勇者を撃退する罠をお城につけませんか(見積は応相談)

ケンコーホーシ

第1話

 ■前書きに代えて

 カルディアの豊かな自然に育まれて成長した私は、結果としてオークという種族の壁を感じることもなく、ワーウルフのように野山駆け巡り、エルフやドワーフよりも木々や自然物を使用した武器加工や道具の精製に詳しくなった。

 この時の経験が後に、魔王城での最難関トラップと呼ばれる『激流の森』を作り上げ、数多くの魔王幹部の城のトラップを作りあげることになった要因と言えるだろう。

 現在の私はあちこちの大陸の魔王幹部の砦の設計アドバイザーを務めながら、後進の育成を行うための教室や講演会を開いている。本書ではそうしたトラップのいろはを伝える際に私が常々口にしている内容を中心にまとめさせて頂いた。

 それは幼少期の経験を踏まえて言える、意図的ではない『自然の中の罠』というテーマを主軸に据えたものであり、城づくりをする上でいかに勇者や冒険者を城から追い出すかという究極の問いに対する答えでもある。

 願わくばこの本を読んだ読者諸君が、少しでも勇者殲滅の夢に近づける為の一冊となってくれれば幸いである。

 

  バルバッサ・ガモン『自然の中で生まれるトラップ-今日から始めるガモン式罠術-』

 

 ◇

 

 ゼラスティック・ワーグ――通称ゼラスはアローン大陸の山岳部を守る魔物だ。

 数百年前に先代城主が魔王幹部の一人である邪竜ドラグより本土地を守るよう仰せつかられてから、今に至るまで数々の冒険者を苦しめてきた難攻不落の要塞であったが、ここ近年城のトラップの老朽化に悩まされていた。

 

「うーんやはりそろそろこの城の罠も一通り変える時がきたかなぁ、ウィング」

「そうですね、ゼラス様。昔ですと城を守る中ボスである私に辿り着くまでに冒険者の方々は大ダメージを負っているか、酷い状態異常にあることが殆どでした。にも関わらず、今は中ボス戦相手に冒険者は元気いっぱい、回復薬や強化アイテムを溜め込んだ状態で挑んで来るのですからたまったもんじゃありません」

「やっぱりそうだよなぁ」

 

 ゼラスのぼやきにウィングは「そうですとも、そうですとも」と答えた。

 ウィングとは、人型の竜であり一般的に竜人だとかドラゴンウォーリアーと呼ばれる種族であった。

 彼――いや正確に言うとメスだ――彼女はこの城を守る中盤の要として役割を担っており、彼女いわく、ここ最近冒険者が全然ダメージを受けてない状態で自分に挑んでくるようになったというのだ。

 幸いにしてウィングの勝率は非常に高いが、それでもここ数ヶ月で何回か彼女を突破されるケースが増えてきている。

 このまま行けばゼラスとのボス戦にもつれ込まれる可能性も高く、

 今後勇者と呼ばれる存在がこの城を攻め込んできたとしたら、この難攻不落で名高い名城も落とされてしまう日が来てしまうだろう。

 そうしたらゼラスは年に一度開かれる魔王幹部との総会で、邪竜ドラグよりきついお仕置きを受けてしまうことになる。

 下手したらペナルティ、魔王城から支給されている予算の分配が減らされる危険性もある。

 

「もっと他にお金をまわした方がよいと後回しにしてきたが……さすがに誤魔化せなくなってきたな」

「これでも工夫はこらして来たんですがねぇ」

「一度ひと通りめぐってみようか。今の城の管理責任者は誰だ?」

「責任者はリッチーのガシャグレさんですが、今はコアタイム外で眠ってますね」

「あの爺さんは人の管理だけで現場は知らんだろ。現場で一番詳しいのは誰だ」

「となるとゴーレムのググさんですかね」

 

 さっそくゼラスとウィングはゴーレムのググの所を尋ねに行った。

 

