第4話赤のモンスター


 上空から降り注ぐ暖かな日射し。遠方数十キロに渡って丈の短い草原が広がり、所々に密集した木々がある。その景色を断割だんかつするように凱旋門から延びた道を商業者や他のハンターが歩いている中。

 僕は大きく外れた草原の上を徘徊はいかいしていた。


「ここも空振りか……」


 探しているモンスターが全然見当たらない。

 草原に立ち並ぶ木から木へと視線を移ろわせて、いないと見るや次の密集林へと近付き、また探す。

 踏む草の音を聞きながら同じ作業を繰り返すこと数十回、温厚で有名な僕も流石にイライラが募ってきていた。


「ここってほんとモンスター少ないな!」


 場所は城外近辺。別名「エリア01」。

 ハンターなら誰もが最初に通るフィールド。数あるモンスターの最弱種しかおらず、更に言えば生息数がかなり少ない。

 初心者ハンターには持ってこいの環境なんだけど、急ぎの者には不向きな狩り場。

 例えば今の僕みたいに依頼締め切りが今日までだった、なんて人だ。


「あぁぁも何処にもモンスターいないじゃん!」


 すぐ側にあった木に背中を預け、ずるずると座り込む。

 太陽を枝葉が遮り出来た木陰に清涼感を覚えながらも、胸のムカムカは全くと言っていいほど取れない。

 僕は手に握られたしわくちゃの紙に更に力を込めた。脳内で邪気に笑う腐れ友達の顔が浮かぶ。

 この狩猟依頼書がなければこんな面倒事にならなかった筈だし、こんなに汚れる事も絶対なかった。

 先程暗く狭く臭かった最悪の抜け穴を出た僕は、すぐにでもモンスターの散策に乗り出そうとしていたのだが、ふと何気なく防具を触ると粘土質の汚物がべっとりと付着していた。これを排除するのに相当な手間が掛かった。

 そして何より……。


「あれのせいだ」


 ポツリと呟きながら空を仰ぐ。

 雲を飛び越え天を貫くほど伸びた大樹が王都に覆い被さるようにそびえ立っている。

「大樹ユグドラシル」――人に存命を与え、今もなおモンスターを遠ざけているとされる神樹。世界最大の自然物。

 人類が思考を凝らし何十年の時を経て造り上げた城でさえ比較すると霞んでしまう。

 元より比べることがおこがましい。

 なぜならウェザリオンはこの巨大なユグドラシルの樹肌にもたれるように築かれていて、根幹から根幹に掛けて城壁を張っているのだ。人間で言えば爪先の辺りに虫がいる感じだろうか……?

 そして更に驚くのはこれほどのスケールの樹が「一つではない」ということ。

 この世界を地図として真上から見た場合、中心から東西南北それぞれ四方向にユグドラシルは存在している。

 現代の人々、僕らにしてみれば当たり前の光景なんだろうけど、初めてこれを目にした人の心境は計り知れない。


「さてと、そろそろあっちに行くかな」


 外界の全てを傍観できるのであろうその大樹を目に焼き付けた僕は歩みを再開させる。

 城外での長居は禁物。都から一歩でも出れば自分の身は自分で守るしかない。認定試験を受けてハンターになった人間は誰もが心掛けている事だ。

 いつも死と隣り合わせでいることを意識し、起こりうる事象の二つ三つ先を見越して最善の判断をしなければここから生きて帰ることは不可能に等しい。


「うぁっ!」


 バサッと大きく風を切る音が聞こえた。

 反射的に声が上擦り距離を取る。


「あ……」


 僕の視界はあるものを捉えていた。

 約三メートルほど離れた場所で、颯爽さっそうと生い茂った木の上部に影が動いたのを。

 人類が永きに渡り戦を交えてきた天敵。

 その声が、その姿がわからずともわかってしまう。

 僕が最初にハントをしたのが九歳の時だった。あれから七年間ほぼ毎日のように、この景色を眺めているわけだが、一つ。

 一つだけまだ足りないものがある。


 それが――


「ギィギャァァァアッ!?」


 ――――これだ。


 耳をつんざくような奇怪音が僕を強制的にすくませる。

 すぐさま僕は手に握った依頼書広げて見比べ確信した。


「間違いない……」


『アードラン』……。

 脳内で敵の情報を掘り起こしていく。

 全身を赤の羽毛で染めあげ、此方を凝視する鋭い眼光が二つ。

 成長すると体長が二メートル程になる鷲型わしがたのモンスター。大体は群れで上空を翔んでいるか木々に身を潜めているけど獲物を見つけると急降下し、素早い連携で敵を圧倒し鋭い足爪で狩りをするモンスター。

 実にソロのハンターにとっては面倒な相手だ。


「ギィギャアアアアッ!!」


「ちょっ、来るの早いってッ!!」


 早速威嚇されて僕は取り乱してしまう。

 敵は幸運な事に群れを成していないため、おそらくは若い雄だ。慌てなければ負けることはない。

自分の立場の方が有利なんだと自己暗示で落ち着こうとするも、それを裏切るように一匹のアードランが飛び立つと、どこかに隠れて黙視していたであろう数匹が翼を広げて後を追ってきた。


