銃を構える赤ずきん…

@piu_cort

第1話

森の奥の小さな街の、更に奥深く。赤ずきん姉妹は今日も特訓に励んでいる。

「メイジー、君はどうやらお姉さんより才能があるんじゃないか?」

「少し悔しいけれど、間違いないわ。私より手足も長くて、技術も格段に違うもの」

「そうかしら?私、もっと女の子らしくありたかったわ。これじゃ、そこいらの男の子に怯えられてしまいそう」

微笑ましい会話が聞こえるようで、彼女たちの手に握られているのは、猟銃。


 この街でいっとう可愛い赤ずきん姉妹は、猟師の伯父さんに猟銃の扱いを習う。どうしてそんな純粋な少女たちが猟銃を構えるのか。それは、愛らしい姿の裏に隠れた恐ろしい復讐心を語る。


 「待ってよ伯父さん! メイジーはまだ十四歳なのよ? それなら少しでも長く特訓を積んだ私が行ったほうが安全じゃない!」

「そうは言ってもだな……」

ここ最近、猟銃の特訓後に伯父と姉がよく口喧嘩をするようになった。姉と妹、どちらが狼への攻撃を仕掛けるか揉めているようなのだ。攻撃、すなわち復讐というのは、祖母を狼に食い殺された恨みを果たすため。この深い森の向こうに居る狼族と、赤ずきん族はお互いがお互いを恐れながら暮らしている。狼族は何度も、赤ずきん族を食い殺してきた。それも、体力が劣り抵抗できない老人を狙って。姉妹の祖母が住んでいたところは、伯父が警備していたはずだった。しかし、狼族のトップに立つ一匹の狼に、姉妹の祖母も食い殺されてしまった。その際に一流の猟師の伯父も、足に傷を負った。今は、猟師として森の向こうへ行くのは医者に止められており治療中。無論、自身の母親を食い殺されたことに対する心の傷も、なかなか癒えるものではないのだ。伯父には、もう狼族による犠牲者を出したくない思いが強くあった。それから、訓練指導者として猟銃の扱いを街の若者たちに教えるようになったのだ。最初は慣れない猟銃使いに怯える者も居たが、強くなることは楽しいことだ。この街は若者中心に強くなってきている。若者たちの中でも特に、姉妹の妹であるメイジーの憎しみの思いは強かった。メイジーは小さい頃からおばあちゃんっ子だった。ずきん以外にも彼女の身に着けているものは祖母の手作りのものでいっぱい。狼族に、憎悪の念しか抱いていない。その思いは力となり、猟銃の扱いは街で一番の技術。赤ずきん族の希望を託されているのがこの愛らしい赤ずきん、メイジーなのだ。だからこそ、犠牲を出したくないという伯父の強い思いがあるからこそ、メイジーを森に出すというのだ。伯父は、姉に対して少しばつが悪そうに口を開いた。

「お前も、分かっているだろう。もちろんお前のメイジーを心配する心は十分に理解できる。だけどな、実際メイジーの方が技術が高い。メイジーの猟銃使いの才能はこの街でとびぬけて一番の力だ」

姉はそれでも引き下がることなく、続けた。

「じゃあ、せめて私が護衛を……」

「駄目だ。どちらかが囮になってしまったらどうする」

「いいの、私が囮になって……」

「伯父さんの目的はこれ以上犠牲者を出さないことだ。わかるよな」

一流の猟師の割には物腰が随分と柔らかいと言われ、街の人気者の伯父の口から、力強く固い言葉が紡ぎ出されるのは珍しかった。赤ずきん姉妹が狼に食い殺されてしまっては、元も子もない。そんなことは誰も望んでいない。それは、姉にも十二分に分かっていることだ。姉は決意を固めて言った。

「分かった。メイジーが行けばいいわ。でも私、もう猟銃は持たない」


 その言葉通り、それ以降姉が猟銃の特訓に出ることはなかった。メイジーは気になって姉の様子を伺ったが、猟銃を持たなくなった以外の変わりは無く、普段通り笑っていた。ただ、ペンを持って机に向かい合う時間が長くなった気がする。姉が元々優秀だったのは知っているが、どうして急に。メイジーが訓練後に姉の部屋を覗き込んでみると、机に突っ伏して寝ていることも多かった。その顔を覗き込むといつも、疲れ切った様子で寝ているのだ。今日も同じ。メイジーはそっとブランケットをかける。

「やっぱりメイジーだったのね。いつも、ありがとう」

「あれ、起こしちゃった?」

「いいの、もう少し勉強しておきたいと思っていたのよ」

目の下にクマをつくり、姉の自慢の綺麗な髪の毛も輝きを失っていた。そんな状態で、それほどまでに勉強したいこととはなんなのか。メイジーは気になった。気になると同時に、姉への心配が募っていた。

