第3話城の外へと

「はぁ、はぁ……ふぅ~」


 熱を持った肺を新鮮な空気が冷やしていく。

 バルさんと別れた後、縮まった距離を取り戻そうと必死になって雑踏を走っていた僕はいつの間にか凱旋門まで来ていた。

 顔を上げると、高さ三〇メートルにもなる巨大な扉が左右に口を開け、覗いた外界からは暖かな陽光が止めどなく注がれている。

 そして心地好く耳を打つのは老若男女の声形。

 狩りに発つ女性ハンターや次の町へと赴く中年商売人、ネタを伝達に来た情報屋の青年に移住目的の歳食った放浪者。

 多くの人々が眩しいほどの兆しをその背や胸に受け、この門下を潜り抜けていく。

 その流れに身を任せるように凱旋門手前まで来た僕は、ピタリと足を止めた。


「うわぁ~今日は一段と多いなぁ」


 僕は固まっている集団行列を目前に思わず声が出てしまう。

 凱旋門真下に広がる空間の左右に、城壁と同じ煉瓦を材料に造られた二階建ての立派な建物がすっぽりと収まっていて、その一階部分には質疑応答を目的とした窓口が設けられていた。

 数人の警備隊と受付嬢が配備され、この大蛇列もそこを先頭に並んでいる。

 ウェザリオンは四大繁栄王国の一つとして知られているため、王都に何かしらの危険が及ばないようこうして検問所を設置しているらしい。モンスターや盗賊なんかは勿論だけど、英雄と呼ばれるようなハンターや四大国王に至っても検査無しでは通してはくれないというから驚きだ。


(大変だよね、入城する人は……)


 僕にしてみれば完全に他人事。

  この城内に仕事先や家を持つ者は顔と名前、出身や生年月日が載った身分証明書が発行されている。凱旋門を通る際はこれを見せ、軽い身体検査をすればすぐに往来が出来る仕組みだ。

 噂では近い内に魔法を使った検査装置が開発されるとのことで城内はその話で持ちきり。


(今でも充分スムーズなのになぁ)


 無意識に此処に越して来た時と現在を比較してしまう。

  ここまでセキュリティが進化するとは思いもしなかった。時代と共に人類は成長し、学習していく生物なのかもしれない。

 どこか叔父さんに似た臭い考えにじわじわと笑みがにじんでしまった。


「さてと、そろそろどうするか決めないと」


 気を取り直すように緩んだ頬を両手で叩く。

 もう、多分すぐそこまでヤツが来ている。

 大通りはフォヴォルト城と城門とを結ぶ真っ直ぐな一本道。どんなに方向音痴な人間であろうと、ここに行き着くことが決められているようなもの。このまま暢気のんきに検問所で並んでたりしたら確実に追い付かれて無惨にも焼き殺されかねない。

 僕は大きな岐路に立たされていた。


「…………ジュードッ!!」


「え? うわぁあ!?」


 名前を呼ばれ、合っていなかった視点を戻すと目と鼻の先に人の顔があった。反射的に後ろに飛ぶとバランスを崩し尻餅をついて激痛を伴う。

 僕が石畳に負けた腰を押さえて嘆いていると、顔を近付けていた張本人は腹を抱えて転げ回っていた。

 じとりと、僕はその青年を睨み付ける。


「シエロ! それはやめろって何度も言っているだろう!?」


「ふははははっ、はははははっ! ひぃ~腹いてぇ~お前面白すぎだろぉ?」


「くっ、こんにゃろぉ……」


 拳を握り締めて今にも飛び掛かりたい衝動に堪える。

 周囲の苦笑混じりの視線が突き刺さって痛い。これが人気の無い所だったならどれほどけちょんけちょんに出来たことやら……しないけど。


「あ~……ほんと最高だなお前は」


「……」


 僕の気も知らないで一頻り笑った青年は呼吸を整えると、ゆっくりと立ち上がる。

 僕はその青年を、見上げることになった。

 身長は悠に僕の上を行き、見下げてくる錆色の癖髪と瞳との距離は頭一つ分。バルさんとは反対に若干痩せ気味の胴体を、軽くて丈夫なブレスト型アーマーでまとい、スラリと長い手足だけをさらけ出している。


「……フン」


「ん? なんだよ?」


 僕は何気なさを装い視線を切った。

 いつ見ても嫌味なスタイルだ。体の割に顔が小さくて、僕が目指している七頭身、いや八頭身にも迫っているかもしれない。それでいて顔立ちも整っているから無性にあこが……じゃなくて腹が立つ。


