第2話 逃走
この世界には人類と共に『モンスター』が存在している。
遥か昔から種族の存亡を懸けて戦い続けるも、その強大で圧倒的なまでの力の差を前に、人類はなす術もなく激減した。
それから人類は幾つかの種族に別れ、世界の彼方へと散らばっていくことになる。
奇しくもそれは偶然か必然か、人類が辿り着いたのはモンスターが忌み嫌うという大樹。
存命の存在となることが許された人類は、その根幹に村を囲み、町を興し、城を築き上げ繁栄していった。
それから
名声に財宝、夢や冒険といった浪漫を求めて、世界へと飛び出していった者達を人々は「ハンター」と呼んだ。
――そして現代、僕はハンターだ。
「はぁっはぁ……」
昼下がりの王都ウェザリオン。
城内最後部に構える純白のフォヴォルト城から伸びる
遠くでモンスターの遠吠えが
久々のお出掛けにオシャレを欠かさない家族連れ。
ピアノ教室に通う貴族のご子息。
もっと安くと値切る主婦ともう無理と苦笑する八百屋の親父。
公務を全うする出来る女と窃盗で捕まる無職の男。
例を挙げれば切りがないほどの職と行動と人生がここにはある。
そして――僕はその道をいつ間違えた?
「あぁぁあああああもぉー!!!」
今僕は、白銀の目に大粒の涙を浮かべながら白と黒の入り交じった髪に向かい風を受けて大通りを走っている。
正式に言えば逃げている、と言ったがいい。
なぜなら禍々しく強大な圧力と、絶え間無く轟く咆哮が後方から迫ってくるからだ。
平穏を感じる昼下がりの城内でただ一人。
オシャレな家族連れも。
貴族のご子息も。
主婦も親父も女も男も皆が皆、何事かと此方に視線を集めている。
(見てないで助けて欲しいんだけどなっ!)
険しい顔で爆走する僕のすぐ右横を熱を帯びた何かが通り過ぎていく。
『ゴォウンッッッ』
「どぅわ、あっつっ~!! 危なっ!?」
炎の球体が死期を知らせにうねりをあげる。
矢継ぎ早に飛んでくる炎は毎度、綺麗に敷かれた石畳の上でジュッと音を立てて消えた。
『…………』
その行く末を見届けた周囲の人々はしばらく顔を見合わせ頷きあと、足早に路地の方へと消え、その場にあった人垣は影も形もなくなってしまった。
当たり前の反応だろう。こんなものが当たればチェインメイル着用済みの僕でも即死しそうだ。
青ざめる僕も周囲に倣い、体勢を立て直して全力で走り出す。
「おぉーいジュードぉ!」
「え?」
どこからともなく声が聞こえる。
声の在処に目を向けると向かい側の屋台に手を振る体格のいい男性の姿があった。
筋骨隆々とした老いを感じさせない存在感は周りと比較しても異様な背格好で、ツンツンとした茶色がかった髪と顎髭を生やしている。
見間違う筈のない容姿に僕の足は進行方向を変えた。
「助かった! バルさん!」
僕は道行く人の合間を縫っていき、名を呼んだ人物が構えている武器屋の屋台裏に身を投じた。
「よぉ、ジュードぉ! いい武器が入ったんだが~ってなんか忙しそうだな……?」
「ふぅ……いえいえ、こんなの朝飯前ですよ! バルさんこそ繁盛してますか?」
「おう、まぁまぁだな。それより大丈夫……じゃねぇだろ? 助けようか?」
「いえいえ、お気持ちだけでありがとうございます。…………少しまだドキドキしてますけど」
「は?」
なんでもないですっ、と僕は乾いた笑顔を浮かべながら感謝の言葉を送った。
武器屋の店主バルさんには、この王都に来た頃からお世話になっている。十歳の頃に北の王都でハンターをやっていた両親を亡くし、路頭に迷っていた時に、この東の王都で鍛冶屋をやっている叔父夫妻の家に引き取られることで何とか生きてこれた。
僕はひ弱そうだとか、陰気臭いとかよく言われるが、こうみえても大の武器好き――武器マニア。
今現在、世に出回ってるあらゆる武器をこの手で握ったことがある。仕組みや性能もさることながら、あの雅やかな曲線を描いて銀に映える姿は、僕の全てを高揚させてくれるのだ。
バルさんはそんな僕の事を「変わった奴」といって大変可愛がってくれて、気が付けば仲良くなっていた。
「武器好きの変態でよかった……」
「ん? どうかしたのか?」