「お姉ちゃん、最近何をそんなに熱心に勉強してるの? 睡眠時間も、削りすぎなんじゃないの?」

「……そうね、心配かけてごめんなさい。少しお話してもいいかしら」

眠そうな目を強く擦って、姉はメイジーの目を優しく見つめ、口を開く。

「メイジーは、小さい頃の私の夢、覚えている?」

「うん。覚えているよ」

体の弱い祖母を見て決めた夢だった。医者だ。医者を志して勉学に励み、メイジーには追いつけないほど優秀になった。祖母は、意識を失い倒れてしまうことすらあった。そんな病弱な祖母を私が助けるのだと、小さいながらも決意していた。それなのに、祖母が狼なんかに食い殺されてしまい、彼女は勉学に励む意味を失った。「私、もう一度医者を目指そうと思うの。ちゃんと勉強を続けていれば良かったわ。忘れてしまっていることがたくさんあって、なかなか新しいことを取り込めないのよ」

メイジーは驚いた。祖母が食い殺されたと知った時、姉は勉強道具なんか全て焼き捨ててしまったのに。決して得意ではない猟銃使い。それでも猟銃を離さず訓練を続けて来たのに。そんなことよりも、メイジーは姉を心配していた。

「お姉ちゃんが優秀なのは知ってるわ。でも、無理をしすぎじゃないの?」

「だって私、メイジーを助けるためにもう一度医者を目指すことにしたのよ。メイジーが狼と戦うまでにたくさん勉強しておかなきゃ」

姉は更に続けた。

「私、最初から猟には向いてなかったのよ。昔から運動は苦手だったし、やっぱりこうやってお勉強している方が向いていると思う。メイジー、あなたが怪我したって倒れたって私が助けてあげるから」

姉の決意は固かった。メイジーは驚きと共に感動した。姉妹の狼への復讐心はますます強くなった。メイジーは猟銃使いの特訓に、姉は幅広い医学への学びに、一日も怠ることなく誠意を見せた。


 半年ほど過ぎた頃、メイジーは猟銃使いの腕をしかと上げた。身長も急激に伸びて体が強くなったという。伯父からの、狼への襲撃許可が出るのはそう遅くなかった。

「行ってきます」

静かな小さな家に、赤ずきんの勇敢な声が響く。猟銃は黒いカバーをして隠して持った。狼をおびき寄せるために良い香りの上質なワインと、母が作ったガレットを強い布製のトートバッグに入れた。このバッグに保身用のナイフも入れている。ナイフが突き出してしまわないように、カゴでなくトートバッグにした。メイジーの調子は万全だ。

「メイジー、私、怪我は何でも治せるくらい勉強したわ。でも、どうか無傷で帰ってきて」

「伯父さんの持っている術は、全部お前に教えたつもりだ。なんせこの俺が指導したんだ、メイジー、お前は強い」

メイジーは真っ直ぐな目で二人の言葉を受け止め、しっかりと頷いた。そしてもう一度強く言った。

「行ってきます」

メイジーは振り返ることなく、確かな足取りで森の向こうへ歩んだ。


 狼はいつも通り、美味しそうな獲物を探していた。最近、人間たちは怖気づいて森に近づいてこないから、馬鹿な小動物くらいしか食べていない。少し前なら赤ずきん族を喰らったりしていた。馬鹿な猟師の後ろにすかさず回って喰らってしまったこともあった。狼族たちも強い者が減って、食料を調達するのが難しくなっていた。

「お、なんだあれ。……人間か?」

みると、赤いずきんを被った可愛らしい女の子だ。狼は久々の人間を見て涎を垂らすほどすぐに食べてしまいたい気持ちだった。だが、どうせならゆっくり味わうため、赤ずきんを油断させることにした。狼は赤ずきんに近寄り、狼には似ても似つかない優しい声色で話しかける。

「やあ、赤いずきんの可愛いお嬢さん。こんな人っ気の無い森に何の用かな?」

赤ずきんはこいつが憎しい狼だと分かっているから、気持ち悪い程に優しい声色に憎悪しか感じない。出来るだけ可愛らしく振る舞うことにする。最初から敵意をむき出しにしていると力ずくでやられてしまう。赤ずきんの笑顔は、猟銃など見合わない綺麗な笑顔である。そんな笑顔で振り返ってみると、狼が無理に笑っていた。笑顔すら悪い顔をしているとは醜いものだと赤ずきんは思う。

「あら狼さん、こんにちは。これから体の弱いおばあちゃんのお家へお見舞いに行くの。この道を進んだずっと奥なのよ」

狼は、この辺りの老人などほとんど食べてしまったと思っていたから、この赤ずきんと更にもう一人も、人間が食べられることを喜んだ。涎をぐっと飲み込む。だが狼にはこの赤ずきんについて気になるところがあった。そもそもここに人間が来ること自体、不思議なことである。狼は赤ずきんについて詳しく尋ねてみることにした。

「遠くから見ていたときは気づかなかったが、随分と背の高いお嬢さんなんだな」

「あら、そうかしら。狼さんの方が随分と大きいわ。でも……そうね、普通の女の子よりは背が高いわ。私、こう見えてたくさん運動しているの。体を良く動かしているから背がここ半年で随分伸びたんでしょう」

