第31話 そうして二人は共に

 

 スマホを尻ポケットに戻し、床に置いたレジ袋を持って南雲なぐもは階段を昇る。きゅっ、きゅっと足の下で床が鳴った。


「藤先生」

 怜の部屋の前で、南雲は軽くノックする。「はい。ごめんなさい」。返事と謝罪が同時に扉の向こうで聞こえてきて南雲は笑った。

「開けますよ」

 南雲はそう言って、ドアを開ける。立てつけの悪いドアは、何度かきしみを上げて開いた。


「すいません」

 部屋の中にいたのは、布団の中で横たわるれいだ。頬が赤く、目がかすかに充血している。まだ熱が下がっていないのだろうか。もぞもぞと上半身を起こす彼女の額には、ヒエピタが張ってあった。


「買ってきましたよ。どれがいいですか?」

 南雲は怜の布団の近くに座り、彼女にレジ袋の中身を開いてみせる。袋の中には、さっき南雲が買った大小さまざまな種類のプリンが入っていた。

 熱が出て以来何も口にしていない怜に、「何が食べたいか」と尋ねると、「プリン」と答えた彼女の為に、さっき近所のコンビニで買ってきたものだ。

 意外に種類があり、どれが口にあうのかわからず、とりあえず全種類買ってきてはいた。


「こんなに買うてくれたんですか?」

 怜が熱で潤んだ目を南雲に向ける。ちょっと色っぽい。そんなことを思いながら南雲は肩を竦めた。

「映画を見に行く事に比べたら安い物なんですけど」

 怜はすいません、と小さく呟いた。同時に、かすかな電子音が聞こえる。怜が脇にはさんだ体温計の音らしい。怜は体温計を引き出し、顔をしかめた。南雲が覗き込むと、8度2分だ。結構高い。


「咳やくしゃみはないんですね?」

 南雲が確認する。熱は今朝、突然出た。祝日のため、病院に連れて行くことが出来ず、とにかく温かくして寝かせているのだが、熱は夜になって今でも下がる気配はないようだ。


「風邪やないんです」

 怜はつまらなそうに呟いた。

「風邪じゃないって?」

 南雲が首を傾げる。

 運動会が終わった直後であり、あんな騒動がひと段落した後だ。疲れが出たのだろうか。今日は部活も休み、一日布団の中で過ごしたようだ。南雲が剣道部の付き添いが終わって帰宅した頃は、布団の中でうとうと眠っていた。


「私、楽しみなことがあると、嬉しすぎて熱を出すんです」

 ぽつり、とそう言った。南雲は目をしばたかせて聞いていたが、突如噴出す。

「映画、楽しみだったんですか」

 南雲は大笑いをする。


「子どもだと思ってるでしょ」

 怜が怒ったようにそう言うが、それ以外なんだというのだ。南雲は笑いを納めながら、

「デートを楽しみにしてくれてるのなら、嬉しい限りですよ」

 そう言って怜を見る。怜はその顔を真正面から見て、照れたように視線を逸らした。

「せっかく、服とか買ったのに」

 怜の言葉に、南雲は首を傾げる。連休初日は運動会。次の日は職員のみで運動会の片付け。三日目は部活動の練習試合に付き添い、今日熱を出した彼女がいつ服を買いに行ったのだろう。

 ふと、視線を部屋に移すと、アマゾンの箱が見えた。どうやら彼女はネットで服を購入したらしい。


「今度は中間テスト開けにでも、どこかに行きますか?」

 南雲は胡座をし、怜を見る。怜はそれでも残念そうに自分の握った手を見つめていたが、不意に顔を起こして南雲を見る。

「どこに行きたいですか? 近場じゃ生徒が居るでしょ?」

 それもそうか。南雲は天井を見上げてしばらく考えていたが、ふと怜に視線を戻す。

「神戸に行きたいですね。行ったことないから」

「神戸なら私、大学通ってたから詳しいです。案内しますよ」

 ほっとしたように怜は言う。どこがええかな。そんな風に呟く彼女に、南雲は笑う。


「今度は熱出さないでくださいね」

「大丈夫ですよ」

 ぷっと頬を膨らませる。そんな幼い姿がまた可愛い。

「本当に風邪じゃないんですか?」

 多分違うと思います。怜はそう言ったものの、不安そうに自分の赤みを帯びた頬に手を添えた。


「藤先生」

 南雲に呼ばれ、「はい」と怜は彼に顔を向けて返事をする。その彼女の顔に、南雲は自分の口唇をそっと押し当てた。


「風邪だと、感染うつしたら治るっていうでしょ? 俺に感染せば、早く治りますよ」

 そう言って笑う南雲に、怜は顔を真っ赤にさせてわずかに充血した目を向ける。


「南雲先生、絶対他の女性にもこんなことしてるでしょっ」

「してないしてない」

「してる。絶対、してるっ」

 なんか、手馴れてる感があるっ。熱のせいもあってさらに赤くなって怜は怒っている。南雲は笑って彼女を見る。


「藤先生にしか、してない」

 その言葉にさらに、怜は顔を染めて南雲を見た。

「ほんまに?」

「ほんまに」

 そう返す南雲に、今度は怜が噴出した。「先生、関西弁が下手やわ」。そう言う彼女を眺めていた時。


 背後で、がさり、と音がした。

 二人は同時に音の鳴る方を見て身構える。

「……ムカデ……」

「では、ないみたいですね」

 南雲と怜は顔を見合わせて苦笑した。


「これから、ずっとこんなことが続くんですよ?」

 怜が上目遣いに南雲を見上げる。


「スリルがあって楽しそうじゃないですか」

 南雲は片方の眉を跳ね上げて怜を見る。


「今後ともどうぞよろしく」

 南雲はそう言って怜に笑いかけた。


          (完)

 

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藤家妖由来縁起絵巻 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095

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