、そんな記憶はない。
だけど言ったのだろう。証言があるのだ。
弟がその時のことを覚えていて、ついでに「美味しそう」と言って口にいれたんだとか。まあ、髪の毛を食べても美味しいはずがなく、『まずっ! 紛らわしい髪して、私あなたとの結婚は無理』と言ったらしい。
とんでもない思考回路をしているな、私。本当にすみません……。
彼――エースは我が国の第一王子であり、王位継承権第一を有する王太子殿下だ。
そんな彼とは子どもの頃、政略的な意味もあり婚約関係を結んでいる。今すぐにも解消もしくは破棄がしたいのだけど、上手くいっていない。子供の頃からアレコレと考えた結果、このセリフだったんだろう。あまりに失敗続きだから、きっと記憶に残ってないんだろうな。
とはいえ、こんなにも婚約解消が難しいとは思わなかった。
「簡単だと思ったんだけどなぁ……」
ずずずっと音を立ててお茶を飲む。貴族としてのマナーというより、人としてどうなんだっていう所作なのに、殿下と弟は生ぬるい目で見つめてくる。居た堪れない。
簡単だと思っていた理由は、今にして思えば当てにするほうが根拠になり得ないのかもしれない。
少し触れたけど私には前世の記憶があって、日本で遊んだ大っ嫌いな乙女ゲームの世界に酷似していたからだ。
ここで間違えてほしくないのは乙女ゲームが嫌いなのではない。私が生まれ変わった世界と酷似したタイトルのゲームが大嫌いだったのだ。
理由はこうだ。Aという攻略キャラのルートに突入。すると、B、C、D、Eと複数いる攻略キャラは死んでいく。ヒロインを守るために。『えっ、なんで?』と思っている間にAルートをクリア。初のハッピーエンドということもあって、それほど後味は悪くないのだけれど、Bルートをプレイしたときにさっきまで恋愛していたAキャラが死んでご覧よ。まあ、気分が悪い。口の中に苦いものが広がる。まして、その死を踏み越えた先にハッピーエンドというキススチルが待ち受けているのだから、胸が苦しくて苛まれてもおかしくはないだろう。
このゲームは攻略キャラがルート以外では確実に死ぬという、フルコンプまでにプレイヤーに罪悪感を与えるだけの代物と化していた。
悪い意味で印象的なゲーム。嫌いだと周囲に言い過ぎたせいなのか私はこの世界に転生してしまった。それもメインキャラでもあるエース王子の婚約者兼悪役令嬢として。
悪役令嬢と言えば、ああ納得! とみんな頷いてくれると思う。
私が何かしなくてもゲーム通りに接していれば勝手に嫌ってくれるはずで、確実に破棄してくれるというわけだ。
今にして思えば、この考え方がお砂糖とハチミツを混ぜ合わせたようなものだった。
そもそも互いの世界の影響の結果が多分これだ。あちらに魔素が漏れこちらの世界を垣間見せたのだろう。時間軸が違う理由なんてわからないけど、世界が違えば流れる時間だって違うはずだ。
その影響を受けた人物が物語として、メーデンという存在を悪役に据えたと考えるとしっくりくる。
「あっ、姉上。考えごとをしながらお菓子は食べないほうがいいですよ。口元についています……スカートの上にも落ちてる」
この人もキャラ変わってるんだよね。
ゲームだと嫌々姉の手足となって悪行三昧のはずだったけど、オカン属性の強い弟になってしまった。そもそも年齢設定が違う。ゲームでは善悪が定まっていない六歳児。実際は二つ下の十五歳のぴっちぴちの青年だ。
「エカト、自分で拾うから大丈夫だよ?」
「姉上の手が汚れてしまうし、なにより僕が食べたいからこれが良いんです」
にこやかに笑いながらスカートの上に落ちた焼き菓子の欠片を拾い、自分の口へと運ぶ。私たちは貴族だからそんなことをしたら一発で叱られる。私はともかく弟はちゃんと貴族としての立場や態度をわかっているのに、私の前でだけこんな素振りをとる。
「やっぱり、姉上の唇から零れ落ちた食べ物は甘くて美味しいですね」
「……ちょっとよく分からないけど、お菓子だから甘くて当然じゃないかな」
あはは、と虚しい笑い声が漏れても仕方がないはず。
これはあれだよね。
シスコン……参った。弟ができたと思って可愛がりすぎた。
「目ざわりだ」
なにを思ったのか殿下がナイフを投げる。
私とエカトの空間を割くように銀色が奔り、深々と地面に突き刺さった。
「ふふ、困ったなぁ。弟とわかっていてもメーデンに触れる男を見ると刺したくなってしまうよ」
「ちょ、ナイフを投げないでください!」
