第2話:浦島太郎


 むかしむかし、あるところに浦島太郎という青年がおりました。

 彼はかつて軍の空挺部隊のエリート隊員でしたが、とある事件を境に退職し、今は酒を飲みながら浜を散歩する日々を送っていました。

 

 その日もいつもどおりブランデーを片手に浜辺を散歩していました。途中見慣れない小型潜水艇がありましたがスルーし歩き続けていると、子どもたちを亀がいじめている場面に出くわしました。亀の甲羅を背負った、二メートル近い筋骨隆々の大男が子どもを殴打し続けています。倒れても追い打ちをかける姿にどこか懐かしさを感じつつ通りすぎようとした時、突然亀に引き止められました。

 

「正当防衛ナンデス」

「それなら仕方ないな」

 

 浦島太郎は亀のいうことを信じていました。倒れ伏した子どもたちの周りには、子供用チェーソーや子供用スタンガン、防犯ブザー型リモコン式爆弾が転がっていました。さらに亀の身体にはやけどや切り傷があるので、状況証拠としては十分でしょう。

 とりあえず爆発物だけは回収しておきます。

 

 亀の凶行を見逃した浦島太郎は、そのお礼にと竜宮城へ連れていってくれることになりました。小型潜水艇で深く深く海を潜り、途中海中を浮遊する大量の機雷を避け、数年前の大惨事の成れの果てである明石海峡大橋の残骸や、車、軍用ヘリなどの屍の山々を超えた先に、竜宮城はありました。

 嫌な思い出との精神的格闘のすえ小型潜水艇を降りると、海の民たちがAPS水中銃を構えて出迎えてくれました。豪勢な歓迎に涙しかけた浦島太郎は銃を構えた半魚人に身体検査され、肌身離さず持ち歩いていたコルト・ガバメントを没収されたすえに、竜宮城の牢へブチ込まれてしまいました。

 

 しばらくの間臭い飯を食わされ続け、とうとう体が悲鳴を上げ嘔吐すると、見張りの半魚人が様子を見に牢屋へ入ってきました。そこを好機とみた浦島太郎。たちまち半魚人の耳に箸をねじ込み、さらに壁に叩きつけて箸を奥に差し込んで脳を破壊し、倒れたところを足蹴にしてとどめを刺します。死んだ半魚人が装備していたAPS水中銃を手に牢を抜けだすと、鬼神の如き圧力と特殊部隊仕込みの判断力・射撃力でたちまち城内を制圧していきました。道中で見つけた武器庫で弾薬や爆発物、没収された愛銃を回収し、その他ガムテープなど使えそうなものを集めて装備を固め、親玉のいる竜宮城最奥、謁見の間までやって来ました。

 

「ひとりでよく来れましたね」

「はじめましてだな。お前がここのボスか?」

「ご挨拶が遅れてしまいましたね。ワタクシ、竜宮城城主・乙姫と申します。先日はワタクシのかわいいペットを助けて頂いたということで、とても感謝しています」

「だったらもっと歓迎してくれよ。マズイ飯ばかりで腹に据えかねちまったじゃねぇか。ここじゃあ恩人に腐った魚を出すのが習わしなのか?」

「あいにく、必要最低限の食料しかないものでして。ワタクシの部下たちは腐った魚が大好物でしてよ」

「ほう、というとお前もか?」

「まさか」

 

 0.5秒とかからぬ速さで銃を構え、エイムを定めて発砲しました。しかし、弾丸は乙姫を目前にして弾け飛びました。防弾ガラスが張られていたのです。

 

「まったく、キナ臭いですわね」

「自己紹介か? よく的を得てるじゃねぇか」

「ふふ、面白い冗談ですわ。さて、それではワタクシ、ここで失礼いたします。最後の仕事がありますの。後のお相手はかわいいペットに任せておりますので、どうぞごゆっくりお楽しみ下さいませ」

 

 乙姫が踵を返すとガラスが黒く変色してしまいました。追おうと駈け出した浦島太郎でしたが、突然の大きな破壊音に足を止めます。音のした方を見ると、瓦礫となった壁の向こう側で、拳をつき出した体勢の亀が立っていました。

 そう、浦島太郎を竜宮城に連れてきたあの亀でした。浦島太郎に向ける瞳には、隠しきれないほどの爆発的殺意の光が宿っていました。

 

