きれいなあなた

千松

きれいなあなた

 

「あんたってホントに不細工よね」


 無造作に頭の後ろで括られた髪を乱雑に引っ張って、あたしはハクを嘲笑した。一瞬だけ見えた眉を寄せた表情に、ちょっとだけ罪悪感が刺激される。

 だけど彼は理不尽に罵られる事に慣れている。あたしが後悔するよりも早く、にこりと小さな笑顔を見せてくれた。


「うん。ごめんね。シノはいつもすごく綺麗だよ」


 そう言って彼はあたしの長く豊かな黒髪を愛おしそうに撫でる。


「この髪、大好きだ」


 当たり前。毎日時間をかけて櫛って、丁寧に手入れしてるんだから。いつだってあたしの髪は艶を失う事なく漆黒に輝いている。

 うっとりと髪を梳いては愛でる、気の弱いあたしの恋人。本当は愛しくて堪らないくせに、愛されている実感が欲しいあたしはさらに憎まれ口を叩く。


「あたしみたいな美人をハクみたいな醜男ぶおとこが手に入れるなんて、ホントに世の中って不思議よね」


 ふふ。と声を上げて笑ってみせれば、ハクは髪を梳いていた手を止めて泣きそうな顔をした。


「シノ、やっぱり僕の里へ行こう。君はお姫様だよ? みんな、君の美しさを絶賛するし……」

「嫌よ。あたしを知らない土地で苦労させるつもり? あたしはこの村から出るつもりは無いわ」


 でも、とまだ納得出来ていないらしい恋人に、あたしはそっと口づける。


「さっきのは嘘よ。今更皮一枚の美醜に拘ったりしないわ。あなただから、好きなの」


 そう言って微笑むと、ハクの頬がみるみる染まる。そんなの。だったら。でも俺だってと、うろたえる姿が可笑しくて、あたしはまた声を上げて笑った。


「そうね。ハクは面食いだものね」

「さっ……最初はシノが綺麗だから好きになったけど今は違うから! たとえシノが不細工になっても、ずっと好きだから!」


 あたしに嫌われまいと青くなって言い訳するハクが愛しくて、あたしは意地悪をやめる事にする。それに


「ハクに綺麗だって言われるのはすごく好きだから、不細工にはなりたく無いなぁ」


 そう言うと、ハクはぱっと嬉しそうな顔になったかと思えば、ん? と難しい顔になったりと相変わらず表情の選択に忙しい。

 そのままの意味なんだから素直に受け取れば……無理か。さっきまで散々意地悪な事言ってたもんな。


「ハクが面食いでよかったって、神様に感謝してる。あたしを好きになってくれて、ホントにありがとう」



 ……大好き。



 胸に顔を擦り寄せれば壊すのを恐れるようにそっと、白い腕が回される。ハクは見た目と違って力持ち。全力で抱きしめられたなら、あたしの背骨はへし折られて真っ二つだ。

 この腕を無くさない為なら頑張れる。不釣り合いな夫婦だと言われても、胸を張れる。絶対にハクを幸せにする。


 人は醜いものに残酷だ。そして、美しいものの隣に醜いものが在る事を理不尽に嫌う。

 きっと、あたしたちの未来には困難が待ち受けている。それでもあたしは、この腕さえあれば誰よりも幸せだ。




 ***




「あら、シノじゃない。ちょうどよかった、あなたの意見も聞かせてよ。このかんざしとこっちの簪、どちらが使いやすいと思う?」


 嫌なやつに捕まった。カヨは事ある毎に絡んでくるあたしの天敵。思わず舌打ちしそうになったが、かろうじて耐えた。

 今日はハクを家族に紹介する日だ。外の人間という事で渋い顔をする父に好印象を持ってもらう為にも、約束の時間に遅れたくはない。だがカヨは村長の息子の婚約者だ。無下に扱えばあたしだけでなく、家族にも迷惑がかかる可能性がある。躊躇している間に、カヨと共に露店を冷やかしていた取り巻き達に囲まれてしまった。


「……簪は使わないのでよくわかりません」


 よりにもよってなんで今日露店なんて出してるんだよ。全く罪の無い行商人を逆恨みしながら、あたしは下を向いてカヨの質問に答えた。にんまりと笑うカヨに殺意が沸く。あんた、あたしが簪なんて買えないの知ってるでしょう。