「ググです。これはゼラス様にウィング様」

「ググさんお忙しいとこ申し訳ないが、今お城のトラップの改装を考えていてね。実際の現場を見たいんだが案内してくれるかい」

「良いですよ」

 

 ググはゴーレムという名に似つかわしくない10代の少女の見た目をしていた。

 これは彼女を作り上げた術士の趣味であり、岩の代わりに色付きの粘土を用いて人型を形成し、そこに魂を吹き込んだのだ。

 そんなこととは露知らずゼラスはこんな少女が現場監督で大丈夫なのかと不安になったが意外とゴーレムは城の構造に詳しく、ゼラスは自分でも知らない数多くの城の欠陥に気付かされた。

 

「たとえばここは溶岩地帯ですが、年月が経つにつれて温度が下がり今は普通に歩いて通ることができます」

「なんと」


「つづいて天井から針が落ちてくるトラップですが、こちらセンサーの感度が鈍ってきており、こう実際に歩くと問題なく歩いて、わざわざ止まらないと罠にかかりません」

「これは引っかかりませんね」

 

「この床は歩く度に毒状態になる罠なのですが、数年前からこの毒の解毒剤が非常に安価に入手可能となっており一般的な冒険者であれば道具としてもっています。昔は解毒剤が普及しておらず恐ろしい罠だったのですが」

「今はそうなっているのか……」

 

 ググの説明はよどみなく、また問題点を適切に捉えていた。

 どうしてこれほど原因がわかっているのに対処して来なかったのか?

 ゼラスは尋ねた。

 

「何度も上申しました。ただ結局途中で差し止められて」

「現場の意見を取り入れてこなかった報いか、すまなかった」

「いえ伝えられて良かったです」

 

 ゼラスは素直にググに対して頭を下げた。割りと良い上司だった。

 

「私も現場レベルでの改善は行ってきたのですが、限界は感じてます」

「先ほどの針落下のトラップとか目の前に道具を置くことで冒険者を足止めさせようとしてますものね。良いと思います」

 

 ウィングはググを褒めた。

 二人は役職的にはウィングの方が上であったが、所属する部隊が異なるため政治的しがらみが少なくググも気兼ねなく意見できてるようだった。

 

「はい。ただできればもっと応急処置的なものではなくて、抜本的な改善ができればと思います。例えば冷めてしまった溶岩は脆く崩れやすいので、そこに穴を作って冒険者を落とすとか」

「自然の中の罠って奴か」

「はい。ガモン式でも、東部のミレニア術でも南部のユリアス法でも条件は問いませんが、とにかく根本解決が必要です。もちろん勢力拡大や強力な魔獣生産の為の予算も大事ですが、そもそものお城がハリボテでは話になりません。私としてはぜひご一考頂ければと思います。」

「うぅむ」

 

 そう言ってゼラスは唸りを上げたのだった。

 

 ◇

 

「もちろんググの意見を全て取り入れることはできないが、我が城の状況が想像よりも悪いことは分かった」

「そうですね。これは余裕があったら等ではなく火急に対処すべき課題であると思います」

 

 ゼラスはググの話をもとに自分の城で起きている課題を簡単にリストアップしてみた。

 

 ・溶岩が老朽化しており人が歩いて渡れるようになっている。

 ・落下系トラップのセンサーが老朽化しており意図するタイミングで罠が発動しない。

 ・状態異常系トラップが人間側の技術革新により対応可能なものとなってしまっている。

 ・巨人系モンスターが狭くて通れない道がいくつも存在する。(冒険者に逃げられる)

 ・扉の鍵が古く低いスキルレベル解錠でも突破可能となっている。

 ・そり立つ壁があちこち削られて登ることが可能となってる。結果ダンジョンのショートカットが可能となっている。

 ・壁の一部が壊されたせいで、城に入ってからすぐに兵士用の武器庫にたどり着けるようになっている。

 ・食堂のトイレの数が少なくて昼飯時は混雑する。

 ・一部のフロアから浴場まで移動をする際に外を通る必要があり冬場は寒い。

 ・古い階段のせいで段差がキツイ。

 ・たまに床が崩れる。

 ・基本的に肌寒い。

 

