第29話 旅の同行者
北に続く森は広大で、やがてそれは巨大な山脈へと道を阻まれる。森の中には数本の道があり、いずれも元は獣道だったものを人々が行き交った事で開けた道だった。商人や旅人は馬車を走らせ、徒歩で森を抜けようと言う者は少ない。往来の多い道に旅人は立ち、道中共に出来る者を探した。人々は寄り添って自然と言う脅威を乗り越えていた。
その森の中でも、一番往来が少ない細い道で、一人の少年が野営の準備をしていた。枯れ木を集めて小さな火を起こし、枯葉を集め、布を被せて寝床を造る。火の民の少年は虎の獣人で、とても小柄だった。時折周囲の音を聞くように耳が動く。彼は穏やかな表情で、夕日に染まる空を見上げた。木々の隙間から見える切り取られた空は美しく色付いている。
そこに、一羽の鳥が影を落とした。夕焼けの赤に濃く影を落とした一羽の鳥は、やがて高度を落として少年の元へと降り立った。
「お待ちしてました」
降り立ったのは鳥ではなく、背に翼を生やした一人の青年だった。青年は地面に降り立つと同時に【契約】の力を胸の扉の中にしまい、鍵をかけた。鍵は青年の右手に戻って、辺りは薄闇と静寂が戻った。青年は、少年の顔を改めて見やると、安堵の溜息を吐いて口を開いた。
「日のある内に追い付けて良かった。空を行くと流石に早いな」
「僕もゆっくり歩いて来ましたから。一週間の距離、どれくらいで追い付いたんですか?」
「昼の鐘と一緒に飛び出して来たから、五時間くらいだったかな。途中で樹の上で休憩したけど、三回くらいかな」
にこりと笑った青年は、元騎士アルブレヒト=テオドシウスだった。【契約】の力で空を飛び、先に旅立っていた【契約者】の少年モーリスの後を追ったのだ。例の事件で、兄の凶行を床から見守っていた少年は、元気に一人旅をしていた。
「まずは野営の支度をしましょう。もう日が沈んでしまいます」
「分かった」
そこから二人は手分けして薪を集め、枯葉を集めて二人分の寝床を作った。焚き火を起こすのにはモーリスが魔法を使って火種を起こした。アルブレヒトはくすねて来た葡萄酒と干し肉、そして彼を許してくれた大人たちが持たせてくれた食料を出した。
「こんなに持たせてくれたんだ……」
「手助けされたんですか?服や装備もキチンとしてます」
「……ええ、私の事を信じてくれた、数少ない先輩方がね、私の旅立ちを見送ってくれたんだ」
「それは、良かったです」
ただ誰にも信用されず、失意の元に自分の下へ降り立ったのではないと知って、モーリスは少し笑った。
アルブレヒトは数少なくとも信頼を持って送り出された。後の事はどうとでもしよう。後始末くらいどうって事無い。そう言う許しを得て、力を行使して国を発った。彼の誇りである騎士の制服に似たコート、騎士の誇りの象徴でもある剣、道中寒さに震える事無いようにと用意された旅人の使う専用の毛布、空腹で困らぬようにと包まれた保存食。それらは全て大人たちの信頼であり、許しであり、謝罪であり、育て上げた同士へ対する誇りの表れだ。
「貴方は、本当の騎士だったのでしょうね」
「え?」
「お話を聞かせてください。僕たちが起こした事件の顛末を。人々の判断を」
「……ああ、分かった」
二人は火を囲んで湯を沸かし、豆とベーコンでスープを作り、乾いたパンを浸して食べた。森の日暮れは早く、日の陰りと共に気温は一気に下がっていく。体を温めるように二人はスープを流し込んだ。
その間に、ぽつぽつとアルブレヒトは話をした。
城で戦いの後に出会った時、光の渦の中にモーリスと、その兄であり【契約者】でもあったロジェ=マルクが姿を消した後。光の中でモーリスが言った言葉。
『僕はこの国に問い質したい事を全て国王へお伝えしました。兄の暴挙を見守るしかなかった僕の罪を背負って、国を離れます。貴方も、その【契約】の力を持て余し、行き場をなくすのであれば、僕と共に国を出ましょう』
その言葉を胸に、アルブレヒトは国が動いた十四日間を思案に費やした。出来る事なら国への在留。叶わぬのならば、モーリスと共に国外逃亡。二択の道は、結局のところ一本道でしかなかった。しかし、モーリスが危惧したように、失望だけを抱えて旅立つ事は無く、アルブレヒトは変わらず騎士として旅立った。それは彼が短い人生の中で培った人徳そのものだ。成人する十七までに積み上げるには余りある人徳だ。
「……モーリス君、何故君は……その、私に共に行こうと、声をかけてくれたんです?」
「簡単な事ですよ、僕が貴方と一緒に旅がしたいと思っただけです」
「……ご覧の通り、私は剣しか知らない朴念仁なのだが、それでも良かったのか?」
「旅の知識は僕も本で読んだ事しか知りません。実際は読むより難しいと思っています。でも、同じ力を持つ貴方なら、一緒に模索する事が出来ると思ったんです」
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