「あらそうなの? あなたのその素晴らしい黒髪に簪なんて不要なんでしょうけど、既婚女性はひとつに纏めて簪を挿すものよ」


 ねぇ? とカヨが振り返ればここぞとばかりに取り巻き達が囃し立てる。ムカつく。


「やだシノ、もうすぐ結婚するんじゃなかったの? 簪の用意もしてないの?」

「まさか簪を買うお金すら無いってわけじゃ無いでしょう。それとも……フラれちゃった?」

「もしかしたら、恋人がいるって嘘だったりしてぇ。今まで一度も見てないもの」

「うわぁ。見えっ張りぃ」


 的外れな嘲りに、ちょっとだけ冷静になる。

 気にするな。こいつらよりも先に幸せになるあたしに、嫉妬しているだけだと思えばかわいいものだ。


「今日、家族に紹介します。父の承諾があれば結婚はすぐにでも」


 あたしが顔を上げてそう言えば、カヨは不満気に顔をしかめた。


「なら、やっぱり簪は必要じゃない。いま買ったらどうなの。次に行商が来るのはいつになるか分からないわよ」

「……塗の簪を買う程の余裕はありません」

「恋人に買ってもらったらいいじゃない。あたしなんてもう三本も買って貰っちゃったわよ」


 一番派手で高価そうなな簪をあたしの髪にあててカヨはくすくす笑う。ハクは故郷を捨ててうちの村へやって来る。多少の持ち合わせはあるようだが、財産といえるようなものを持たない彼に負担なんてかけられるもんか。


「彼も裕福ではありませんから。髪は布で縛って慎ましく暮らします」


 貧乏人は小枝を加工した自作の簪を挿すが、脆いそれは髪の量が多いとしばしば折れる。煩わしいので野良仕事をする時はかわりに布を巻くのがこの地方の慣習だ。あとは老婆や寡婦といった、男の目を気にしない女も布で済ます事が多い。