「あ~いえいえ何でもないです! 今日はちょっと皆に迷惑をかけたな~って……」
「……だな」
何故か照れ臭くなり話題を無理矢理変える。
辺りを見渡すと、先程のティータイムのような平穏な雰囲気も、僕が連れた忙しなさで台無しになってしまっていた。
民衆各々の歩調もいつもより断然速い気がする。
なんだろう間接的に責められてるようで気が滅入ってしまう。
「まぁ、気にすんなっ」
「……はい」
改めて申し訳なさを感じているとバルさんはその筋肉で肥えた太い腕で僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。
大分気が楽になる反面、バルさんに気を使わせてしまったことが凄く恥ずかしい。
いい大人だってのに慰められてしまった……。
「えと、その……武器試用の件は明日に回してもらっていいですか?」
「ん? ん~~……」
ほどなくして、先日約束していた武器試用のことを切り出すとバルさんはわざとらしく渋い表情をつくった。僕も乞うような表情を強いられてしまう。
「まぁ、ジュードにはしっかりやってもらわねーと金が入らねーからな! 明日でいいから頼むぞぉ?」
「はい、任せて下さい!」
僕は大きな声で返事をし、張った胸の上で拳をつくるとバルさんもクシャリと笑ってくれる。
こんな時、僕は心底この人で良かったと思える。
武器は試してみないとその性能や強度、使いやすさがわからない。だから武器屋や鍛冶屋を営む人々は、契約者に商品を無償で提供する代わりに、店の宣伝や武器の試用などをしてもらう。そのことを「武器試用契約」と言い、僕はこの契約をバルさんと結んでいるのだ。
なんでも、ハンターが発する言動の良し悪しでその武器の値段がピンからキリまで変わることになり、値段に見会わない商品は返品されるし、逆に高性能の商品を安く売ればそれだけ店の利益が減ることになるんだとか。
そんな大それた話、最初は冗談半分なのかと思って乗り気ではなかったんだけど、店で一番高価な剣を提供された折りには瞬殺。いつまでも叔父さん達に養って貰うわけにもいかないという想いもあり五年契約まで結んでしまった。
バルさんから事について信頼されているのは勿論だけど、武器を扱う技量を認めてもらえたことが何よりも嬉しかったりする。
こんな感じで互いに信頼のおけるパートナーを探して契約を結ばないと、追々自分に返ってくるということなんだろう。
僕の場合、それを教えてくれたのがバルさんだったから安心して身を任せられたというのが本音だ。
「んじゃあ、明日の朝から俺の家でやるから来いよ! ……寝坊したら武器はお預けだからな?」
「そ、それは困りますっ。わかりました出向かせて頂きますね」
武器の取り上げをするのは意地悪な叔父さん一人だけで充分だと内心で思っていると――咆哮が飛んできた。
僕らは二人して後方を向くと、再度顔を見合わせる。
「……いいのか行かなくて……?」
「い、いいんですよ別にほっといても……多分」
とは言ってみたものの絶対に大丈夫な筈がない。
これ以上はバルさんの仕事に差し支えが出るだろう。
(そして親交うんぬん抜きで契約破棄なんかされたら僕の愛する武器達が……うぁぁああそれだけは嫌だっ!!)
武器が僕の前から遠退いていく妄想が浮かんでくる。
ここは直ちにおいとまさせて貰おう!
「もう行くからバルさん! また明日ね!」
「おう、よくわからねぇが頑張れよぉーう! あぁそれと、ルクスに帰ってきたなら顔出せって言っといてくれ!」
バルさんに「はぁーい」と手を振り回しながら言う。
ちなみにルクスという人が僕の叔父に当たる。今頃は家で叔母さんとキャッキャしてるんだろうな……。
「僕の気も知らないでぇぇぇ!」
通りに出ると早速、後方より飛んでくる炎球をしゃがんだりジャンプしてかわす羽目に
今日ほど忙しく、慌ただしい日は二度と来ないだろう。
一息つきたい気持ちを抑え込み、僕は喧騒の絶えない雑踏の中を再び走り出した。
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