作った猫なで声は気持ち悪いし、行為は危ないし。
慌てて立ち上がり、後ずさる。
更に怒りの声を上げようとした瞬間、隣から冷気が流れてきて私は弟を見下ろした。
「……嫉妬ほど醜い者はないと常々言っていると思うんですが、いい加減覚えたらどうですか? 僕が生まれたからあなたは姉との結婚できる可能性が生まれたわけで、僕という存在にも頭を垂れ礼を言ってもいいはずです。だというのに邪魔をするなんて――何より大切な姉の肌に傷がついたらどうするつもりですか?」
「あ、あのね、エカト。相手は腐っても一応王子だから言葉遣いは……」
「いいんだよ、メーデン」
いや、だから。その優し気な口調やめてくださいませんかね。
王子はゆっくりと首を横にふり、タルトを食べるのかフォークを手に取る。
もう怖いから、本当にあなたの全部が怖いから‼
「可能性、ね。……失礼なことさらっと言うけどやめてもらいたいな。勘違いしているようだが、お前が生まれなくてもそこら辺に生まれた無駄な男共をあらゆる手を使って養子にすればいい。わかるか? 今すぐにお前が消えてもなんら問題ない」
口調が、猫が。
見えないはずの火花――いや、たぶん大気中の魔素が怒りにふれ、二人の間で弾いているんだ。
「それに傷を付けたらどうするかって? 当然、責任をとるに決まってる。男として最大の、な」
フォークの先が私に向けられる。
まさか、この王子、私の肌を傷つけるつもりで。
そう考えると握られたフォークも恐ろしくなる。次からマフィンとかマカロンとか手で掴んで食べられるものにしよう。
ゲームのヒロインは『もしかしてこの人……』なーんて可愛いこと起きていたけど、無理。恐ろしいほど重い好意が向けられてて勘違いしたくてもさせてもらえない!
勘違いだと思って二年。
次に誤解だと思い込みたくて、一年と半分。
だけど、次々に送られてくる贈り物や手紙。ことあるごとに屋敷にやってきたり、旅行に誘ってきたり、王宮に呼んだりと。最終的には物理、ここまできたら「勘違いかも~」なんて思えなくなっていた。
「姉は望んでいませんよ。あなたもいい加減、学べばいいのではないですか? そもそも、姉が大事にしている僕を傷つけるだなんて。――そんな器の小さな男に姉を預けることなどできません。やはり婚約を解消すべきなのでは? 何度も逃げられていることですしね」
そう、ゲーム通りに進めば没落で処刑。ゲームの世界と酷似しているだけでうっかり王妃になったら目も当てられない。王妃なんて私の性格じゃ勤まらないし、堅苦しいのは御免だ。
婚約を止めることはできなかった時点で、どっちに転んでも勘弁してくれと考え家出をすることにした。一人で生きて行けるだけの知識も教養もあるし、誰も探さないと思っていた。念のため「探さないでください」と手紙だけを残し、屋敷を飛び出した。
自由だー! なんて思う暇もなく、私はあっけなく捕縛。探知魔法というやっかいなものがあるし、婚約者になった私には姿が見えない護衛が三人付けられているため逃げられるわけがなかったのだ。――その内の一人は攻略対象で、王子がつけた護衛といういらない情報も提供しよう。
この時はひどい目にあった。両親からは大泣きされた上謝られ続け、いらないドレスや宝石の類を押し付けられた。迷惑な話だ。
この男と関わってろく目に遭ったためしがない。
細かいことは覚えていないけど、王家所有の制約の塔を爆破させられ両親にげんこつを落とされたり、ぼそぼそした劇まずを口の中に突っ込まれたり、魔獣を退治して褒められると思ったら大気中の魔素を使いすぎて近隣の領地に迷惑をかけてしまったり。他にも山のようにある。
全部全部この男と関わった結果だ。
乙女ゲームの舞台ともなる場所から戦線離脱することに決めた。
それも正攻法で。
この国には学校の系統が大きく分けて二つ存在する。
一つは言わずと知れた魔法の授業に特化し、高位貴族たちが通う学校。
もう一つは、この学園は貴族と富裕層の平民の内魔力を扱えない者たちが生きていく方法を身に着ける場所だった。
当然、ゲームの舞台は魔法の学校。
だったら私は魔法を扱えないふり(特殊な道具を使い魔法を封じ、両親や弟を騙した)をして、後者の学校への入学を勝ち得た。
身分高い者ほど魔素との同調率が高く高位貴族や――侯爵令嬢は百歩譲って通う可能性はある――王族が来る場所じゃない。これで王子と関わることもない―― はずだったのにー!
