Story about Zoshigaya

@tukiumi

第1話

僕は、猫。そんな僕が今いるのは、池袋から少し歩いたこの場所、雑司が谷。消滅可能性都市と呼ばれる豊島区に存在する情緒あふれる、素晴らしい街だよ。いや、決して印象を下げて上げようとか、マイナスなキャンペーンを始めようってんじゃない。知れば知るほど、味の出る街なのだ。

まず、池袋から歩いて、辿りついたこの場所は都電荒川線、鬼子母神前駅の前だよ。なにやら向こうの方には、商店街があるね。飲食店に喫茶店、生活用品を扱う店もあるようだ。長く使われた店の趣がなんともいえず、素晴らしいね。

さあ、少し足を進めよう。商店街を路地へ折れると、子供のころに探検をしたような気持を思い出させてくれる。なぜなら都会の中にも、緑が溢れているからね。ああ、きみは、まさに今、公園を発見したようだね。子供たちも沢山遊んでいるね。いつの時代も子供はこうでなくっちゃ。だからといって、僕にボールをよこすのは止めてくれよ、ひらりとかわしてしまうからね。

公園を過ぎても、ここには小さな飲食店があるのだよ。ぽつりぽつりと店が点在しているのも、中々心が躍るだろう。自分だけの秘密基地を見つけるみたいだよね。

今も僕の顔見知りのおばあちゃんが、僕を撫でに来たところだよ。割烹着を身に着け、皺のある顔に穏やかな微笑みを浮かべる彼女は、定食屋で働いているんだ。いつも、この時間になると僕と遊んでくれるのだよ。この人の撫で具合は絶妙だから、きっと料理も絶品だろうね。

さあ、足を延ばすことにしよう。定食屋を通り抜け、住宅街を歩いていくと、昔ながらのパン屋や八百屋が見えてくるね。秘密の話だが、ここはあるシェフのおすすめのパン屋なんだよ。そしてこの近くには、日本の風呂文化の象徴、銭湯もあるのだよ。疲れを癒すにはもってこいだし、昔、祖父母や両親と訪れたこと思いを馳せてみてはいかがかな。

そういえば、きみはビルばかりの都会に疲れましたとばかりの顔をしているね。そんなことはない?いやいや、無理は禁物だよ。そんなきみに、僕のとっておき、雑司ヶ谷霊園をご紹介しよう。僕もゆっくりと光と緑を浴びたいときに、訪れるのだ。

やあ、今も悩ましい顔をした暗い茶髪の少女が、誰かの墓の前に立っているよ。どれ、ちょっと隣を横切ってみようか。僕は黒猫だからだろうか、彼女は少し驚いた顔をしたね。なに、気にすることもない。僕は自称、幸せを運ぶ猫だからね。ここは夏目漱石の傑作「こころ」にも登場する場所だが、これがまた心が不思議なほどに落ち着くよ。彼のほかにも、竹久夢二や小泉八雲など、沢山の偉人が眠っているそうだ。まあ、猫の僕にとっては、ゆっくりとできる場所があれば、それで結構だがね。

さて、霊園を抜けて都電沿いを歩くと、お待ちかね、鬼子母神神社にやってきたよ。赤い鳥居と、趣のある神社を君は目の当たりにするだろう。江戸時代から続く駄菓子屋は、神社の中にずっと存在しているようだね。僕もラムネを飲んでみたいけれど、とても飲みきれない量だし、そもそも手が届かないものね。でも、夏祭りで子供がはしゃいで飲んでいる様子を見ると、のどから手が出そうになって、ぬゃぁーと叫びそうになるよ。

ちなみに、秋には御会式と呼ばれる式が開かれる。これがまた見事なのだ。池袋から鬼子母神神社に向けて、白い花飾りのついた萬燈と呼ばれるものを持って歩き、太鼓を叩く雑司が谷周辺の住人連中を引き連れて、にぎやかなこと、請け合いだね。僕は熱量がこもり、往来の激しい道とそこを行く人々に踏みつぶされぬように、道路脇によけて密かに見守っているよ。

さあ、最後にここ雑司が谷の商店街と店について語らせていただこう。ここで店を持つ人々はただの店主ではない。下町気質あふれる、真摯な人々だ。親切な中に、自分の住む町への想いが、真剣にある人が多いのだ。僕もその想いに乗せられて、この街に住み着いている身だ。僕の生まれはもっと遠い地で、町の想いなど寸分も感じられない無機質な場所だった。その点、ここは時間が止まったような空間とそれを守る人びと、そしてその止まった空間に新しい風が運び込まれることを拒まないような、そんな不思議な街なのだ。

お仕事に疲れたどちら様でも、大学生でお暇なあなたも(なにも皆が暇といってるんじゃない)引きこもりでも、なんでもござれ。きっと鬼子母神神社はその赤い鳥居と、寛大な心であなたを受け入れてくれるでしょう。さて、きみはそろそろ歩き疲れたころであるかな。なんせ、僕について気ままに歩いてきたのだから。では、ひとつ雑司ヶ谷のカフェにでも立ち寄ってごらんなさい。

ついでに淹れたてのコーヒーでも頂くと良い。僕は猫舌だから当然、それは苦手だけれどね。

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