ある独裁者のお話

彼野あらた

ある独裁者のお話

 時は未来。

 ある国に、一人の独裁者がいました。

 彼は強大な権力を持っており、その国で彼にできないことはありませんでした。

 しかし彼は、傲岸不遜ごうがんふそんで自己中心的で猜疑心さいぎしんが強く、その治世は苛烈を極めました。

 彼は己の意に沿わない人間を次々と粛清し、あるいは追放していきました。

 そんな彼に嫌気が差した部下や国民たちは、どんどん国から逃げ出しました。

 そしてついに、独裁者以外の人間は国からいなくなってしまいました。


 しかし、独裁者の国は既に機械化と自動化が進んでおり、彼が一人で暮らす分には問題ありませんでした。

 ときどき近隣の国が攻めてきても、自動化された無人兵器によって索敵や迎撃が行われ、独裁者とその国は守られました。

 問題点を挙げるとすれば、独裁者が孤独であることでしたが、彼はちっとも気にしませんでした。

 スポーツやゲームといった娯楽の相手は機械が務めましたし、ネットワークを介して大量の情報を入手することも可能でした。

 彼は一人きりで悠々自適の生活を送っていました。


 そんなある日、独裁者の口の中に痛みが走りました。

 初めは小さな痛みでしたが、日に日に痛みは大きくなっていきました。

 それは明らかに虫歯でした。


 独裁者は歯を治そうとしました。

 しかし、それはかないませんでした。

 その国には医療装置も多数そろえられていたのですが、虫歯を治療する機械だけは自動化されていなかったのです。

 他の国へ治療に行こうと思っても、彼を受け入れる国はどこにもありませんでした。

「痛い」

 独裁者はうめきました。

「痛い、痛い!」

 独裁者は悲鳴を上げました。

「痛い! 痛い! 痛い!」

 独裁者はのたうち回って苦しみました。


 すると、独裁者の身の危険を察知して、国中の兵器が一斉に彼の所に向かって動き出しました。

 独裁者の苦痛の原因である虫歯を滅ぼすために……。

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ある独裁者のお話 彼野あらた @bemader

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