「おいおい、お前を見逃してやった恩はどこ行っちまったんだ? 野郎の拳で悦ぶ変態だとでも思ってんのか?」

「コロス、コロス、オーダー、コロス」

「ったく。人外助けなんてするもんじゃねぇな……来いよタートルボーイ。一生甲羅から出てこれないようにしてやる」

 

 ボンッと瓦礫が吹き飛んだかと思った瞬間には、亀は浦島太郎の眼前まで肉薄していました。人が喰らえばバラバラに吹き飛ぶだろう豪速の拳が浦島太郎の眼前に迫ります。しかし彼は顔を横に傾けるだけでそれを避けました。

 

「遅ぇ!」

 

 目にも止まらぬ速さでガバメントを抜いて腹部に三発打ち込み、後ろへ飛び退り、更に四発打ち込みました。大口径の.45ACP弾は亀の筋肉をしっかり突き破り、内蔵を破壊しました。亀の口から大量の血液が溢れだします。普通の人間なら致命傷ですが、そこはやはり亀。多少怯んだ様子を見せましたが殺害には至らなかったようです。

 

「この程度ならまだまだってか?」

 

 ガバメントからマガジンを抜き出し、新しいものに変えてスライドストップを解除します。新しい弾薬が薬室に収まっているのを確認すると、即座に亀の両足に全弾打ち込みました。がくりと床に伏す亀に、浦島太郎が近寄ります。

 

「あの女が何したいかなんて知ったこっちゃないが、俺はさっさと帰りたいものでな。あいにくだが、お前と遊び散らかしてる暇は無ぇ」

 

 浦島太郎はタクティカルポーチから“アップル”を取り出しました。

 

「せめてもの餞別だ。よく味わって食べてくれ」

「ゴボ、ボボ……オーガー……コボ、ブ……」

 

 安全ピンを抜きレバーを弾き飛ばしました。そしてそれを甲羅の中にねじ込みます。

 もはや言葉を交わせない哀れな亀に背を向け、歩き去ります。その数秒後、背後で爆発が起きました。

 浦島太郎は防弾ガラスをC4で爆発四散させ、消えた乙姫を追いました。いくつもの頑強な扉を開け、ひたすらに暗い通路を進むこと数十分。浦島太郎はとてつもなく広い空間に出ました。そしてその空間の中央には、これまで見たことのないような超巨大な潜水艦が鎮座していました。船体には大きく『零零零−リュウグウ』と書かれています。

 

「なんだこれは……」

 

 突然目の前に現れた圧倒的存在感の塊に気圧されていた浦島太郎でしたが、空間を揺るがすほどのビープ音に我に返りました。放送が流れ、潜水艦が発艦するという放送を聞き、浦島太郎は急いで潜水艦に向かいました。

 間一髪、沈む前に乗り込めた浦島太郎は、壁に貼られたマップで艦長室の位置を確認し、いつ会敵してもいいようにガバメントを構えて進みます。丁寧にクリアリングしていましたが、進んでも誰とも合わず、やがて誰もいないということに気づきました。艦の規模からして千人ほどいてもいいようなものですが、生物の呼吸音も足音もなく、聞こえるのは、ゴォーン、ゴォーン、と海中を探るソナーの音だけでした。

 

 やがて浦島太郎は艦長室につきました。その扉の前で、浦島太郎はようやく第三者の音を耳にします。

 

「ーーどうしてこの回線を知っているのですか?」

『実はそっちに内通者を作ってたんだよ。いざって時のためにね。金見せたら簡単に釣られてくれた。……ああ、安心してくれ。私がまいた種だ』

 バン、バンーー。

『今刈り取った。裏切り者は置いときたくないだろ? さて、改めて君に聞こう。さっき送られてきた“タマテバコ”のデータについてだが』

「もうなにもかも隠し切れないってわけね……」

『さすがは乙姫様ーーいや、君は影武者だったね?』

「そこまで知って……っ!?」

『まあしっかり忠誠心を持ってくれてたら好きに泳がせてあげるつもりだったんだがね。さっきも言ったとおり裏切り者は置いときたくないたちなんだ。秘密裏にブツのデータも回収したし、君はお努めご苦労さんってことで』

