第31話 エピローグ
「懐かしい夢を見た」
起き抜けに、男は相棒の寝癖を直しながら、昨夜見た夢の話をした。
「私たちが始めて野営した時の夢だ。モモは小さくて可愛かったなぁ」
「何だいそれは。今は可愛くないって事かい?」
言った相棒は、勇ましい虎顔をむうっと歪ませた。
「今はどう見ても可愛いじゃあないな。カッコいいよ、相棒」
ブラッシングをして整えられた毛並みを満足そうに鏡の中に見返し、彼はカッコイイなら良いか、と自慢の髭を指先で梳いた。
あれから十年。二人は各地を旅して、冒険者として名を上げた。
【契約】の力を持つ者たちは世界中に点在し、珍しいながらも二人はその経験を着々と積み重ねた。今では双騎士アルブレヒトと、聖獣の召喚師モーリスとして名を馳せていた。
元々病弱だったとは言え、原種に近い火の民であったモーリスは成長と共に体力を付け、更に体も大きく成長した。アルブレヒトは誠実さと【契約】による腕っ節の強さ、剣の腕に磨きをかけ、騎士剣二刀流と言う独特のスタイルを確立して活躍している。冒険者ギルドの中でも上位に名を連ねる実力者になった。
空色に白のメッシュの入った長いの髪を結いながら、アルブレヒトは昔を懐かしむように目を細めた。
「あの国がどうなったと話題は聞かないが、逆に私の名はあの偏狭の地まで届いたのかね。今なら、異端者ではなく、本当に『勇者』として凱旋出来るのだろうか、何て考える事があるよ」
「駄目だ」
きっぱりと言われたモーリス言葉に、アルブレヒトは疑問符で返した。
「アルは俺の相棒で、勇者なんかじゃない。あんな国にくれてやるもんか。そもそもあの国はアルの事を信じもせずに捨てたんだろう?」
「……え、あ、あぁ。……は、ははは。そう妬くなって。私はモモの相棒だ。確かに、勇者なんかじゃないさ」
「妬いてない!」
口を黙らせるように、後ろから両頬を肉球のついた五指の手で覆われた。柔らかな肉球の感触がくすぐったくて、アルブレヒトはあははと再び笑った。
「モモ、今日からの仕事の内容をおさらいしてくれないか?」
頬を覆う手を握り返し、さあおふざけは此処までだと合図と言葉を切り出す。
「ん、いいぞ。今日は商人たちの護衛だ。東の港町に行く。五日後には極東の島へ渡る船上での商人護衛だ」
最近は獣たちの害獣化と、闇の民によるとされる不可思議な事件も増えている。商人たちは道中の安全にと冒険者を雇う。今回は商人一家の護衛だ。商人たちの護衛をしていれば、かつて国を出て行った家族と再会出来るかも知れないと言う、淡く愚かな願いを抱いて、アルブレヒトたちは護衛の仕事を多く請け負っていた。
「東の街じゃあ美味しい蟹が食べられるって言うし、極東の島じゃ良く切れる剣があるって言う。その辺を買うのも楽しみだろ?」
「君は良く食べるようになったからな。体格の良さは昔のお兄さんにそっくりだ」
「えっ……兄さんは憧れの人だけど、俺の目指すところはちょっと違うんだけどなぁ」
線は細く、しなやかな体躯のモーリスは、四角く大きな印象だったかつての兄とは対極的でありながら、顔の勇ましさや目力の強さは兄弟通ずるものがあるとアルブレヒトは思っていた。それを理想と違う、と一蹴されれば、弟想いの兄は悲しむ事だろう。
「お兄さん泣くぞ」
『むしろ泣いていよるわ、アル。あの男、弟の事となるとメソメソうるさくてかなわんわ。苛めてやらんであげてや』
『苛めてるつもりは無いんだけど……』
『兄さんもそんな事で泣かないで欲しいんだけど……いつの間にそんなに泣き虫になっちゃったのさ』
『……モーリス!オレは、逞しく育ったお前を誇りに思っている!だがな、お前に雑に扱われるのは傷付くぞ』
『んもう……うるさいなぁ兄さんは』
【契約】した獣と魔動波で会話が出来る。アルブレヒトとモーリスは、お互いの【契約】した獣たちと会話が出来ていた。日頃から四人は周囲の人々には聞こえない声で会話している。
かつて魔王と恐れられたロジェ=マルク。その弟にして、召喚師と名高い冒険者モーリス=マルク。不運にも策謀に巻き込まれ、しかしアルブレヒトのおかげで生きながらえた鳥獣種のフルーストリ。己の正義を信じた双騎士、冒険者アルブレヒト=テオドシウス。
「よし、行くか」
「おうともよ、相棒!」
二人と二体の獣たち、モーリスの従える契約の獣たちの仲間は、今日も冒険者として活躍していた。
ガーディアン・キー『勇者の話』
おわり
ガーディアン・キー『勇者の話』 面屋サキチ @sakichi_O
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