王子もまた後者の魔法を扱えない者が集まる学校に入学してきたから誤算も誤算、大誤算だ。
理由と方法を聞けば、「魔法学校で学ぶことは全て修めているからね。魔法を知らない者たちの学校に興味があるんだよ。施政者として見聞を広げることは大事なことだから」と仰り、学年まで下げて私と同じ年に入学をした。
本当に勘弁してください。
正直、ここまでくると王子から逃げることに夢中になっていて、手段を択ばなくなっていた。
王子ではない相手と恋仲になり不貞を疑われ、婚約破棄をしてもらおうのが一番だと画策したわけだけど。この学校に通う貴族は、魔法を扱えないことから落ちこぼれと称される者達だということを忘れていた。
悪役非道王子の仕打ちに立ち向かえる者がいるはずがなかった。
けど、敢えて問わせてもらいたい。
乙女ゲームの世界で考えてほしい。
ヒロインはありとあらゆる試練を攻略対象の愛を信じ、また信じられ乗り越えていけるじゃないか!!
なぜだ!? なぜ、私は上手くいかない!!
攻略対象のフォローか。
フォロー力の差か!?
恋仲になる予定の男性を仮にヒロインとしよう。
この場合、私は攻略対象だ。
上記を踏まえ私だって何度もフォローした。傍に居て罵詈雑言を吐き散らす王子を相手に舌戦を始め人海戦術や力技も駆使し、時には勝ち時には負けを繰り返しているのだ。
だというのに! 婚約者候補は逃げていく。近づくと真っ青になって。
候補だから駄目なの!?
つまり、愛!?
愛の差なのだろうか。
私にもヒロインのような一途に想ってくれる相手をください!
「メーデンには何度も言っている。侯爵令嬢と男爵子息、釣り合いがとれていると思っているのか?」
そのセリフ。ゲームの中で私がヒロインと王子、それぞれに言ってた。
涙ぐむヒロインの肩をそっと抱いて慰め、愛を囁いてたなー。
そして身分の差を持ち出すなんて最低な人間だなんだと悪役令嬢を蔑んでた。
……おい、こいつの性根を誰か叩き直してやれ。今すぐに、だ!
「それでしたら、妥協して伯爵家の方と――ッ!?」
この学校の中で私と弟、王子を抜いた最も権力を持っている人が伯爵家の三男だったはず。記憶を掘り起こしそう言えば、手に持っていたフォークが、フォークが!
「なっ、何するのよ! 今、私を狙ってたでしょ!?」
フォークが私の足元に深々と突き刺さっている。
驚きすぎて、隣に座った弟の膝の上に座り抱きついてしまった。
「いい加減、学習しろ。子爵だろうと伯爵だろうと侯爵だろうと実の弟だろうと何を選んだところで、メーデンが結婚するのは俺だ」
最初と最後の声のトーンが違いすぎる。
同時に真っ白になった頭の中に単語が一つだけ浮かぶ。
嫌、と。
「ああ、そうだ。ハニートラップなんて使い古された手に俺が引っかかると思った?」
ちっ。
最後の手段としてこの学校にいるヒロインをけしかけたのだ。ゲームの補正力が働いて、上手いこといかないものかと思い。
そう、この学園に来て驚いたことがあった。なぜかここにヒロインが居たのだ。
不思議に思い首を傾げていると、一つの情報を思い出した。
ヒロインは学園の唯一の生き残り――正しくはこの領地の、だ。
攻略対象たちが死ぬ理由にも関係しているのだけど、この世界は魔素が溢れている。魔素というものは魔法の元。それを人が吸収し魔法に転換し、魔法や魔法具を発動させる。
場所によって濃度は変わり、学園が建てられた場所はほとんど魔素がない。魔法で動く馬車が扱えず、王都から学園に来るのに時間がかかってしまうわけだ。
魔素の保有量は人によって違い身分の高い者ほど大きく、王都などは高位貴族を集めても有り余る魔素がある。これは濃度が高いことを意味していて、早朝の時など子過ぎて視認することができたりする。
下位貴族などは魔素が薄い場所に住んでいるが生活の不便さよりも、獣が魔獣化する恐れがないため安心して暮らせる。
人間同様、獣もまた魔素を吸収する。魔素を魔法として体外に吐き出せば問題ないけれど、ほとんどの獣は取り込んだまま魔獣となってしまう。魔獣の被害は甚大で、簡単に倒すこともままならない。例え倒したとしても魔素を使い切らなくては次の魔獣が誕生する――という負のスパイラルもある。
王都から一週間。
発生する魔素が薄いというのが常識だった領地は、だから守りが薄かった。
魔素が爆発的に膨れ上がり、吸収できる人間はいない。自動的にすべて獣が取り込むことになり多数の魔獣が人を食らうため大勢が集まる学園を狙った。ヒロインはこの時のショックで魔法を扱えるようになり、魔法学園に転入してくるというわけだけど……。
私はヒロインが通っていた学園を知らなかった。というよりも、本編で出てこなかった。だから気付かずにやってきてしまった。
魔獣が学園を襲ってきた時すでに、ここにいた。殺されるのも嫌だし、通う学園がなくなるのも嫌だ。だから、こっそり退治してしまったというわけだ。結果として私のお茶のみ場が誕生した。
だけど、私は前向きに捉えた。ヒロインがいるから王子が学園にやってきたのだと。これがいわゆるゲーム補正! 思わず空に向かって両手を併せ感謝したものだ。
現状何も変わっていない。
おい、ゲーム補正。仕事しろ。
「逃げ回るのを追いかけるのは楽しいけど、他の女をあてがわれるのは趣味じゃないからやめるように。いいね?」
「……わかりました」
目が据わっている。
これは二度目何かしたら、私ではなく相手の女性がどうなるかわからない。それこそ、ゲーム中の悪役令嬢が暴漢をけしかけたように、暗殺者を向かわせる可能性がある。
怖いから、本当に!
