第14話
「まあな。で、なんでそんな不機嫌そうな面をしている」
「分からないの……?」
「心当たりか。そうだな、着替えをしているところを俺に見られたことを怒っているな。だが別に構わんだろう、裸くらい。人類の祖先は裸同然の格好を……」
「わたしをそんなに退化させないでよ!」
「旧石器時代じゃ不服か。なら……」
「私はれっきとした現代に生きるホモ・サピエンスですから! はぁ、なんであんたと話してるとこんなに疲れるんだろ……」
「ご苦労様」
「あんたのせいじゃい!」
「リリーがいつもと違う……」
秋月が怯えたように呟いた。
「もういいわ。あんたに用があって呼んだんだから私のせいね、まったく……」
「さっさと用件を言え。俺だって用があるんだ」
「分かったわ。じゃあ、ちょっとこっちに来て」
リリーのあとについて行く。相変わらずこの研究室には、物が少なかった。この二人はいったいどこで寝たり起きたり、食べ物を食べたりしているのだろうかと疑問に思ってしまう。
そんなことを考えていると、リリーがとある一室に入った。そして、リリーはその部屋の机に置いてある白い四角形をしたモノの前に座った。
「ん……? なんだ、それ……」
「ノートパソコンってヤツよ。知らないの?」
「ほう、それがノートパソコンか……俺が知っているパソコンに比べると分厚いな。というか、なぜそんなものを」
「私はコンタクトつけてないって言ったでしょ。だから、資料作成のときはこれを使ってるの」
「なんでつけないんだ? ARコンタクトと対抗しているからつけたくありません、とか、そんな理由じゃないよな?」
「そういう理由じゃないけど……ちょっとした事情よ」
「そうか。じゃあ、本題に入ろうか」
リリーは頷くと、ノートパソコンを起動させた。見慣れない会社のロゴが浮かび上がり、その後画面が切り替わった。ポインタを移動させ、資料のアイコンをクリックすると、デフォルメ化された可愛らしい動物が一面に描かれた画面に切り替わった。その動物は、見れくれから考えると、タヌキと馬に見える。
「おいなんだそれは……」
「ああ、これ? ネコの画像よ、どっちも。どこかのマスコットらしいわ。可愛いでしょ」
「バカな……」
そしてお前のセンスを疑うぞ、リリー。
「そんなことは気にしないで。じゃあ、説明を始めるわ」
「ああ」
頭の中のスイッチを切り替えて、ノートパソコンの画面を見た。
「この前、和泉を襲ってきたのはARコンタクトの製造の最も大きな会社――ヴェルグ社の連中よ。それは前々から分かってたんだけどね、伝えるのを忘れていたわ。そこでそのヴェルグ社が、ちょっとしたことをやっているらしいのよね」
「ちょっとしたこと?」
「ARコンタクトの非公式アップデートデータをアトランダムに配布してるらしいの。ヴェルグ社から通知が来たと思って、メッセージを開くと勝手にアップデートが始まるらしいの」
「なんだ? 非公式データだが、別に悪いことじゃないだろ」
現に、ARコンタクトのソフトウェアを改造して、改造しなければできないようなことをやっている連中は多くいる。そのリリーの話を聞かされたところで、何を今さら言っているのだと、俺は思った。
「そう。それ自体はいい。問題はそのデータの中身と、やっているのがあの会社という点よ」
「というと?」
「そのアップデートデータの中に不自然な記述があって……私もそのデータを貰ってみてみたんだけど、その記述がどう使われるかは分からなかったわ。でも、何か不吉な感じがしてるのよ。今回ばかりは……」
「ほう。そういえば、ヴェルグ社から新しいARコンタクトが発売されたって聞いたな。あれとは何か関係が……」
と、俺が言うと、
「それ、本当!?」
椅子から急に立ち上がり、顔を近づけてきた。近すぎて、リリーの吐息が当たってくすぐったい。
「近い。まあ、テレビで聞いた話だが。というか、今日の朝のテレビだ。見てないのか? ネットとかの記事にも上がっていないのか」
「色々作業をしていてみてなかった……というか今朝はあんたのせいだったわね」
「お前が勝手に来たんだろう」
「お、なんだ? リリー、ジンの家に行ったのか? 何をしに行ったんだ? そういえば、リリー、あたしが起きてきたとき、なんだか満足そうな顔を……」
と、秋月が言いかけたところで、リリーが口を押さえて、強引に黙らせた。何か彼女の不利になるようなことを言ったのだろうか。まあ、余計な詮索はしないほうが身のためだということは、十分理解している。
「黙りなさいあんたは……」
「ふがーっ、ふががっ!」
「あー、話がずれてるんだが……」
「はっ、そうだったわ。新製品がヴェルグ社から発表されたのね。おそらくは……」
と、ぶつぶつ呟いたあと、
「あーっ、もうっ! この計画無駄じゃない! なんのための二日間だったのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
おお、髪の毛が重力に反して逆立っている。すごい。
「和泉、今回は私の失態よ……この用件は無しになったわ。その代わり、その腕輪のデータだけとらせて。あと、故障していないかどうか見るから」
「おい、話が滅茶苦茶――」
「お黙り! 今日の私は不機嫌よ! 久しぶりに飲もうかしら……」
と、リリーが呟いた瞬間、秋月が肩を震わせるのが分かった。犬みたいだ。
リリーは酒乱なのであろうか。
「いいから、今日は和泉はそれだけやって帰ればいいの。理解した?」
なんて強引な女なのだろう。今朝俺の家に来ておいてテレビを見忘れて計画が崩れ、さらにその責任を自分で負わないとは。びっくりするレベルの傲慢さだ。これが乙女心というやつなのだろうか。まったく、度し難いにも程がある。
「わかった……従えばいいんだろ? ほら、この腕輪を煮るなり焼くなり好きにしろ」
「素直でよろしい。それじゃ、一回取るわね」
リリーはそう言って別の部屋に引っ込んだかと思うと、急に俺の腕輪のロックが外れた。どうやら、遠隔操作をする専用の装置があるようだった。
「取れたでしょ? んじゃ、ちょっと借りるわよ」
リリーが腕輪を持って行き、何事もなくデータを取り終えて、それを返してくれるまで、大体30分くらいかかった。まあ、俺は秋月と雑談をしていたから、時間を弄ぶことはなかった。
研究所を出て、マンションに帰ると、ちょうど家具を届けに来た運送業者の人間と鉢合わせになった。どうやら、今日はギリギリ時間が間に合ったらしい。
家具が一通り揃うと、広かった部屋が少し狭く感じた。
ようやく落ち着いて座る場所ができた。ソファに深く腰掛け、大きく息を吐いた。少し安心したせいか、俺はそのまま眠ってしまった――。
はぐれものたちの鎮魂歌 河道 秒 @byo-kodo
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