第13話
面倒なので今日は空気口から入ることにした。昼間なので、誰も見ていないし、時間節約になると思ったからだ。わざわざ遠回りして正面口に向かうのは面倒くさい。
「俺が出入りしてるおかげで、あそこの汚い空気口も少しはマシになったな……」
まるで空気口の人間掃除機だ。汚れた部分を払って、奥へと進んだ。なぜだか人の気配がない。というか、それは以前からか……と思っていると、
「あ」
「へ?」
リリーを見つけた。
着替えている途中の、だ。風呂上りなのか、頬はほんのりと赤い。肌の艶も一段階くらい良くなっている。ノーメイクでもあまり顔は変わらないようだ。タオルで巻いてあるが、二つの大きく隆起したものはいっそう彼女の艶かしさを高まらせ――
「何突っ立ってんの変態!」
「げぶっ」
唐突に物が投げられ、それが俺の顔面を直撃した。投げられたものはティッシュ箱だったようだ。
「今すぐあっちに行きなさい! さもないと遠隔操作でその腕輪に高圧電流を流すわよ!?」
「分かったよ……」
遠隔操作でそんなことまで出来るのかと、恐れを抱きつつ、その部屋の前から退去した。
とりあえず避難すると、
「お、ジン。おはよ」
「前もいったがもうこんにちはの時間だぞ、秋月」
「ありゃそうなの……いやぁ、ずっとこっちにいると日の光がたまにしか浴びれなくてさ。時間が計れないんだよね」
「お前は体内時計で暮らしているのか……そうだ、お前、昨日俺と別れたあとどこに行ってたんだ?」
「フードプレイスに行って食べ歩きをして、それから露店によってホットドッグとか食べて、ここに帰ってきてからデザート食べてた」
「食ってばかりじゃねぇか! なんか他のことしたらどうなんだ……」
俺がそう言うと、秋月は顎に指を当てて、複雑そうな表情をした。
「んー、食べること意外に楽しいことってあるのか……?」
「あるだろ、普通に。女の子なんだからショッピングとかがベタなはずだが……」
「んー、ぶっちゃけ言うとさ、あたし、普通の女の子のやっていることを楽しめないんだよな。なんだか、やってて虚しくなる……みたいな?」
そう言う彼女の表情はあまり、やわらかくはなかった。
「ほら、やっぱあたしって普通じゃない体験をしてるわけだ。考えてもみろよ、異常なヤツが正常になることは難しいだろ。だからなのかもな」
そう言うあきつきの顔はほんの少し悲しげだった。
「そんなこと言うな」
「え?」
「お前は十分正常だろうが。お前は異常なんかじゃない。ただ世間を知らないだけだ。でもそれはしょうがないことだ。お前がまだ、子どもだから。だから、これからどんどん外の世界を知ればいいじゃないか」
「でも、あたしがいなくなったらリリーは……」
「別に離れるわけじゃない。巣立ちはもっと後だ」
「……そうだな。確かに、あたしにはまだ知らないことがたくさんあるんだな」
秋月はとても感慨深そうに呟いた。俺はまだ、彼女のことを多くは知らない。ただ分かるのは、秋月が閉鎖的な生活をしていたらしいということだけだ。外部に友人はいないようだし、リリー意外とはあまりかかわったことが無さそうだ。
そんなことになれば、周囲が見えなくなっても仕方がない。孤児院にいたのだから、それはなおさらだ。
自分が異常な環境にいたから、彼女はそうでないと分かったのだ。
「サンキュな、ジン」
安心したような。そんな顔つきで彼女は微笑んだ。
「あ、ああ……別に礼を言われるほどのことはしていないが。気持ちは受け取っておこう」
「うん。そういえば、ジンは何をしに来たんだ?」
「いやちょっとリリーに呼ばれてて……」
と、ここに来た経緯を秋月に話した。
「あー確かに……ここ最近ずっと資料作成だのなんだの言って、コンピュータとにらめっこしてたなー。もしかしたら、それで何かあるのかも」
「コンピュータとはまた……そろそろ着替え終わった頃だろ。んじゃ、行くか」
「あたしもついてくー」
秋月はそう言って、俺の後ろについてきた。こうして彼女と並んでみると、彼女の小ささが際立つ。それに秋月の頭の位置が手をのせるにはちょうどいい場所にあったものなので、つい、衝動的に彼女の頭に手をのせた。
「な、なにすんだっ」
「ちょうどいいところに頭があったんだ。衝動的にやった」
「むむむ……」
「悪かったよ、だからそんなに睨み付けんな。そしてイジけるな……」
「わかりゃいいんだよ……」
と不服を言いつつも、まんざらでもないような顔つきになっているように見えるのは俺の気のせいだろうか。そんなことをしながら、秋月と歩いていると、
「へぇ。ずいぶん仲良くなったのね」
と、まだ不機嫌そうな面構えをしたりリーが仁王立ちで立っていた。
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