第12話
ジオフロントの検問――『スケール』はなぜか平日であるのにもかかわらず、混んでいた。原因はおそらく、昨日あった爆発のことだろう。
十五分ほど待って、ようやく『スケール』を通過できた。昨日と同じ駐車場にユニットを置き、スラムに入る。
相変わらず薄暗い。家を出る前に楼に連絡をしておいたから、迎えが来るとは思うのだが、なかなか来ない。待っていても埒が明かない。持って来た携帯型ライトを点けて、前に進むことにした。
(楼は騒がしいといっていたが……いつも通り音一つないな)
あたりに響くのは俺の足音だけだ――と、思ったその瞬間だった。後ろに人の気配がした。慌てて振り向くと、
「申し訳ありません、和泉さん……遅れてしまいました」
「びっくりさせるなよ、楼」
「申し訳ありません……少しいつもとは違うルートで来たものですから……」
「なぜだ?」
「昨日から、言っておりましょう……スラムが騒がしいのです……今にもこの騒がしさは外にもれるでしょう……」
「それはどういう……?」
俺はつい、楼の情報に流されそうになった。頭を振り、自分の調査をはじめなくてはならない。
「なあ、楼」
「なんでございましょうか」
「昨日ここであった爆発事件……あれについて教えてくれないか」
「……いいでしょう。しかし、ここでは場所が悪い……移動いたしましょう」
「ああ、助かる」
楼のあとについていき、暗いスラムの中を進む。いつもの異臭――かと思いきや、今回ばかりは違う臭いが混じっていた。火薬だ。銃弾に詰まっている火薬の臭いが薄っすらとする。ずっと嗅いできた臭いだ、間違えるはずがない。
「楼、聞いていいか」
「なんでございましょう……」
「ここ周辺で銃撃はあったか? さっきから火薬のにおいがする……こんなところで襲われたら、見えなくて敵の影しか見えないぞ」
「ええ……迂回したのはそれが理由です。先ほど、ここの近くで銃撃戦がありました」
楼がこういうことを言うという事は、その銃撃戦をやっていたやつらは楼の客人ではない。スラムの中に、楼以外の武器商人がいるということか。
「そいつらが使っていた銃の入手経路は推測できるか?」
「……おそらく、ですが。彼らの使っている銃は、買ったものではありません……貰ったものです」
「なに……?」
「昨日申し上げましたとおり、皆少しばかり気が立っているのです……今まで殴り合いだったケンカが今度は銃に……」
「銃を撒き散らしてるヤツがいるのか?」
「あくまでも推測です……絶対とは限りませんが、その確率は高い……」
「わかった」
スラムが騒がしい原因は他にあるらしい。楼もそれにかかわっているが、どこまで関わっているのかは分からない。今回は昨日の俺を襲撃したヤツの元締めを特定することが目的だ。必ずしも、スラムの騒動と俺の求めるものが同じであるとは限らない。
気合を入れなおしたところで、楼の住処に着いた。
「どうぞおかけください……」
うっすらと椅子が見えたので、そこに腰掛ける。
「スラムの爆破事件ですね……具体的には何をお教えすればよろしいのでしょう……」
「そうだな、まずは、あれをやった目的と原因だ」
「原因は分かりません……目的は、おそらくここの外の人間達への脅しでしょう……。ジオフロントはいつまでも安全な場所じゃないのだと主張したかったと聞いています……」
スラムにいる連中はまともではない。少なくとも全うな生き方をしていない人間や、全うな生き方をしなくなった人間が、スラムには集まっている。楼からはそう聞いたし、何よりも俺がここにいたときに知ったことだ。
「その爆破したやつらは捕まったのか?」
「いいえ、捕まっておりません……しかし、不思議なことに、その犯人達はスラムの中にもいないのです……犯人の知り合いが言っていました……連絡が取れなくなっていると……ここの一体はARコンタクトが使えませんから、位置情報の把握もできないでしょう……」
「そうだな……。あとは、あの爆弾の仕入れ先を聞きたい」
「それは分かりません……ただ、昨日、和泉さまがお帰りになられたあと、トラックがやってきました……しかも、居住区や繁華街にいそうな、綺麗なトラックがここの近くの駐車場に止まった、とだけ聞きました……おそらく、その中に爆弾が入っていたかと」
「ジオフロントの監視システムは撒けるのか……? いくらなんでも爆弾は映るはず……」
「いや……爆弾だろうと銃器だろうと関係ないんですよ……私が差し上げたあの布は……全てのものをシステムから隠せます」
「そりゃ、すごい……でも今はそれが原因でスラムで爆発が起きた」
「左様でございます……それにしても、和泉さんは変わられた……」
「なぜそう言える?」
「昔は、自分から行動することをなさらなかったお人でした……行動するにも、誰かの命令があった……」
「今回も命令あっての行動だが」
「それでも、以前より活力がある……善きことです」
楼から見ただけでは客観的な判断とは言いづらいな。正直な話、自分から行動してるのか、それとも命令されたからやっているのか、今の自分では実感が沸かなかった。
「今はそれはいい。そんなことより、その危険物をここ一帯に撒き散らしているヤツの足取りを掴みたい……できるか?」
「お望みとあらば……不可能ではないと思いますので……その代わり、払うものは払っていただきましょう……」
楼はいつもと変わらない口調だったが、金の話をしているときだけはなぜだか、声のトーンが高くなる。俺からは見えないが、楼は今笑っているのだろうか。
「わかった……前教えてもらった口座に振り込めばいいんだろ」
「はい……それでは少々お時間を……一日もあれば、おそらく詳しく特定できます……現在、私の分かっている情報だと、その人間は女らしいです……」
「了解した。詳しく特定できたら連絡してくれ」
「はい……」
俺は楼にそう言い残し、スラムを出て行った。やはり、スラムから出た後の外は少しまぶしく感じる。腕輪の視界補助機能は任意で動くようになっている。俺はあえて、それを動作させないことにした。生の視界を久しぶりに体感してみたくなったからだ。
いくら人工太陽光とはいえ、外はまぶしかった。
ユニットに乗り込み、ユニット修理店へと走らせた。空いてる時間を利用してこいつを修理するのだ。これだけは実行しなければならなかった。何の問題もなく修理店に着き、修理の申請をした。そして、とりあえずの形で出てきた見積もり書を見ると、
「うわぁ……たけぇ」
色々足して五万円也。銃でへこんだ部分がだいぶ多かったようだ。しかし、保証がきいたので実質無料だった。偶然にも、俺のユニットは予備パーツがあったようなので、二時間程度で修理が終わった。ぴかぴかになったユニットでジオフロント内を走るのはとても気持ちがよい。
(そうだ。リリーのところに行かないと……)
さっさと朝に話してくれていればこんな手間をかけずに済むのになぁと思いつつ、俺はいつもの駐車場へ向かった。
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