「年寄り臭ぁい。布巻くくらいなら枝をそのまま挿した方がマシよ」

「そんな事してたらすぐに離縁されちゃうんだから」

「やめてあげなさいよ。旦那様も貧乏なら仕方ないじゃない?」

「そっかぁ。可愛そうなシノ〜」


 ハクがお金持ちじゃなかった事が嬉しかったようだ。かしましく騒ぎ立てる女達。

 機嫌よさ気な今のうちに逃げだそう。苛立ちを押し殺してカヨに頭を下げた。ずいぶんとハクを待たせてしまっている。そろりと一歩後退りした時だった。


「シノ?」


 低く、柔らかな声があたしを呼んだ。振り向けばそこにいたのは、長い髪をひとつに縛った背の高い男。

 カヨがポカンと口を開けた。取り巻き達が言葉を失う。そんな周囲に頓着する事なく、ハクは嬉しそうに破顔してあたしへと歩み寄った。


「中々来ないから心配したよ。入れ違いにならなくてよかった。ああ、初めて見る着物だね。良く似合ってるよ」


 彼との逢瀬はいつも山の中だったから、着る事のできなかったあたしの一張羅。新品では無いが、一箇所も破れや当ての無いそれに目敏く気付いて、ハクは目を細めた。

 精一杯のお洒落に、あたしがどれだけこの日を楽しみにしていたのかも気付かれた気がして、頬に血が上る。


「いいから、早く……」

「あの! 村の方じゃありませんよね?」


 父に会いに行こう。と言おうとして、カヨに遮られた。彼女はあたしを押し退けてハクの前に立つ。


「どちらからいらしたんですか? 私、カヨと申します。よろしければこの村をご案内させて下さいな」


 ――――婚約者がいるくせに


 馴れ馴れしくハクの腕に触れ、媚びた声音で女を見せるカヨに吐き気がする。わかってはいたけど・・・・・・・・・面白くはない。

 ハクはといえば心底うんざりした顔でその手を払い、ふて腐れた顔のあたしに向かって「おいで」と右手を差し出した。

 そろそろとその手を取ると、彼は優しくあたしの髪を撫で「案内はシノがいますから」とカヨの方を見もせずに言い捨てた。


「え。シノって……まさか」

「ありえないよ。違うでしょ?」

「そうだよ。なんであんな女に」


 我に返った女達が声を上げる。真っ青になったカヨは言葉を失っている。

 ハクはそんな彼女達を、どんな女でも思わず頬を染める、『美しい』顔をしかめて、冷ややかに一瞥する。

 彼の怒気を感じたあたしは、慌てて「暮らしにくくなるから無視して」と囁いた。少し不満そうだったが、頷いてくれたので胸を撫で下ろす。


「そうだ。父殿にお土産を捕ってきたんだよ。今すぐ食べるのは無理だけど、後で捌いてあげるね」


 シノを見つけた時に放り投げてきちゃったと照れ臭そうに笑って、ハクはくさむらから大人の背丈より大きい、巨大な猪を引っ張り出した。血抜きはされているようだが、持ち上げるには数人がかりであろうそれを、彼はひとりで軽々と担ぎ上げる。カヨ達が感嘆混じりの悲鳴を上げた。


「う……嘘よ! こんな綺麗ですごい男が、シノに求婚したりするはずないわ!」


 カヨが叫ぶ。あたしはハクが激昂しないように、彼の腕をぎゅっと掴んだ。

 混乱し、目を吊り上げてあたしを睨むその表情かおは、醜い。カヨが悔しがる様は、さぞかし気分が良いだろうと想像した事もあったけど、いざ目の当たりにしてみれば喜びよりも哀しみが勝った。綺麗なものが壊れる様は、哀れだ。


「ありえない……シノみたいな、こんな……」


 本当はこんな不意打ちみたいな形で、あんたを傷付ける気はなかったんだよ? あたしは心を静めてその言葉を待つ。

 誰よりも美しい彼女は、今まで決してその言葉をあたしに投げつけることはなかった。




「こんな、誰からも相手にされない不細工な女に!」




 五尺八寸。男でもめったにいない長身。多すぎる髪はひとつに纏める事すら困難で、油を使ってみても爆発したように四方八方に跳ねてしまう。

 頬骨の張った四角い顔は武骨としか言いようがなく、濃い眉と大きすぎる目はまるで夜叉のようだ。高い鼻と大きな口は慎ましさとは、無縁。



 あたしは、村一番の醜女だ



 ***



 ハクと出会ったのは、鬼が棲むと言われている黒の森だ。


 あたしはそこで山菜を採っていた。鬼は恐かったけれど、この時期の山には沢山の人が入る。鉢合わせる度に「鬼が出た!」とからかわれ、「お前を女にしてくれる男なんかいないだろう?」と組み伏せようとしてくる村の男達の方が、あたしは恐かった。

 鬼を恐れてこの森には食うに困った者しか入ってこない。手早く籠いっぱいのわらびを摘んで、逃げるように森を後にしようとした時だった。


「待って。そこのお嬢さん」


 心臓が止まるかと思った。それなりの大きさの村ではあるけれど、あたしの顔を知らない者はいない。『お嬢さん』なんて似合わない言葉で呼び止める者なんか、村にいるはずがなかった。

 ただの道に迷った旅人でありますようにと祈りながら声のした方へ振り返り、あたしはハクを見つけてしばし呆然とした。


「いきなり声をかけてゴメン。……あの、少し時間を貰ってもいいかなぁ?」


 美しい白銀の髪に、宝玉のような空色の瞳。ごくまれに人の子の間に生まれるその色彩は神の色だ。特に何か特別な力を持って生まれるわけではないが、産まれついての白髪は神に愛された証として、どの国でも尊ばれる。

 その色だけでも目を引くのに、彼の顔は神の寵愛を独り占めしたかのように整っていた。決して女と見紛う事は無いが、どんな美姫でも傍らに立てば見劣りしそうな、人間離れした美貌。


 鬼かもしれない、と思った。こんな美しい鬼に喰われるのなら悪くないかもしれない。

 美しいものには誰よりも憧れていた。自分には手に入らないものだと諦めてもいた。

 そして、憎んでもいた。醜いのはあたしのせいじゃない。あんた達の方が綺麗なのはわかったから、放っておいてくれ。無視してくれ。近づくなら、構うなら。


 ――――愛してよ。


 美味しいものは、愛しい。この美しい鬼に食べて貰ってその血肉になるのは、とても素晴らしいことのように思えた。


「名前を教えて欲しいのだけど」

「…………シノ」


 鬼だろうか? 旅人だろうか? 鬼ならいいのにな。こんな綺麗なひとと並んで村に帰るのは嫌だなぁ。


「いい名前だね。僕の名前はハク。シノ、よくこの森に来てたでしょう? 実は時々見ていたんだ」


 旅人じゃない!