ぐっ、と拳に力を込め切り出す。
「何度もお伝えしていますが、私は王子と結婚するつもりはありませんから! 絶対にない、です」
「俺はあなた以外と結婚するつもりはない。両者の意見が割れた時、話し合いもしくは腕ずくが古くから続くやり方だと思うけど」
腕を組みながら、わざとらしく背もたれに背中を預けあごを少し上に向ける。
さまになっているのもしゃくだし、上から目線なのも腹正しい。
「どちらがいい? あなたが俺の婚約者に選ばれない理由として挙げている『魔法を扱えない』という前提を覆すのなら、良い勝負ができると思うが」
そう、これもなんでかわからないけれど、私が魔法を封じていることがバレている。
まあ、誰だって怪しむだろうね。貴族というものは魔力を持つ者が多い上、高位となると桁違いの魔力を保持する。
我が侯爵家も当然その桁違いの魔力を保持する一族で、両親も弟も一般水準を上回る力を有している。
なのに令嬢だけがゼロなんて誰が聞いても耳を疑うだろう。
魔法を扱う者は魔素を無意識に吸収していっている。
酸素のようなものだ。
なくても死なないけれど、少し体がダルイと感じるかもしれないけれどそのぐらいだ。
その吸収を私は魔法具を使って止めている。
だから普通なら分からないはずなのに、この王子は初めから知っていた。
「姉上、僕が倒したということにしていいので、思いっきり魔法でぶちのめしてください」
「できるわけないでしょ! っていうか、どうしてエカトは驚かないの?」
「姉上のことで僕に知らないことがあると思っているんですか?」
やめて。
そんな綺麗な瞳で疑問をぶつけられても、私が戸惑うだけだから。
「それから王子との婚約は反対ですけど、男爵子息との結婚は僕としても認められませんね」
ね、と言いながら私の手を取る。
忘れていたけどエカトの膝の上にいたままだ。王子がアゴで隣の椅子に座るように指示してくる。あんた、本当に私のことが好きなの?
「姉上は貴族としての矜持を持ってください。あなたは誰よりも美しく、穢れのない完璧な令嬢なのだから」
褒められすぎて怖い。
それとねそれ、悪役令嬢が王子に言ってたよ。
『殿下、王族としての矜持をお持ちくださいまし。あなたは誰よりも美しく気高い完璧な王太子なのですから。あのような品性の欠片もない小娘を傍におくこと即ち、あなた様がご自身を穢していることになるのですよ』
なんていうか、悪役令嬢のポジションを王子とエカトがやっている気がする。
……ちょっと待って。
今、不穏なことを思いついてしまった。
「まさか、と思うけど……イジメのようなことはしてないわよね?」
王子とエカトの顔を交互に見る。
すると彼らは柔らかな笑みを、完璧すぎる笑みを、どこからどうみても作られた笑みを浮かべた。
「陰湿なことはしてない。ただ、俺の婚約者に近づきすぎじゃないかと話し合いはした。なあ、エカト」
「ええ、そうです。公爵令嬢に相応しい男の水準について、三日三晩教えて差し上げただけです」
この二人。
普段は仲が悪いのに、こういう時ばっかり気が合うのが気にいらない!
「いい加減にして! 私が好きで話しかけて、仲良くさせてもらっているのに」
「俺の婚約者に手を出すほうが悪い」
「作法一つ満足に知らない者に任せるわけにはいきませんから」
「いい? ――私は身分にこだわりたくないの!」
「尊い考えではあるけれど、序列は必要だ。思い上がって国家転覆を狙われたら大惨事だろう」
「大きい! 規模が大きすぎてついていけない! 誰もそんなこと考えない‼」
私のわめき声を聞いても二人の態度は崩れることはなく、望む未来を手に入れるためにはあれしかないのだと知る。
だけど、今の私には思いつかない。
「悪役王子を没落させる方法ってありませんか!?」
悪役王子との婚約事情 読(どく) @mohaya_ao
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