「そんな怒んなよ、俺とお前の仲だろぉ?」


「別にいつもの反応をしただけだよ」


「……可愛いやつめ、憧れてるならそう言えよぉ~」


「くっ、…………んで、何の用なの?」


 シエロは縦に長い体躯を折ると、その邪気丸出しの童顔を僕に近付けた。そしてさも当たり前のように僕の内心を読んでくる。

 ほぼ毎日行われる会話展開に僕は甚だ呆れてしまう。

 シエロと出会ったのは数年前。

 毎日のように依頼を受けていた僕は愛する武器と共に城外周辺へと繰り出していた。

 しかしその日は、僕の手違いでモンスター狩猟よりも短時間で終わる採集依頼を受けることになっていたのだ。内容は確か回復薬の主成分である「ヒール草」の採集だったから、武器を使用することが叶わず拗ねた事をよく覚えている。

 案の定いつもより早めに依頼を済ませ僕が検問所への帰路に着くと、まるで待ち伏せを謀ったようなモンスターの群れに取り囲まれてしまった。城壁が見えた安心感からくる完全な油断。

 迫りくる攻撃に何度も死を覚悟し、諦め掛けたその時。

 僕の前に現れたのが彼、シエロ・ラフエルだった。

 その頃から僕より長いリーチを活かしてモンスターを圧倒し撃退。隙を見て二人で逃げ出した。

 その流れから毎日顔を合わせるようになり、今に到るわけだ。

 命の恩人と言えばそれまでだけど、関係性は続いてるから……腐れ縁ってとこだろうか。


「んな釣れない態度取んなよぉ。俺がジュードの事を気にいってるからにきまってんだろう? その珍しい白黒頭も愛嬌満載の顔も、性格だってそう……本当に大好きだ!」


「それから?」


「俺達は親友、いや、神友だぁぁぁあっははははははっ」


「うん………………それで、用件は?」


「あ、ばれてた?」


 当たり前だよ、と僕は眉間に激しく眉を寄せた。

 シエロが何かしら機嫌を取ろうとしたり、絶えず笑顔を湛えている時には必ず僕がらみの頼み事をする時だけだ。

 伊達に何年も付き纏われていない。


「いやなぁ~いつもと同じなんだけどよぉ……」


 シエロは能天気に微笑みながら、その少し赤らめた頬を指で掻くと、腰に下げていたポーチからひどくしわだらけの紙を取り出した。

 その時点で僕は何を頼まれるのかわかってしまう。


「また狩猟依頼?」


「そうそう頼むよ! お願いしまっす!」


「…………わかったよ、やっておく」


 軽いノリ感覚で顔前で手を合わせるシエロを僕は数秒の間横目で見やった後、僕はなくなく承諾した。

 あの時助けてもらった恩義は少なからず僕の中にある。こんな事だけで返せるとは思ってないけど、せめてもの恩返しだ。……もう四度目だけど。

 苦笑しながらシエロから依頼書を受け取ると、すぐに彼は検問所へと向かって走り出していく。


「いや、助かったわまじで! サンキューな!!」


「ちょ、ちょっと! どこ行くんだよシエロ!」


「ちょっと、大事な用事があんだよ! また明日会おうぜ!」


 そう言い残したシエロは並列の中へと紛れていった。

 後ろ姿が少々スキップ気味だった様子を見ると、また女性関係なんだろう。今回の依頼を押し付けてきたのもそれが主な理由なのかもしれない。今思えば武器も装備してなかったような……。


「ま……いっか」


 知らぬまに一枚噛まされた事実を致し方なく受け入れる。

 一人取り残される形となった僕は数秒ほど余韻に浸った後、反転しトボトボと歩きだす。

 歩き出して、止まる。


「………………って、いいわけあるかっ!!」


 悠々と日常を送っている自分にツッコミを入れる。

 完璧に追われの身である立場を忘れていた。

 弾けるように視点を移ろわせ、顔を振り回す。

 大通りは午前に続き先程の昼食後の第二波が過ぎ去り、多少なりとも人気は無くなっていた。

 僕にとっては、かなり不利な状況と言っていい。身を隠す人混みが次々と減っていく。

 ましてやこの特殊な髪色だ。目立つことこの上ない。


「あぁぁあ、城外に出ないといけないのに、検問所は一杯だし……どうしよぉぉ!!」


 軽いパニック状態さながらの発狂。

 僕は白黒の頭を掻きむしりながら、出産を待つ夫のようにせわしなく動き回った。途中、女の子に指を差され自分がイタい奴だとわかって停止。落ち込み気味だけどすぐさま冷静になった。


(あれ……? 検問所が一杯だけど城外に出たい……?)