 後半はググの愚痴なんじゃないかとゼラスは思ったが、自分の城が古臭いて働きにくい環境にあっては部下のモンスターたちも十分な力を発揮しようとしないだろう。

 特に最近は一体の魔物に仕えるのではなく、あちこちの城を渡り歩き生活を糊するスタイルが広まってきており、若いモンスターではすぐに別の城へと移ってしまう。

 ゼラスやウィングに言わせれば一つの城で何の成果もあげられてない連中が別の城へと移ったところでたかが知れてるとは思うが、きっとこういう考えが古いと若い連中は思うのだろう。

 

「まあいい、最近は魔王幹部の方との間でも、働きやすい環境の改善が話題にあがっている。この機会に守りやすく攻めにくい、そして住みやすく働きやすい城づくりを目指して動き出すこととするか」


 そうゼラスはつぶやいた。

 だが、後々になって考えてみれば、ここがゼラスの判断ミスの一つであったのだろう。

 何事も射抜く範囲を絞っては当てやすく、広げてはどこに飛んで行くものか分からないものだ。

 スコープを定めず走り出したプロジェクトほど燃えやすく泥沼化しやすいものはない。

 

 ◇

 

 さっそくゼラスは城の改装プロジェクトを推進するための委員会を設置して、週に一度の定例を行うよう義務づけた。

 参加メンバーは、ゼラスにウィング、それにゴーレムのググにその部下のアンデットが何名か、モンスターの配置担当者であるリザードマンにも参加頂いた。

 議論は活発化し、何よりも最高責任者であるゼラスがかかさず出席をして決断を果たすため、徐々にではあるが城の改装は行われるようになった。

 例えば食堂の切れていた電球は取り替えられるようになったし、急いだときにぶつかりやすい壁には注意書きが貼られるようになった。

 なかなか表立ってこうした改善作業に注力することのできなかったググは、現場改善の名目ができたお陰でイキイキとしていたが、一方でゼラスは不満顔だった。

 

「うーん、確かにモンスターたちは以前に比べて楽しく冒険者退治に精を出しているが、どうも根本解決に至ってない気がする」

「でも良い感じですよ。ゼラス様が持ち場に菓子類や飲み物の設置を許可してくれたおかげでモンスターたちの満足度は上昇しています」

「なあ、ググ。コーヒーと呼ばれるこの飲み物を自動抽出してくれる機械を置いたおかげで、確かにモンスターの皆は喜んでくれるだが、私の最初の目的はこうでなかったはずだ」

「でもコーヒーは美味しいですよ。しょぼい豆モドキではなくて、本物の豆を機械ですりつぶしてくれて作ってくれますから」

「それは美味しいが……」

 

 ゼラスは新品に変えたチェアーに座りながら、ハイビジョン投影が可能な魔法石で現場に行かずとも直接ググと会話のやり取りができている。

 ……だが、この狭い城内でこんな投影機器が本当に必要だったのだろうか。

 テレパシーを仕える悪魔を一人よこすか、直接出向けば済む話ではないだろうか。

 

「なあ、ウィングはどう思う」

「でも私はお城に託児所と孵化所ができてよかったと思いますよ。卵を産んだときに今までは自室までもどって布団で温めて置く必要がありましたから」

「この城はお前をふくめて竜族が多いからな、それはそうだが保育士さんを雇うお金もただじゃないんだぞ……」

「今さら託児所をなくしたら抗議しますよ、毎年なんとなく参加だけしてた春の賃上げ運動に全力を尽くしますよ?」

「実質ナンバー2のお前が組合に肩入れしたらこの城のパワーバランスが崩れるだろうが……」


 ゼラスはそう言って嘆息した。

 

 ◇

 

