第30話 同士
あの兄に対峙して物怖じせずに戦い、一貫して対決ではなく対話だけを望んでいた。その想いの強さが、不完全だった【契約】すらも捻じ曲げて、正しい形へと導いた。その真っ直ぐな心根に惹かれた。【契約】の力だけではない、その根底の力強さに惹かれたからこそ、彼を死なせたくなかったし、共に在りたいと思った。モーリスはそんな内心を口にはせず、上っ面の言葉だけで会話を締めた。
「【契約者】同士なら、分かり合える事も多いと思ったんです。兄を前に怯まず、対話を望めるだけの胆力のある貴方なら、旅の困難も何とかなると思って」
「随分高く見られてるものだな。正直、今夜合流出来なかったら野宿も危うかったって言うのに」
ふふ、と笑って、モーリスは空のカップを布で拭いて片付け、話を促した。
アルブレヒトは淡々と話した。アレだけの傷を負ったのに数日の内に完治した事。自分に疑惑がかけられ、塔へ幽閉された事。事情聴取に応じた事。裁判にかけられた事。人々の目が畏怖と否定に染まっていた事。そんな中で自分の事を信じて、誇りに思ってくれる人が居た事。
「家族は既に国を離れた。私が帰る場所はなくなりました。思う存分、外の世界を堪能しようと思います。そう言う点で、この【契約】の力について私は何も知らない。君が居てくれる事は心強いですよ。少なからず、君は僕以上の【契約者】である事は間違いないですからね」
モーリスは手元を指差されて、ああと両手を広げた。そこにはびっしりと【契約の印】が刻まれていた。
「【契約】と言うのは、複数同時にする事が可能なものなのか?」
「さあ?実は僕も独学で」
「独学?本当か?」
ええ、と苦笑してみせる少年は幼く、屈託無く笑う。
モーリス=マルクは火の民の少年で、病弱な変わりに魔力が高かった。魔動書を読み漁り、小さな獣たちと【契約】を繰り返した。それでも知識を貪り続け、今では両手の指が全て【契約の印】で埋まっている上に、手の平にもそれは刻まれていた。
「でも、一番大きなのはコレですね」
言って、モーリスは左袖を捲り上げた。獣の牙を意匠にした大きな印。細い腕に刻まれたそれは比例して禍々しく見える。
「それが、お兄さんとの【契約の印】ですか」
震える声でアルブレヒトが確かめる。
「ええ、そうです」
国では、モーリスの兄【契約者】ロジェの事を『魔王』と呼ぶ者すら居た。あの強大な力を持つ【契約者】が、此処に【契約】されて封じられている。
「あれが【契約】の魔法陣で、間違いなかったんですね」
「兄を救う手立ては、これしかありませんでしたから」
白の獣と【契約】し、自らも【契約獣】に成り果てようとしていた。魔力が高い訳でもない一介の火の民であったロジェに【契約】の魔力は毒でしかなかった。獣の力に蝕まれ、やがて自らも獣に成り果てるであろうと、覚悟の上での【契約】だった。
「確かに僕は国の不正や闇を暴きたかった。でも、兄さんにそうまでして欲しくなかった。兄さんは不器用だから、ああやって押し通る方法しか出来なかった」
兄をその道へと進ませたのは自分の責任だ、と。モーリスもまた覚悟を決めていた。
全ての事が終わって、城の中に居た同志たちを郊外へと逃がし、自分は兄と言う名の【契約獣】と【再契約】を果たし、そして国から姿を消して旅立った。国の内部への問題提起は出来た。それできっと国は変わるだろう。郊外に住む水の民と火の民の生活も変わるだろう。それで十分だった。
「兄さんは未だに僕の判断に文句を言っていますが、僕は後悔してません。こうしてアルブレヒトさんと旅が出来るんです。明日からが楽しみですよ」
「そう言って貰えるなら、私も道を共にする決断をして良かったと思うよ」
二人は笑い合って、明日の為にと就寝の準備に取り掛かった。
「火炎の眷属、火の民へ、火炎竜の加護と、一夜の暖を約束されたし。対価に燃やすは、大地の恵、土に帰る木の枝の死骸、葉の遺骸。火炎の力にて台地に還す、連環の力を我らの加護に与えたまえ」
モーリスが焚き火と寝床を結ぶように魔法陣を描き、そこに枯葉で小さな火を点々と起こした。魔法陣は仄かに光を灯し、それが魔法陣全体に行き渡ると同時に結界を張り巡らせて消えた。
「これで明日の朝まで、焚き火は燃え続け、獣たちから身を守ってくれます」
「便利な魔法を知っているんだな」
「これも独学です」
私は剣で戦う事しか出来ないからな、と苦笑するアルブレヒトに、モーリスは魔法が効かなければ次の手がありませんからね、と苦笑する。そして、もしもの時は頼りにしてます、と付け加えた。
毛布に包まって、焚き火を挟んで二人はまどろみが訪れるまで話した。
「明日起きたら、力を使って空を行こうと思います。この道はあまり使われていないですし、盗賊と遭っても困りますから」
「空を飛んだら目立たないかな?」
「北の街に付く手前で降りれば大丈夫かと。少しは都会の街ですし、風の民が飛んでいるかも知れませんよ」
「風の民用の高い城壁の上に検問があったりするのかな?北の街の事は全然知らないんだ」
「僕もですよ、アルブレヒトさん」
「アルって呼んでくれれば良いよ。長いだろ?」
「……であれば、僕の事もモモって呼んで下さい」
「……分かったよ、モモ。お休み」
「はい、おやすみなさい」
薪が爆ぜる心地良い音と、自分以外の寝息を聞きながら、二人はゆっくり眠りに就いた。
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