 期待と不安にハクの顔をじっと見詰めると、白磁の頬に朱が差した。

 僕の正体、わかっちゃった? と不安そうな顔で言うので、少し迷ったけど頷いて肯定する。

 逃げたりしないから安心して。できれば痛くないように食べて欲しいなぁ。


「そっか、じゃあ単刀直入に言うね……恐いけど」


 恐くない。大人しく貴方に食べられてあげる。美味しかったなぁ、いい人間だったなぁって、満足して貰えるように頑張るよ。


「恥ずかしいな……あのね僕の」


 それにしても、綺麗な鬼。角は無いけど隠してるのかな?

 礼儀正しいし、優しく話してくれるし、最後にこんなふうに綺麗なひとと話が出来て、嬉し……


「僕の、お嫁さんになって下さい!」

「…………」




 綺麗な顔に平手打ちをして、あたしは泣きわめいた。




 鬼までがあたしを馬鹿にしてからかうのか。さっさと食え! こんな顔の女は食う気にもならないのかと、暴れるあたしを必死で宥めて、ハクは「一目惚れだったんだ」と打ち明けた。

 勿論あたしが納得するわけがなく、更に事態は混乱を極め、あたしが鬼の美醜と人のそれは違うと理解するには一刻半もの時間がかかってしまった。

 わかるかそんなもん! もっと順序立てて話してよ!


「鬼の里では、僕は誰よりも醜いんだよ」


 男も女も、鬼は黒くてゴツくてでかくて、立派な角の持ち主が美しいとされるらしい。

 背は人の中では高いが、ハクは黒くもゴツくもでかくもない。見せて貰ったが角は髪に隠れて、ほんのちょっぴりの突起があるだけだった。村長の鼻にあるイボの方がよっぽどでかい。

 鬼の娘達に全く相手にされなかったハクは、人間の女ならばと考えて人の世界をちょくちょく覗いていたらしい。


「もしかして、鬼の目から見たらあたしは綺麗なの?」


 そう聞けば、ハクは待ってましたとばかりにあたしの容姿を絶賛した。

 人間の娘でこれほど背の高いのは珍しいし、鬼なら誰でも見惚れる美しい顔立ちをしている。何よりも素晴らしいのは髪の黒さとその量だ。こんなに見事な髪は見た事が無いと、うっとりとしながら思わず触れようとして、慌ててその手を引っ込めていた。

 鬼とは思えないその気弱な様子に、あたしはなんだか可笑しくなった。


 それから、あたしはハクに会う為に、時間を見つけては黒の森を訪れた。

 彼はあたしが森で名を呼べば、大急ぎで鬼の里からやってきて、あたしの時間があるかぎりずっと傍にいてくれた。

 山の幸を採るあたしを獣から守り、時には野兎や山鳥を土産に持たせてくれ、取り留めのないあたしの話を嬉しそうに聞いてくれた。

 そしていつの間にか



 ――――あたしは、恋に落ちていた。



 ***



 鬼の里へ行こうとハクは言った。


「シノは絶対お姫様になれるよ。君の笑顔を見る為に、男共はきっとなんでもしてくれる。人間の村にいるよりも、ずっと楽しいよ」

「……恐くない? 嫌なこと、されたりしない?」

「大丈夫。僕と結婚すれば君は鬼の眷属になる。鬼の女は数が少ないから、男の鬼より立場は強いよ。それに、君を手に入れる為にはまず僕を殺さなきゃいけないしね」

「ちょっと! 何それ⁉︎」


 焦るあたしにハクは大丈夫だと笑う。


「こう見えて、僕は強いんだよ。単純な力では敵わない相手も多いけど、憐れんでくれた天狗が術をいくつか教えてくれたんだ。鬼は術に頼ることを不名誉と考えるけど、シノはそんな事で僕を嫌ったりしないでしょ?」