「改善を現場に任せきりでもどうにもならないことが分かってきた。外部の力を借りたいと思う」

 

 何回目か分からない城改装プロジェクトの定例会で、ゼラスはそう言った。

 今日の議題は食堂のメニューについてで、ステーキやパフェなどの注文ができるレストラン式にするか、自由に食べ物をとっていいビュッフェ形式にするかで熱い議論がかわされていた。

 なので唐突なゼラスの決断にそこにいたメンバーは皆「え?」と不思議そうな顔をした。

 

「このままでは城の環境は良くなるが、実際の冒険者の防衛に役立つような罠の設置が何一つできてない。ここで議論しててもトイレにウォシュレットをつけるといったアイディアしかあがってこないことはよくわかった」

「でも、ゼラス様、我々竜族にとって冬場のトイレでの温かいウォシュレットは貴重ですよ。何しろ変温動物ですから」

「ふん、ウオシュレットなど……私たちゴーレムにとっては水の吹き出すスイッチなど地獄でしかないです」

「間違えて押さなければいいだろ」

「私は人型だから良いですが、身体の大きいゴーレムは指がないんですよ」

「そもそも何でお前らトイレ行くんだよ」

「おやそれは種族差別ですね。モラハラで訴えますよ」


「やめろお前ら! 私はトラップを一新したいのだ! 溶岩を直し、壁を巨大にして大岩を転がし針をあちこちから飛び立たせるぞ!」


 ゼラスがそう叫ぶと、定例メンバーは互いに目を見合わせた。

 

「でも、溶岩を戻したら熱くなりますよ。冷房増やさないと」

「大穴を転がすんならそれを置くための在庫を確保しないと、武器が取り出しにくくなりますけど、やりますか?」

「壁を直したら、城内の移動が面倒になるな」

「二階フロアに針を取り出す罠を増やしたら、モンスターが待機できなくなりますよね。あそこの連中の仕事がなくなりますがホントにやりますか?」

「そもそも予算が……」

「現行のルールによりますとね」

「あまり現実的ではないですよそれは……」

「他の仕事もあるし」

 

 多くの不平不満の噴出にゼラスはついに――――キレた。

 

「うるせぇ! やるったら、やるんだ! 現場のお前たちだけには任せておけん! いいか外部から私が良いアドバイザーを見つけてくる! 貴様らはそれに沿って改善する! いいな、これは城主命令だ!!」

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ●ガモン式罠術 お客様事例

 アローン大陸 魔王第102支部 ゼラスティック・ワーグ様 導入事例

 山の高所を活かした、まったく新しい城の改装工事

 

 キーワード:改装(改築)、山、老朽化、竜族、ゴーレム、冒険者撃退

 

 01 過酷な山岳部に守れた鉄壁の要塞

 

 ――――本日はお越しいただきありがとうございます。

 

 ゼラス:いえ、こちらこそ私どものお城の改善にご協力いただきありがとうございます。

 

 そう言って笑うゼラスティック・ワーグ氏は魔王第102支部の城主を務めるドラゴンキングだ。彼の持つ城は邪神ドラグ様の命をうけた先代から数百年に渡りこの地を守り続けてきた鉄壁の要塞である。

 

 ――――これまで撃退してきた冒険者の数は数百を超えており、これは他の魔王配下の城に比べて破格の数字ですよね。

 

 ゼラス:私どもの城はもともと深い樹海の森を超えてさらに険しい山道を登った先にあります。大抵の場合冒険者たちはこの城に辿り着くまででボロボロになり、道具も使い果たしているケースがほとんどです。ただ、ここ最近城に訪れる冒険者たちを撃退することが難しくなってきました。

 

 ――――それはどういったことが原因だったのでしょうか。

 

 ゼラス:一つは樹海の開発が進み、冒険者が容易に山岳部まで近づけるようになったこと。もう一つは城の老朽化が進んで城内のトラップがまともに機能しなくなってしまったことです。

 

 02 長期運用に伴う要塞の老朽化とルールの障害

 

 ――――数百年の経過に伴ない城内の罠の運用継続が難しくなってきたということですね。その課題に対して何か対処はしたのでしょうか。

 

 ゼラス:初めは城内でプロジェクトメンバーを発足し、今まで対応しきれてこなかった城内インフラ設備の改善につとめました。ただ、どうしても現場レベルですと城内のルールを変えるレベルにまでは至ることはできず、歯がゆい思いをしてきました。

 

 ――――具体的にはどのような?