「「ギィギャアアアアアアッ!!」」


「ひぃ! 五匹っては聞いてないよぉぉ!! 剣! 剣!!」


 アードラン相手に先制攻撃を仕掛けられたら非常にまずい。

 僕は慌てて腰に身に付けている剣に手を伸ばすが……。


「しまったぁぁぁ! 武器を家に置いたままだったぁぁ!!」


 自分が犯した失敗に頭を抱える。

 城外に出るとは考えていたけど、一番肝心の剣を持ってきていなかったのだ。

 空から此方の様子を伺っているアードラン達は優雅に翼を踊らせている。僕が気を抜いた瞬間を空から狙っているのだ。

 僕は体中を漁って、もしもの為の懐刀武器を取り出した。


「クッ! 仕方ない、短剣とクナイで遣り繰りするしか……」


 武器は刀身二十センチ程度の小型ナイフと、それよりも更に短い「クナイ」が二つだけ。

 これで数匹を相手取るしかない。

 短剣とクナイを両手に一つずつ持ち、残ったクナイを腰に装備した。

 狙いを定められないよう僕はなるべく縦横無尽に走り回る。

 空を仰ぐと、狙いを僕に定めた二匹が凄い速度で降ってくるのが見えた。


「ぐっ!」


「ギィギャ!」


 急遽一匹目の攻撃を直進からバックステップに切り替えて身を翻し何とかかわす。

 だが、残った一匹はバランスを崩した僕へと進路を変更し、その鋭い爪を振りかざしてきた。


「ギョェェァァアアアッ!!」


「ハァッ!!」


 キィンッという金切り音が草原を駆け抜ける。

 やはりというべきなのかアードランの一撃はかなり重い。鍛え上げられた武器が競り負けそうだ。

 なんとか空中で仰向けになるように体を捻り、短剣で弾き返すも予想以上の強い衝撃に背中を地面で強打してしまう。


「クッ……!!」


 痛みが走る背中をさすりながら起き上がる。

 本日二度目となる背中打撃に顔が変に歪む。そんなことお構い無しに大空を翔ぶモンスター達を表情を転じて睨み付けてやる。


「よっし来いやっ!!」


 声を空へと張り上げてやると、挑発的な声音に誘われたのかアードラン達が地面すれすれを飛び始めた。


「「「ギィギャァァァアャァァァア!!」」」


 怒気の込もった声の弾丸を飛ばしてくるアードラン一行は、続けて僕を中心に円を描きだす。

  アードラン達はこの段階に入ると一斉攻撃しか仕掛けてこないと言われている。もう獲物を捕らえられると判断したのだ。


「僕ってそんなに弱そうに見えるわけね」


 悲しみに高ぶる感情を抑える。

  集中の分散を避けるために狙いを一匹に絞ることにした。ただひたすら接近するのを待ち続けるだけでもモンスターにも疲労は溜まる。そうじゃないと同じ生物として割に合わない。

 アードラン達は徐々にその円を小さくしていき、僕との距離を縮めてきた。しかもここから更に加速。


(そろそろ始まる頃かな……)


 風が普通なら有り得ない向きに吹き荒れる。

 ここまで追い詰められるのは久し振りだ。いつもならこの最終展開前には倒せるんだけど、今日は状況が状況。やはり回数をこなしていない武器よりは毎日愛用している剣の方が使いやすい。

 いや、だからといって他の武器が使えないというわけではないけどね。そんなの武器マニアの名折れだ。


「ま、だから負けれないんだよ……ねっ!」


 腰に装備していたクナイをノーモーションで狙いを定めていた獲物の少し前へと。

 そのアードランが到達するであろう空間に投げ込めば必ず――


「当たるッ!!」


「ギィギャッ!!」


 首元にクナイが刺さったアードランの短い悲鳴が聞こえた時には、僕は緑の大地を蹴りだし大きく前進していた。

 仲間の一匹が殺られたアードラン達は驚き、円の形成が崩れて一気に混乱へと陥る。

 その隙を逃さないのが僕らハンターだ。

 僕は両の手に力を込める。

 そして自分の力の全てを武器へと乗せ、振り切った。


「「ギィギャァ!?」」


「ハッ! フゥンッ!!」


 動きを止めていたモンスターの内二匹に、それぞれ武器を突き刺す。辺りを赤へと染める鮮血が飛ぶ。

 僕は今の一撃で仕留めた事を一目で確認すると、顔を左右に振り相手の位置を把握した。


「上空と後方に敵を確認っ!」


 僕はいつの間にか気持ちが高ぶり柄にもない言葉を発していた。

 手に汗握る命の賭け合いの中で嘘のように落ち着いていられるのは、僕も一端のハンターだからなのだろうか。

 そう思うと自然と顔が綻んだ。


「次は……お前だっ!!」


 かかとを軸としたターンをして勢いのままに敵へと突進。

 後方からの奇襲を狙っていたであろうアードランは不意を食らったように翼をばたつかせる。

 僕は落ち着いてクナイを腹部へと突き刺し、そして引き抜く。

「ギィギャッ!!」という惨苦の鳴き声を後頭部で聞きながら上空にいるアードランへと目をやる。


「おいこらっ! 来るならこいっ!!」


 まだ攻めてくる気配を感じないモンスターに僕は扇動せんどうの意を込めてクナイを地面に突き刺した。

 どこからでもかかってこい。相手になってやる。

 そんな僕の挑戦を受けるように凱旋したアードランは翼を畳み玉砕覚悟の落下飛行を決めにきた。

  短剣を握っている右手に自然と力が入る。

 僕は地に付くほど体を沈ませると、刃身を天へと向けた短剣をアッパー気味に突き出した。


「――――――――」


 ――――激突!

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ヘルツリバーシ 城山 藍潤 @0402

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