第4話

 ひとまず、こんな公園で話すことでもないと判断し、私たちは駅前の喫茶店に入った。だが、私はひたすら疑問に思っていた。なんで、あれがこの警官の手に渡っているのか。そして。

(なんで、私が書いたものだと判断できたか、か。あれ、パソコンで打ってるから特に私が書いたってわかるはずないんだけど)

 誤魔化せば良かったのか。いや、しかし下手な嘘をつけば、心証が悪くなった可能性が高い。それに、肯定してしまったものは今更取り消せないのだ。それよりも、この胃が痛くなるような状況から逃げ出したい。心底。

 そう考えた瞬間、私の心の奥底で声がする。

 ころしたい。ころしたい、ころしたい、ころしたい、ころしたい・・・。

 まただ。また、殺人衝動。

(あー、もう。心のバランス崩れてんのに。ストレスから解放されたい。切実に)

 嘆息しつつ、私はテーブルで向かい合わせに座ってる警官など放置して、メニュー表から適当に注文する。

 一体、どこにあったのだろうか。注文しながらも思考を巡らせる。実は旅行前に殺人計画書の一枚が抜けていることに気づき、必死に探したが見当たらなかったのだ。

 会社でも、念のために確認してみたが、それらしきものは誰も見ていなかった。なので、あきらめて改めて一枚コピーし直したのだが。

 そのなくなった一枚をどうしてこの男が持っているのか。どこにあったのか。正直疑問が尽きず、さらにこちらを冷静に被疑者として観察している警官に苛立ちが募る。

 もう、いい。

 猫被るのはやめにしよう。

「さて、と。こっからは誤魔化しやらなんやらはなしにしてもらえっと助かるんだがな、警官さん」

 薄ら笑いを浮かべながら、私は口調を変えた。丁寧な口調なんざ、面倒でしかねぇ。

「!?」

「んな、驚くことか? 殺人計画書の話が聞きたいんなら、こっちのが都合がいいだろうと思って、こっちの口調になっただけだ。モードの切り替えみたいにな」

 実際、こんなのただのごっこ遊びの延長みてぇなもんだ。そこまで驚く意味がわからん。誰だって猫かぶりぐらいするだろうに。

「それが、貴女の本性ですか?」

「いや? 別に本性って訳じゃねぇよ。ただの切り換えだって言ってるだろ?記憶がとぶわけでもねぇし、口調が多少変わったところで本質は変わらねぇよ。ただ、最初に言っとくと、この口調以外でもおそらくあと二、三は口調を変えるな。ま、深くは気にしないでくれ。ただの印象操作みてぇなもんだから」

「凄まじく気になるんですが・・・」

「んなこと言われてもなぁ。軽い人格障害だろ、こんなの。別に俺、不自由そこまでしてねぇし? 相手が戸惑うのを見てからかいたいだけってのもない。ふざけてもねぇよ。あんたの聞きたいことがこの紙についてだから、変えただけだ。あの状態じゃ、精神病院行けで済まされちまいそうだったし。病院行ったところで仕事のストレスのせいだから、治療のしようがねぇよ。あっても精々カウンセリングだろ。けど、仕事やめたところで結局おんなじ。何度か転職もしてっけど、どっちかっていうと俺ストレス耐性低めなんだろな、きっと。だから、こんなややこしいことになってる。別に会話に不便があるわけでなし。実害あるわけでもないんだから、さっさと続き、話してくんねぇ?」

「あなたには、常識がないんですか?」

 一瞬、何を言われたのかわからなかったが、理解するにつれて笑いの衝動がこみあげた。

「ぷっ。くくくくっ。あはははははは!」

「何がおかしいんですか?」

「あのなぁ、警官さん。常識なんざ、ところ変われば品変わると一緒なんだよ。育つ環境が変われば常識なんて全部変わる。一体全体、なにを以て常識にすんだ? あんたの常識は、誰かの非常識だったりするぜ?」

 実際、田舎と都会の常識は全然違う。都心の店にふらっと立ち寄って休んでいたら、客でもないんだから立ち去れと追い出されるのだ、都心では。そこまで長居する気もなかったし、いちいち注意するぐらいなら貼り紙しとけと、本気で思ったもんだ。

「それは、世間一般の・・・」

「そのくくりが俺には意味不明だ。世間一般? 世間ってのはどの範囲だ。関西か、関東か、はたまた北海道か、沖縄か。どれかに絞ることもできねぇもんを理解しろってのが土台無理なんだよ。ごちゃ混ぜで、正解不正解の判断ができやしねぇ。曖昧な表現はやめてくれよ。あんた、警官だろ? 一般的に使われてる語句が間違いだらけってことも知らねぇの?」

「・・・・・・もういいです。屁理屈ばかりこねられても、話が進みません。それで、緋川さん。この紙に見覚えがあるんですね?」

 屁理屈じゃねえんだけどな。話を戻された。俺もこれ以上は流されそうだと思い、本題に相槌を打つ。

「まぁな。俺が打ったもんだし」

 警官はすぐさまメモ帳を取り出し、確認してくる。

「昨日まであなたは旅行で○○県にいた。間違いないですか?」

「あぁ。で、それがどうかしたのか?」

「実はですね、この紙、あなたの旅行先で発見されたんです。とある事件が起きたすぐ側に落ちてました。だから、念のために私が事情聴取に来たんです」

 回りくどい。核心には触れないままの警官に、俺は心の中で嘆息した。

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