 

 ゼラス:例えばある部屋に入ると鍵が自動的にかかってモンスターを全員倒さないと出れない仕組みをつくろうとします。そうすると専用のモンスターを雇う必要が出てきますが、新規雇用ばかりしては労務費がかさむし、いつも冒険者が来るとは限らない。なので、他の担当からモンスターを集めようとするのですが……皆嫌がるんですよね。絶対に冒険者と戦う必要が出てくるし、間違いなく傷を負う。上司も辛い仕事を部下に推奨はしたくないし、反対運動が起きる。現場からだとこういうアイディアは絶対に出てこないんです。

 

 ――――なるほど、そこで私たちのガモン式罠術を導入しようと思ったのですね。

 

 03 ガモン式罠術の導入によって生まれ変わる要塞

 

 ――――導入後の経過はいかがでしょうか。

 

 ゼラス:大変満足しています。もともとガモン式罠術は『自然の中で生まれるトラップ-今日から始めるガモン式罠術-』にて拝読させていただいていたのですが、実際できあがっているものを見ると私の想像を遥かに超えた出来栄えに感心しました。

 今月だけですでに冒険者を5名ほど撃退しており、モンスターたちも一切傷つかないことで満足しております。

 

 ――――当初の目的は老朽化対応でしたが、それ以外の効果についてはいかがでしょうか。

 

 ゼラス:もともとは既存のトラップの置き換えを想定していたのですが、ほとんどの罠が不要となり、運用のための予算削減にもつながりました。また罠自体はモンスターたちには好評で、結果として現場の満足度向上にもつながっています。

 

 

 04 伝統ある鉄壁の要塞から古きを知りて新しきを知る城へ

 

 ――――今後実現したいことなどがありましたら教えてください。

 

 ゼラス:いまは導入した罠は城付近と城内に一つしか存在していません。今後は山岳部の中腹にも一つ設置したいですね。その際はまたこちらに導入のお願いをいたしたいと思います。

 

 ――――本日はありがとうございました。

 

 ゼラス:ありがとうございました。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 冒険者ハルバードは相棒のユミル、レシードと共にアローン地方で最難関の城と名高いゼラス城へと向かっていた。

 

「はぁ、はぁ……それにしても噂には聞いてたが、本当に厳しい山脈だな。油断するとドラゴンが襲ってくるし、これは最難関の理由も頷けるな」

「でも、誰もクリアしたことのない城って本当なの?」

「どうやら本当らしい。もちろん魔王城とも真反対のこの最果ての地に訪れる人間が少ないってのもあるが、ここ数百年一度も城主を倒した人間はいないらしい」

「それは……がっつりお宝がありそうだな」

 

 三人の目的は攻略されてない城の噂の真相を確かめて、城内にある手付かずのお宝を入手してやろうといったものであった。

 レベルは比較的高く、パーティメンバーも、剣術家に聖魔道士、狩人と攻守バランスの取れた面々であった。

 道具や装備も十分に揃えてきており、物味遊山というよりも本気の攻略に近いものであった。

 

「ようやくあとちょっとで山頂かぁ」

「薬草も残り少なくなってきたな。城内の仕掛けが厳しくなければいいが」

「そうね…………ちょ、ちょっと待って、ねぇ、ハルにレシード! アレを見て!」

 

 と、聖魔道士のユミルが驚いた声で二人の肩を叩いた。

 彼女の指差す方を向いたハルバードとレシードは同じように目をひんむいた。

 

