第6話

 俺は今歩いている。手にソフトクリームを携えながら。後ろからついてくる警官は店を出てからしばらく一人で話してたが、途中で買ったソフトクリームを食べるのに忙しい俺の様子に話すのを既に諦めてる状態だ。まぁ、話しかけられても無視され続けたら話す気なんざなくなるわな。

 にしても。警官とか、もっと偉そうかと思ったが、超絶邪魔となるわけでもない。この距離の取り方が絶妙だ。まぁ、聞き込みやらなんやらはすんだから、自然と距離の取り方とか身に付いてんのかもしれねぇな。

「なぁ、警官さん」

 急に声を掛けられたから、少しだけ反応が遅れたが、すぐに返事が返る。

「なんですか、緋川さん」

「さっき話聞いてて疑問だったんだけど。俺以外に被疑者なしとか、そんなわけねぇよな?」

「あぁ。まぁ、何人か疑わしい人間はいますよ。詳細は黙秘しますが」

「けど、警官のあんたは俺に会いに来た。それだけ俺が疑わしかったってことなんだよな? ・・・・・・おかしくね?」

「おかしい、とは? 具体的にどういった意味でですか?」

「警官さんがどれだけ疑おうが、俺は自分が犯人じゃないって主張するしかねぇんだけど。なぁ、警官さん。仮に、だ。もしも俺以外が犯人だったとして。俺が疑われんのが当たり前の状況って、誰かの意図的なもんだって可能性ねぇの?」

「ある、かもしれません。前に、似たような事例がありましたから。ですが、貴女の嫌疑が晴れる訳ではありません」

 やっぱり、面倒だな。けど、それ以上に。

「なーんか、ヤな予感がしやがんな。そもそも警察が拾ったあの一枚は、家か会社ぐらいにしか持ってってなかったもんだ」

「え?」

「事件現場の近くにあったこと自体が不自然なんだよ。旅行先で修正かけた方は、きっちりと金庫に入れてっし。一枚もなくなってねぇ。それに、見せられた一枚もなくしてから、一月も経ってねぇし。色々と変なことが多すぎんな」

 ま、しばらく鍵とか気を付けた方が良さそうだな。

 絶句し足を止めた警官に、俺はこれからのことを考えて少し心配になる。だから。

「早く来いよ、警官さん。殺人計画書、確認すんだろ?」


 その言葉に慌てたように、警官はついてきたのだった。


 自宅前まで来ると、警官に首をかしげられた。

「さっさと入れば?」

「え、あ。お邪魔します」

 俺は鍵を開けて、玄関先にあるスリッパを用意して、閉めていた雨戸を開ける。ちょっとだけ玄関で待たせて、ささっとリビングの片付けをしておく。せめて、転がった空き缶ぐらいはなんとかしないと、格好が悪い。

「あの。失礼ですがここに一人暮らし、なんですか?」

「そうだけど? なんか問題あんの?」

「いえ。家賃とか高そうですね。一人暮らしなのに、一戸建てとか豪勢だな、と」

「あぁ。ここ、持ち家。買ったの母親だけど。一応、家とか別に必要ないって断ったんだけど。絶対に必要になるからって、消費税が五パーセントの時に購入したんだよ。俺も半分権利持ってる」

「・・・・・・・・。」

「過保護だよな、うちの親。実際助かってっけど。だから、俺が払うのは二年にいっぺん来る税金だけ」

 家賃として考えるなら、働いてる限り、ほとんどあってないような金額だ。おかげで貯金に回せるだけの余裕があるし、ボーナスで旅行にも行ける。

「えっと。だったらローンはご両親が・・・?」

「組んでねぇよ? にこにこ一括現金払い。正確には小切手払いだけど。確か、リフォーム代とかもあるからって値下げ交渉してたっけかな。一括で払った方が面倒なくて安全安心。不動産屋も一括払いに乗り気で、ちっと安くついた印象あるな」

 元々、中古の一軒家であり、さらに駐車場がないのと築年数がそれなりなため、一千万円を切っているのだ。とはいえ、よほどきっちりと貯蓄していない限りそんなお金をぽんと払えるわけがない。改めて、うちの両親のすごさを思い知った。


 と、いうか母親が本当女傑なんだよな。うちは両親が共働きだったが、母親はそこらの男の給料を優に越えるどころか倍以上稼いでる。年収五百、軽く超えてんだもん。ボーナスまでしっかりもらってっし。父親の会社で母親の給料見せられた事務員がしばらく固まったという嘘のような実話もあるぐらいだ。

 課長クラスより上の給料見せられりゃ、そりゃそうなるわ。娘の目から見ても、大した傑物だと思う。ただ、娘にはすこぶる甘い。めちゃ甘い。姉妹平等とか言って、姉と俺とに中古とはいえ、一戸建てを購入してしまうんだから。おかげで寝るところも家賃も困らない。

 いやそこまで平等に扱わんでもと思ったんだがな。

 本人曰く、夫婦喧嘩した際の避難場所だそうだが、俺が一人で住むには広すぎるぐらいだ。

 きちんと自立してないとか言われそうだよなー、世間から見たら。


「なんなんですか、それ! 滅茶苦茶娘に甘いじゃないですか!」

「だから、甘ぇって言ってんじゃん」

「いやいやいやいや。どんだけですか。そこまでいくといきすぎなのでは!?」

「さぁ。俺に言われてもな。昔から結構運がいい方ではあるが」

 そう、自慢とかはしないが俺は案外運がいい。現在、勤めてる職場も就職氷河期と言われる割にはすんなりと就職が決まった。なんでも新人職員が二ヶ月でやめてしまったとか。


 たまたまその前の短期勤務が切れてから一月と経たずに決まったのだ。おかげで、せっかくもらおうと思っていた手当がパァになった。そんなに俺に手当を渡したくねぇのかと、マジに思った。


 さらに、手当の請求手続きをしていたために、すぐさまその請求の取消をしなければならず、決まったのがゴールデンウィークに突入しかけの時期だったので、本当に大変だった。まぁ、その涙の頑張りのおかげで一人楽しく広い家で暮らすという夢のような環境にいるのだが。定期的な収入はやっぱり貴重だと思う。


「で、殺人計画書だったよな。ちょっと取ってくるから、待っててくれ。さすがに女性の一人住まいにずかずか入るほど、無神経じゃないだろ? それとも、一応保管場所が見たいんなら、あげてもいいが」

「あー、えーっと」

 葛藤してるのがよくわかる。まぁ、そりゃそうだろうな。

「迷うぐらいならあがってけよ、警官さん。確認しといた方がいいこともあるだろ。外聞悪くなっても俺は責任取らんが」

「うぅ。すみません。それならあがらせてもらいます」

 警官さんは、本気でばつが悪そうに頭を下げたのだった。

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殺人計画書(仮) @Mituki09

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