光を浴びて

三雲優雨

第1話 二つの手紙

 人はなぜ、間違いを犯してしまうのだろうか? 罪を犯していない人はいるのだろうか? そんなことを考えながら体を横にしていた。私にはあの仕事は荷が重すぎる。そう考えていた。「光、飯だ。降りてこい」下の階から大山さんのハキハキとした声が聞こえてきた。自室を出て下の階に降りていく、寝起きなので体が重い。今日一日の予定を考えながら席に着いた。

 「光は相変わらず、朝が弱いな」大山さんはまるで朝日のような笑顔で私の前の席に座った。軽めの朝食だが私は大変満足している。特に目玉焼きは私の好みの固さに調整している、黄身を潰すと滝のように流れ出る。これをツヤツヤの白米と一緒に掻き込むのが私の食べ方だ。味付けは塩コショウのみ。今日の予定を話し合いながら食事をした。

 「今日の午後1時……予約がきた」先ほどの笑顔が消え、大山さんは仕事の時と同じ顔つきになる。私も気が引き締まった。予約とは告白室の使用の予約のことである。告白室とは悩みを抱えた人々が自分の悩みを吐き出す場所。この部屋を使うことは人生に苦しんでいるということだ。私は最近、この仕事を任せられた。はっきり言ってこの仕事には慣れていない。食事の後片付けをしながら、告白者のことを考えていた。きっと、罪の重さで健康的な生活ができていないのだろうと思うと、是非とも告白者を救いたいという気持ちになった。いつの間にか先ほどの後ろ向きな気持ちが無くなっていた。予約の時間までは外の仕事をしようと思い玄関に向かった。

 朝の仕事をするために外に出ようとすると玄関で亜佳梨にぱったり出会った。「おはようございます。光さん」囁くように亜佳梨は挨拶した。彼女は最近、ここで働き始めたばかりだ、緊張しているのだろう。「おはよう、亜佳梨さん。体の調子はどう? 」亜佳梨は病弱で、よく体調を崩す。彼女は少し考えてこう言った。「最近は体調は良好です。お気遣いありがとうございます」どうやら私が心配していることを見抜いたらしい。ここは話題を変えた方がよさそうだ。「今日はお客さんが来るので受付、お願いしますね」彼女は「わかりました」と返事を返し、持ち場に向かっていった。

 外に出ると心地よい日差しが私を包んだ、早速仕事を始めよう。施設の近くに畑がある。ここで取れた野菜は私たちの食卓に並び、時には施設の売店で販売している。黙々と農作業に取り掛かった。この仕事をしていると頭の中を空っぽにして作業ができる。自分を落ち着かせ、冷静になれる。なので、私はこの時間が何よりも大切にしている。お昼を告げる放送が流れた。もうこんな時間か。あと1時間後に予約が入っている。私は身支度をし、速足に告白室へ向かった。

 「準備……できました」落ち着いたトーンで内線を使い事務所に連絡した。しばらくするとドアをゆっくりと開く音がした。部屋には仕切りがあるので告白者の姿は見えないようになっている。私の予想だがどうやら、かなり緊張しているようだ。いや、違う。怯えている。まるで見知らぬ地に一人で歩いているような足取りをしている。告白者が席につくと小窓からカードを提出してきた。カードの内容を見て初めて告白者の人間像が見えてくる。告白者は50代男性のようだ。「すみません……話しても、よ、よいですか」彼は落ち着きがないようだ。承諾すると、彼は震えた声で話し始めた。

 「ランチタイムぎりぎりの時でした。私は行きつけの食堂で食事をしていました。その日、私は持ち合わせがあまりなく、給料日までどうやって暮らしていくか考えていました。食事を終えて、お勘定をしようとしたとき、レジには誰もいませんでした。どうやら、店員は電話で長話をしているようでした。そのとき私は『今外に出てしまえば、誰も気が付かない。逃げられる』と、考えまいした。考えがまとまった時にはすでに体が動いていました。その日は気付かれることはありませんでした。その後、そのお店では店員たちが血眼になって犯人を捜していました。私は時が過ぎるにつれ、そのことが気になり最近では寝付けなくなってしまいました。私はどうすればよいのでしょうか?」

 彼は話しが終盤に近付くにつれて息遣いが荒くなっていった。どうやらかなり気が滅入っているようだ。私は彼を落ち着かせるように語りかけた。「あなたは軽率な判断をしました。時間は巻き戻りません。あなたが後悔しているのならば、早急に対応するべきです。私の考えでは、お店に出向いて謝罪し、その後出頭するか、謝罪文とともいに迷惑金を支払い、店主に許しを請うのです」

 私が話し終わると彼はすぐさま口を開いた「店主に直接会え……と言うのですか? 私にはそのような度胸はありません」彼は話し終わると息切れを起こした。この状態はかなり危ないと私は考えた。自分のことをかなり追い込んでいる。「あなたは罪を自覚して、ここにやってきました。とても勇気がある行動だと思います。あなたなら罪を償っていけると思います。償い方はあなたが選択するのです。自分で考え、より良い方法を探すのです。私は、あなたの勇気ある行動を信じています」そこまで話すと、彼はすすり泣きながら席を立った。どうやら彼の中で考えがまとまったらしい。彼が部屋から出る時微かな声で「ありがとうございます」と言ったような気がした。

 後日、大山さんから一通の手紙が渡された。先日の告白者から渡されたものらしい、内容は私に対しての感謝の手紙だった。『聞き人さんへ。私は今まで自分の人生を価値がないものだと考えていました。なぜなら、誰も私を導いてくれる人がいなかったからです。しかし、あなたは違いました。私に進むべき道を、選択の自由を与えてくれました。私はあなたに出会えたことを感謝します。どうか今後も私のような罪人を導いてください。これが私の願いです。』同時に大山さんから告白者の動向を知らされた。どうやら彼はお店に謝罪文を匿名で出した後に出頭するらしい、と。彼が起こした事件は小さいが、彼がもし、罪を償う行動をしなければ、自分もしくは他者の命を奪っていただろう。私は彼が自ら選択し、行動に移したことを嬉しく思った。同時に今後、彼が罪を償い、人の道に戻ってくることを期待している。

 私は彼の手紙をポケットにしまった。この手紙は彼の今までの人生に終わりを告げるものであり、私にとっては彼の願いを聞き受けたことを示す、誓約書になった。朝日は道を照らす。どんな人だろうと。

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