「な、なんで、こんな山奥にこんなのが」

「ねぇ行ってみましょうよ、きっと大丈夫よ」

「おいおい罠じゃねぇだろうな……」

 

 と、疑いながらも足は自然にその施設の中に吸い込まれていった。

 三人が向かう先そこには――温泉が湯気を立ち込めながら広がっていた。

 

 ◇

 

「いやぁ、まさかこの山を掘ったら温泉があるのは知ってたが、まさかこれを施設化して経営するなんてな」

「盲点でしたね。私たちも歓迎ムードで出迎えてしまえば、向こうも私どもの城まで攻め入って壊そうと思わない」

「城破壊したら、温泉入れなくなるしな」

「温泉の運営費は、城内から一層したトラップの運用費用でまかなえますし、何より冒険者の方々からお金も貰ってますしね」

「格安だけどな。ガモン式によると、無料だと逆に良くないらしい。料金が発生することによって向こうも値段分満喫しようとするからな」

「なるほど、さすがガモン式です」

 

 現在、ゼラスたちは山岳部の土地を活かして、温泉業を営んでいる。

 いわゆる秘境と呼ばれるものであり、そこには簡単な宿泊施設があり、山登りやドラゴンとの戦いに疲れた冒険者たちはそこで泊まって戦いの傷を癒やすのに最適だと酒場ではこっそりと噂になっている。

 温泉宿には一方通行の帰還用魔法陣が用意されており、帰りは辛い山道を降ることなく、ホクホク気分で最後に泊まった宿に帰れるわけだ。

 

「戦闘もないですし、お城に住んでるモンスターたちは無料で温泉に入れると聞いて大喜びです」


 そう笑うゴーレムのググは現在は青色のハッピをきて、お宿の一人娘みたいな格好で泊まりに来たお客さんの布団を敷いたり、食事を出したりといった仕事を楽しんでいる。

 

「ググさん達のために砂風呂も用意したのがよかったですね」

「おかげで今年度のモンスターたちの働きやすいお城ランキングトップ10入りを果たしましたよ」

 

 これはさぞかし評価も高いことだろう。ゼラスは満足してうちわを仰ぐ。

 最初こそ冒険者たちは温泉に泊まったあと、お城に攻め入ろうか悩んだものだが、あまりにも明るく接客しているゴーレムや竜人たちを見ていると、この城を破壊するのも気が引けてしまった。やがてはこの城を破壊してしまっては温泉を楽しみに通っている他の冒険者たちに袋叩きに遭うからといって、城に攻め込む者は誰ひとりとしていなくなった。

 

「そういえばゼラス様、噂だと勇者もお忍びで泊まりに来たらしいですよ」

「なに、本当かウィンドっ」

 

 赤い着物をきて若女将みたいな格好をしているウィンドに対して、ゼラスは問いかけた。

 

「はい。さすがに勇者は魔族の敵なので温泉にいれることはできないので丁重にお断りして、お食事と卓球を楽しんで一泊の後お帰りいただいたとのことです」

「注意書きにも刺青やタトゥー、勇者関係者は温泉に入るなと書いてあるしな」

「あまりにも寂しかったのか、今度転職して勇者から足を洗うと言ってましたよ。どこまで本当か分かりませんが」

「そうか、それはお手柄だなぁ、あとで入館記録簿をみせてくれ」

「もちろん」

 

 そういって退席したウィンドを見送りながら、ゼラスは「勇者を撃退する罠かぁ」とひとりごちて笑いながら年末調整のための書類にサインをする。

 

 今年の忘年会は温泉と宴会で楽しく過ごせそうだった。



■あとがき

最近寒くなりましたね。

オチは悩みましたが一番無難な形にしました。

だいたい書くのに2日くらいかかったかなと思います。

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勇者を撃退する罠をお城につけませんか(見積は応相談) ケンコーホーシ @khoushi

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