 思考が回復すると先程自分が言った言葉が脳内で繋がる。まるで磁石みたいに引き付け合いながら。

 僕はある結論に達した。


「あ、あ、あった!! もう一つ城外に出る方法!!」


 僕は顔を大通りへと振り仰ぐと、通りを挟んだ右側にある石材で建てられた屋台を目印に一目散に走っていく。

 そこには建物境に脇道があった。

 緩やかな登りが延々と続く道は街路のように舗装されておらず、どこか田舎の風景を連想させる。

 その傾斜を僕は小走りで進んでいく。

 ここからずっと登り続ければ住宅街が広がっていて、そこに僕――叔父夫婦――の家もある。

 でも、今から行くのは、更に横に外れた所だ。


「うぅ~わ、こんな感じだったっけ、ここって」


 道と呼ぶには滑稽な、草を足で踏み潰して作ったような場所に入っていく。

 ほどなくして周りの景色が人工物から自然物の割合が多くなる。

 整理されていない土道からは草花が生い茂っていて、木々の青葉を揺らす冷たい風は薄暗い雰囲気を一層駆り立てていた。

 王都とは思えない何の手もつけられていない森という無法地帯。

 僕はその何本にも分かれた又道を迷うことなく進んでいく。

 この入り組んだ迷路を体験した身としてこの場所の恐ろしさはよくわかっている。まず最初は遭難することは覚悟した方がいい。王都の中だと嘗めていると痛い目に会うことになる。


「ま、僕はもう覚えたけどね~」


 僕は独りでに誇らしくなり、自然とその歩幅を広げていった。



 しばらく木々を掻き分け歩いて行くと王都の末端に当たる燈暗とうあん色の城壁に辿り着いた。

 僕が産まれるより以前、遠い昔に築かれたであろうこの境界線は王都を包むように半円形を描いていて、ここから沿うようにして歩けばさっき見た城門へと続いている。

 城門から出ないでいいよう、わざわざ此方に来たんだけど。


「えっと、確かこの辺りに…………あったあった!」


 軽く枝葉や蜘蛛の巣を遠ざけながら城壁に沿って数歩進むとと、足下に落葉や枝が異様に多く積もった場所があった。

 地面に這うようにして近付く。

 無造作に両手で払い飛ばすと、くり貫かれたように開いた二メートル前後の小さな地下洞穴が広がっていた。


「うわぁ……懐かしいな」


 ついつい声が出てしまう。

 ハンター成り立ての頃を思い出してしまったのだ。

 というのも、さっき見た通り現在は王都が発行した身分証を見せれば数分で外界への通行許可が降りるのだが、僕の幼少期の検問は要領が悪く、不便そのものだった。

 全ての所持品と装備の確認に出身の詮索。この一連の作業を検問所で小一時間待つということが多々あったのだ。

 この無駄を省きたい一心で城内を探し回り見つけ出したルートがここであり、僕しか知らない使わないの秘密の抜け穴だったりする。


「まだ通れるかな……」


 中を恐る恐る覗き込んでみる。

 見た目は大丈夫そうだが万が一があるため慎重に行動に移す。

 崩壊の様子がないか足で確認すると地盤は安定している。その流れで一歩踏み入れてみると、余裕とまではいかないものの何とか腰まで入った。


「…………クソォ!」


 あまり成長していないと突き付けられた気がして涙が浮かびそうになったことは言うまでもない。

 中を見渡すと陽が届いておらず、一寸先は闇。

 前に通った時は、入り口から奥に続くにつれてその形状を狭くしていたイメージがあった。

 武器でいう所のランスのような感じだろうか。

 上手いことを考えた、なんて後味を残しながら匍匐ほふく前進で城壁の下を進んで行くことにした。


「よいしょ……うわ、くっさっ!!」


 入った瞬間、挫折感で一杯になった。

 独特の湿った土壌臭が鼻孔びこうくすぐり、蔓延まんえんしている湿度の高い空気に頭がくらりとする。

僕は身の危険を感じて両の手で口許を覆うと、慌てて外に飛び出し深呼吸をする。

 瞬間的に、この悪臭には慣れることは出来ないと悟り、同時に、ここを毎日通っていた幼き僕の神経を疑った。


「どうしよう……」


 この状態だと城外に出ることが出来ない。

 散々悩んだ末に、僕は空気を吸うことを最低限にして全速力で素通りすることにした。

 なんとも捻りのない案なのでしょうか。


「よっし、行く!!」


 覚悟を決めるとそこからは早かった。

 空気を肺が破裂するほど吸い込んで、暗く何も見えない場所を辛抱強く同じ動作を繰り返して進んで行く。

 そこかしこに肘や肩を当てながらも、あっという間に反対側に立つことが出来た。

 真上をじっと見上げると、先程と同様こちらにも干し草のようなもので蓋がしてある。

 そういうことか……湿気ているのは。


「さぁ、城外へと!」


 僕は汗を捨てるように白黒の髪をゆっくりと一度掻き揚げる。

 そしてぐっと背筋を伸ばすようにして蓋を外せば。

 僕の視界は白光で溢れた。

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