 

 突然艦内に警報が流れ始めました。

 

「何をした!?」

『その艦にはいいミサイルが載ってるよね。せっかくだからどんなもんか味わってみたいって思ったことはある?』

「まさか、この艦を……っ」

『ちょっとハッキングさせてもらったよ。愛しのお姉様とのお別れもあるだろう? 十分やろう。私から君への報酬だ。それでは、よい旅を』

「待て、桃太郎!!」

 

 その名前を聞いた瞬間にはもう浦島太郎は艦長室に乗り込んでいました。乙姫は驚きましたが、瞬時に手を懐に滑らせます。しかし彼女が銃を抜くよりも早く浦島太郎が両足に向けて発砲しました。弾は命中し、乙姫が床に倒れました。

 うつ伏せの乙姫へ距離を詰めました。

 

「お前、桃太郎と話していたな!? 言え、やつはどこにいる!」

「そんなこと今はどうでもいい! 早く、早くお姉ちゃんを脱出させないと……」

「そうはいかない」

 

 這いつくばる乙姫の頭に銃を突きつけます。そんな浦島太郎の非情な態度に、乙姫は忌々しげな表情で睨みつけました。

 

「お前もあいつの手下かッ!」

「逆だ。俺はあいつを殺したい。情報をよこせ。そうすりゃどこに行こうと見逃してやる」

「机の引き出し、上から二番目に全部置いてある! それを持って消えろ!」

 

 言われたとおり執務机の引き出しを開けると、中にSSDドライブがありました。浦島太郎はそれをタクティカルポーチにしまいました。

 部屋をあとにしようと思いましたが、いまだに扉の前で立ち往生している乙姫の姿がありました。仕方がないので浦島太郎は扉を開けてあげました。乙姫の横を通りすぎる際、浦島太郎は機械オイルのような臭がさいがすることに気づきました。出処は這う乙姫の足でした。撃ちぬいた部分から、血液ではない、黒い液体が流れていることに気づきます。

 

「お前、まさかアンドロイドか?」

「うるさい、早く消えろ……っ」

「そうもいかん。よく考えたらどこから脱出すればいいのかわからないからな。悪いが案内してもらうぞ」

 

 そう言って浦島太郎は乙姫を肩に担ぎあげました。彼が思ったとおり彼女の身体は人の重さではありませんでした。並大抵の人間なら腰をいわすでしょうが、浦島太郎の鍛えあげられた筋肉にかかればリュックサックも同然です。

 乙姫は、敵対しているはずの浦島太郎の行動に驚きましたが、今は頼るほかないと悟ると、浦島太郎に道を案内しました。司令室を抜け、艦橋に登りました。覗き窓の後ろに大扉があります。ここが脱出ポッドにつながる扉のようです。しかし乙姫はそこに目もくれず、その隣にある小さな扉を指さしました。

 

「この中にお姉ちゃんがいるの! ねぇ、ここまで連れてきたんだからお姉ちゃんも一緒に連れて行ってよ!」

 

 浦島太郎は一瞬考えました。時間はまだ二分ほどしか経っていませんが、館内放送はミサイルが発射シーケンスへ移行したことを告げています。

 

「急げ」

 

 乙姫が壁に埋め込まれたパネルに手をかざし、次にレンズに目を当てました。するとロックが外れる音がし、少扉が開きます。

 中は潜水艦とは思えないほど広い部屋でした。しかし、その中はぽつんとベッドだけがある、殺風景な部屋でした。その中で眠っているのは彼女の姉です。顔は抱えている乙姫と瓜ふたつです。

 

「お姉ちゃん!」

「……なるほど、こいつが本物の乙姫様ってことか」

「そう、アタシはお姉ちゃんの妹、夏姫……。数年前に起きた“大橋大崩落”、あの日をきっかけにここは全部変わっちゃった……」

 

 乙姫ーー改め、夏姫の言った“大橋大崩落”は、浦島太郎もよく知っていることでした。

 

 大橋大崩落ーーそれは一人の少女・桃太郎が引き起こした大惨事の名称として広く知れ渡っていることでした。

 鬼ヶ島へ単身で乗り込んできた桃太郎は明石海峡大橋の上で軍の空挺部隊を相手に大立ち回りをしました。いくつもの軍用ヘリが落とされる中、唯一生き残ったハインドを鹵獲し、空挺部隊の増援を一掃しました。激しい戦闘に橋が耐え切れず明石海峡大橋は数多の民と仲間を巻き添えにして崩落……以降、この大惨事は『大橋大崩落』と言う名で世界に知られることとなりました。