いくらが背が高くても自分には到底及ばない少女を見て、狼は鼻で笑いそうになった。狼は更に聞いた。

「ここらの人間は皆そんなお洒落なトートバッグじゃなく、カゴを持って出かけていたんだ。お嬢さんは随分とお洒落なんだな」

「あら、そうかしら。実はこれ、おばあちゃんが作ってくれたの。これでワインとガレットを持っていったら喜んでくれると思ったのよ」

狼は、それで赤ずきんを見つけた時にとてもいい香りがしたんだと気づいた。人間が飲み食べするものも美味しいものばかりだから、狼は嬉しく思う。狼は更に聞いた。

「背中に背負っている大きな黒いものは何だ? 随分大荷物なんだな」

「あら、そうかしら。たしかに大きいけれど、これそんなに重くはないのよ。おばあちゃんが大好きな大きな笛なの。これでおばあちゃんに一曲聴いてもらおうと思ったのよ」

今から食い殺されるというのに、なんて呑気な少女なのだと狼は呆れた。無論、少女はそんなこと知らないのだが、と思っている狼は滑稽なもの。赤ずきんもまた、今から自分に撃ち殺されるというのに呑気な狼だと呆れていた。狼はしっかりと二人食い殺すために、ある作戦を考えた。少女が祖母の家にたどり着く前に、先回りして老人を食い殺してしまおう。そして赤ずきんの祖母に成りすまして赤ずきんも食い殺してしまおう。そう考えたのだった。だが全力で走ったとしても少女より先にこの奥の老人の家に入り込むのは難しいかもしれない。狼は赤ずきんに遠回りさせるために、こう提案する。

「お嬢さん、ここらは自然が豊かでね。最近人間が来なくなって寂しいけれど、もう少し奥に行くと綺麗な花がたくさん咲いている。摘んでいったらおばあさんが喜ぶんじゃないか?」

赤ずきんは何も答えず静かに俯いていた。狼は、花ごときでは心は掴めないのかと困ってしまったが、彼女が笛を持っていることを思い出して更にこう言う。

「そうだ。静かな森だから、小鳥のさえずりが良く聞こえるだろう。一緒に歌ってみると良い。幸せな気持ちになれる。それにその笛も、少し練習していったら良いんじゃないか? もう少し奥に行くと大きな切り株があるからそこへ座って練習していくと良い」

狼の必死さに赤ずきんはクスリと笑ってしまった。赤ずきんには狼の魂胆が分かっていた。滑稽な姿はなかなか面白いものである。赤ずきんは憎悪に塗れた目を、目を細めて笑うことで隠しながら、そして、笛もとい猟銃のカバーのファスナーをじりじりと開けながら、こう言った。

「そうね、どれも魅力的。でも……私、あなたとこの森中を追いかけっこする方が、とっても魅力的だと思うわ」

狼は思わず腰が引けるほどに驚いた。彼女はそんな台詞で狼を惑わしながら、手には猟銃を持っていた。狼には、雄叫び仲間を呼ぶ術も俊敏に逃げる術もあった。けれども、狼だって猟銃が怖いのだ。その猟銃で何匹もの仲間を殺されてきた。最近人間が来ないから、そんな恐怖は忘れていたつもりだったが、消しても消えない記憶だった。ましてやこんな可愛らしい赤ずきんの少女に、銃口を向けられるなんて想像していただろうか。次の瞬間に、いとも簡単に猟銃の引き金は引かれたのだった。静かな森には、大きく一発の銃声が響いた。


その夜、赤ずきん族は皆で盛大にパーティーを開いた。死んでしまった人間のことをいつまでも嘆いていたって仕方がない。前を向いて戦い抜いた一人の少女が居る。

「メイジー、本当に、無傷なの?」

「お姉ちゃん、心配しすぎよ。どこからどうみたって無傷じゃない。狼なんてね、私が猟銃を出しただけで腰が引けちゃって呆れちゃったわ」

勇敢な一人の少女、赤ずきんメイジーは、称えられ続けることとなった。めでたしめでたし。



一方、狼族の間でも、死んでしまった一匹のことをいつまでも嘆いていたって仕方がないと作戦会議が行われていた。狼族はいつも一緒に居る訳じゃないが、このような作戦会議は全員が声をあげてやるものだ。

「赤ずきん族に、俺ら狼族のリーダーがやられてしまった。俺らの脅威が無くなったも同然だ」

人間が狼を恐れ森にやって来なくなったことで狼族の間では十分に人間と戦える狼が少なくなっていた。弱っちくて堕落したものばかりだった。

「悔しいだろう。この気持ちを忘れてはいけない。年長のものは思い出せ。銃口を向けられた時の恐怖を。まだ小さいものたちは強くなれ。あんな小さい猟銃に負けるような動物じゃない、俺たちは」

それから狼たちは人間たちに負けないよう体力をつけ、狼本来の強さを取り戻していくのであった。全てはリーダーを撃ち殺された憎しみから生まれた、赤ずきん族への復讐心のために。


           ――fin.

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