 鬼の世界でのハクの幼少期は、想像以上に過酷だった。

 育つにつれ『醜く』なっていくハクを両親は早々に見限り、歩く事すら覚束ない頃に、彼らは自分の子供を山中に捨てた。

 女であればどんなに醜くても嫁に欲しいという鬼が現れたのだろうが、ハクは男として産まれてしまった。成長も遅く、強くなりそうにない男の鬼など、育てても無意味だと考えるのが鬼の社会では一般的だった。


 そのままでは確実に死んでいたが、水を求めて雨上がりの泥濘に顔を突っ込んでもがいていたハクを、猪の子と見間違えて近寄ってきた天狗が引っ張り上げてくれた。

 天狗はハクを憐れんで、彼が獲物を狩れるようになるまで面倒をみてくれたため、辛うじて生き延びる事が出来たのだそうだ。


「おかげで強くなれたから、里の隅っこに住まわせてもらえたよ。仲良くしてくれる鬼はいないけど、森でひとりぼっちよりはずっといいし」


 養い親の天狗はどうしたのかと聞けば、鬼と天狗は仲が悪いからと苦笑いされた。小鬼ならともかく、成長した鬼と天狗が仲良くなど出来ないらしい。

 僕に術を教えたのだって、鬼の里への嫌がらせだろうしね。と、ハクは笑う。


 あたしは、醜くてもここまできちんと両親に育ててもらった。

 両親があたしの醜さを持て余している事には、幼少期から気付いていた。妹達の様に手放しで可愛がって貰った記憶は無く、愛されていないのかと泣く事は多々あった。

 でも、結婚すると言えば、相手を連れてこいと言われるぐらいには気にかけて貰えている。たとえそれが世間体を気にしての事だったとしても、少なくとも家族と認められていないと感じた事は一度もなかった。


 ハクに、家族を作ってあげたい。

 あたしが鬼の里でお姫さまになれるように、ハクは山の幸で生きるこの村でなら、英雄になれる。強く美しい彼ならば、きっと誰からも愛されるだろう。


「やっぱり、鬼って怖い。人と常識も違うし、鬼の里に行くのは嫌だよ」

「え? でもきっと人間の村よりずっと大事にして貰えるよ。男達は女に甘いから、大抵の我儘は既婚者でも許してもらえるし……」

「やだ。村がいい」


 嘘だ。ハクと出会わなければ喜んで鬼の里へ行っただろう。

 愛してくれるなら、鬼だろうが天狗だろうが、きっとあたしは喜んでついて行った。

 でも、ハクは鬼の里で愛されていないんでしょう?


「村へ来てよ。父さんが足を悪くしてからうちは貧乏だから、狩りの上手いハクは歓迎されると思う。家族もいるし、あたしは村がいい」


 家族から愛されていないと、今まで散々愚痴っていたからハクは困惑した表情を作る。

 今までのは愚痴だよ。家族は家族。人間は何があっても、家族を大事にするんだよと無理矢理納得させる。鬼の男は確かに女に弱かった。少し腑に落ちない表情だったが、ハクは基本的にあたしに逆らわない。


「シノがそう言うなら……僕はシノの望みなら何でも叶えてあげたいし」


 ありがとう、ハク。愛してる。



 ***



「緊張するね」

「こんな豪華なお土産貰ったら、絶対ハクの事気に入るよ。大丈夫」

「ほんと? 熊にしようと思ったんだけど子連れしか見つからなくて。ちっちゃな獲物すぎない?」

「……お願いだから、これより大きな獲物は二度と獲らないでね」

「なんで?」

「獲らないで」

「……わかった」


 きっと不釣り合いな夫婦だと言われるだろう。あたしに対する村人たちの態度が今までと変わる事は、おそらく無い。むしろ、カヨ達は今まで以上に嫌がらせをしてくるはずだ。

 あたしは一生、不細工だ、醜女だと陰口を叩かれて生きるんだろう。でも


「シノ、大好きだよ。絶対幸せにするからね」


 父はきっと素晴らしい婿を手に入れたと誉めてくれる。

 ハクはあたしを綺麗だと、大好きだと髪を撫でてくれる。

 そして、あたしの何よりも大事な旦那さまは誰からも愛されて、幼い頃に失ったままの家族と、誰も羨まない・・・・美しい妻を手に入れる。



 ああ。なんて幸せなんだろう。


 

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