 そして浦島太郎は、その大惨事の生き残りだったのです。少女ひとりに手も足も出なかった自分の無力さ、死んでいく仲間の顔……すべてが無力の根源となり、堕落を極めることになったのです。

 

 しかし、今は違います。有力な手がかりを見つけ、一矢報いるための矢を手に入れたのです。しかし、そうするにはまずここから無事に脱出しなければなりません。

 

 館内放送がミサイル発射の五分前を告げました。

 

「そいつを運ぶぞ。もう時間はない」

「そこに車椅子があるよ!」

 

 浦島太郎は眠り姫を車椅子に移し、急いで脱出ポッドに向かいました。大扉を開けて脱出ポッドの並ぶ部屋に入ります。いくつもあるポッド格納庫のシャッターを開けようと夏姫が操作します。

 

「ーークソ!」

「どうした」

「アタシのアクセス権が無効にされてる! あのクソ野郎の仕業か……!」

 

 目の前に蜘蛛の糸があるのに、シャッターに閉ざされています。確認してみたところシャッターは弾丸が通りそうなほどの厚みではありますが、恐らくその先に格納してある脱出ポッドも傷つけてしまうでしょう。手榴弾やC4などの高エネルギー爆弾も論外です。

 何か足がかりになりそうなものはないかポケットを探っていると、中から防犯ブザー型リモコン式爆弾が出てきました。亀を助けたとき爆発物として警察に届けるために回収していたものでした。どうやら身体検査のときに見落とされ残っていたのです。

 せいぜい指が吹き飛ばせる程度の威力しかありません。しかし、その低威力が救いとなる可能性がありました。

 

 浦島太郎は爆弾をガムテープでシャッターに貼り付けました。そして二人を物陰に起き、爆破しましす。ボンッと小さな爆発が起きました。浦島太郎の読み通り、シャッターに小さな穴が開きました。その穴を足で広げると、目の前に脱出ポッドが現れます。ハッチを開き、乙姫を中に収容しました。

 

「お前も行くぞ」

 

 歩けない夏姫を抱えようとしましたが、彼女は首を横に振ってそれを拒みました。

 

「……ダメ、アタシはここまで」

「なんでだ」

「ミサイルの標的はこの艦じゃなくて……アタシなの。この身体の個体識別番号をターゲットにしてる。一緒に行ったら全部ムダになっちゃう」

 

 夏姫は悲しげな表情で乙姫を見つめました。

 

「アタシはこの艦と最期を共にするわ。これは残しちゃいけないから。だから……行って」

 

 どん、と足を押され、浦島太郎は脱出ポッドへ転がるように倒れました。

 

「散々手荒いことして身勝手なのはわかってる。でも……お姉ちゃんの事、よろしくね」

「まてこらーー」

 

 ポッドから出ようと立ち上がりますが、それよりも先にハッチが閉じてしまいます。射出されました。安堵したかのような表情の夏姫ーーそれが彼女との別れとなりました。

 

 ***

 

 数分と立たないうちに脱出ポッドは海面に浮上しました。彼らが浮上したと同時に、遠くで海からミサイルが飛び立ちます。それは空高く上がっていったと思ったらすぐに引き返してきて、海中に潜って行き、すぐに水柱が立ちました。きっと潜水艦は鉄の屍となり、深い海底に沈んでいったことでしょう。

 さてこれからどうやって陸に戻ろうか……と考えていましたが、救難信号を受け取った海自の船がやってきたことでその問題は解決しました。しかし、一難去ればまた一難が世の常。これから受けるだろう尋問をどう乗り切るかという新たな問題が浮上した瞬間でもありました。

 

 これから受けるだろう苦労に対して、これまでに手にした物は対価として等しいのだろうか? 今の浦島太郎にはそれがわかりませんでした。

 

「……まったく。泣けるぜ」

 

 船上で銃を向けてくる海自に対し、両手を上げ敵意がないことを示す。彼が今できるのはそれだけでした。

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