第5話

 回りくどいのはきれぇだ。時間がもったいねぇし、なにより俺には帰って洗濯物を干すという重大任務が待ち構えている。プチとはいえ、旅行に行ったのだ。きっちりと洗濯して乾かさなければ、着替えがなくなる。

「とっとと帰りてぇ。なぁ、マジでもう帰っていいか? 俺、あんたの長話に付き合う気ねぇんだよ、本当」

「そうですか。わかりました」

 警官は一枚の写真をテーブルの上に置いた。俺は僅かに目を細める。写真の人物が俺の知ってる奴だったからだ。

「矢島昭夫(やしまあきお)を知っていますよね? あなたの勤め先に勤務している男性です」

「あぁ、嫌になるぐらいに知ってっけど。そもそも、俺のストレスの原因は半分以上こいつのせいだし」

 俺の口から立て板に水とばかりにすらすらと矢島の悪口が出てくる。

 矢島昭夫は、俺の直属の上司なのだが、とにかく俺とは反りが合わなかった。細かいミスをいつも指摘しては、何回も提出書類をやり直させる。

 もちろん、俺も様式なんかは一通り真似してやるが、矢島の指摘する部分は基本的にあってもなくても構わない部分ばかりだと知ったのは部長に確認をとった時だった。

 さらに、矢島の奴は自分の仕事をさりげなく俺に回してきてる。転職で入ったばかりにしてはやけに仕事量が多いと、不審に思って確認したら、実は矢島の仕事だったというオチで、さらに部長から矢島にやらせるより君にやらせた方がいいと(なくていい)お墨付きをもらった。


「矢島の野郎、俺に仕事は押しつけてくるわ、パワハラ発言連発しまくるわ、あれでよくクビにならねぇなと仕事ぶり見て思ってっから」


 さらに、全然知らない予算編成の資料を作成しろとか言われたときにはあきれて物も言えなかった。なんで、五ヶ月程度しか勤務してない俺が予算やらねぇといけねぇんだよ! 他の人間にやらせろと本気で思った。

 おまけに、矢島に予算編成の資料の様式がどこにあるか聞いただけで自分で探せとか、無茶ぶりを発揮された。お前上司だろ! 仕事しろよ、給料泥棒かっ!と、何度思ったことか。年末調整の書類も提出しろとこっちがせっついたにも関わらず、一番最後に提出で、しかも添付書類がなかった。それ指摘すりゃ逆ギレしやがる。最初に言えとか言われたが、毎年やってんだから、大体何が要るかわかっだろ。どんだけ頭わりぃんだ、こっちは必要な添付書類のコピーもした去年の記入例きちんと付けたっての!

 あいつがコネ入社だと聞いて、俺は納得した。うん、コネじゃなけりゃあれは会社でやってけない。

 むしろ、クビにして欲しい、切実に。

「と、まぁあれはもはや戦力外かつ礼儀知らずの宇宙人だと思ってっけど。矢島がなんだ?」

「落ち着いて聞いてください。矢島昭夫ですが・・・死んだんです」

「へ?」

 予想外の言葉に間抜けな声が出た。矢島昭夫が死んだ? 

「・・・死んだ、ね。ま、色々恨み買いそうな奴ではあったが」

「そして、矢島昭夫殺害事件の被疑者が貴女なんですよ、緋川さん」

 ・・・・・・ようやく、繋がった。こいつは、俺が矢島殺しの犯人かどうかを見極めに来たわけか。

「・・・・・・なぁ。警官さん。なんで、俺が疑われんの? だって俺、旅行帰りだぜ? 矢島殺せるわけねぇじゃん。あいつの住んでるの、この近くなんだし」

「どうして、矢島がこの近辺に住んでると知ってるんですか?」

 バカか、こいつ。年末調整の書類の提出、せっついたって言っただろうが。

「あのなぁ、疑うのは勝手だが、俺、年末調整の書類集めたってさっき言ったよな? そんとき、住所とか間違ってねぇか確認すんだよ。特に、一番最後で不備ありそうな矢島だったから、念入りにチェックしたんだよ。保険料の控除ができなかったらできなかったで、文句言われんの俺なんだぜ?」

「すみません。そうでしたね。それで、緋川さん。矢島昭夫を殺したのは、貴女ですか?」

「ちげーよ。そもそも、俺犯罪歴ねぇし。これから増やすつもりもねぇもん」

 

 え?俺、これなめられてんの?犯罪者になりたくないから、軽い精神障害とか乗り越えようと思ってんじゃん。ストレスとんでもなくても、迷惑かけたくなくて仕事を頑張ってんじゃん。


「それに、どうせ俺の家族のことも調べてんだろ? 俺、さすがに家族に迷惑かけたくねぇんだけど」

 俺の家族構成は父、母、姉、俺、祖母だ。

 そのうち、姉と母は公務員をやってる。犯罪なんか犯したら、母と姉の立場がない。

「いえ、あのご家族の職業までは把握してなかったんですが・・・そうですか」


「いや、俺、確かに変人奇人って言われる類(たぐい)の人間なのは認めっけど、かなり現実主義者(リアリスト)だぜ。犯罪なんか犯したら、犯した後が生きにくいだろ。やらねぇよ。だから、ストレス発散に計画書なんて書いてにやにやしてんだし」

「ですが、これだけ見ても、殺人に至る動機になりますよね? それに・・・」

 俺は色々聞いてんのがいい加減苦痛になってきた。それに、この計画書は不完全であり、最新の計画書には遠く及ばない。

「そんなに、動機とか色々言うなら、ウチに来いよ、警官さん。俺の最新の殺人計画書、見せてやるよ」

 旅行中にある程度修正を掛けた計画書が家にある。

 それを見せっから、それから俺が本当に犯人かどうかの判断をしてくれ。

 俺の言葉はかなり衝撃的だったらしい。

 警官が驚きで沈黙する。

 ようやく出されたケーキセットに俺は手をつけながら、この警官を家の近くまで招くのもイヤだなと、考えたのだった。

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