ふわッチュ!

大澤めぐみ

重要なのはフォルムよりもカラーリング

 たとえば、もう十年も前に流行りを過ぎた甲高い声で喋るギョロ目の鳥のぬいぐるみ。古びた薬局の軒先で風雨に打たれ水垢がまるで黒い涙を流しているように見えるオレンジの象。東南アジアのカエルの神様。力持ちの宇宙人に、心を持たないブリキのロボット。ふわりはそういった、もう忘れ去られて誰にも顧みられなくなったような、奇抜で安っぽくてけばけばしい、過ぎ去ったかつての流行の最先端の残骸のような奇妙なものたちを特に好むのです。最近知ったのですが、彼女のようなこういったやや特殊な美意識のことを「キッチュ」と言うのだそうです。つまり、名付けられる程度には一般的に一定数見られる傾向ということで、そこまで度を越して特殊なセンスというわけではないということなのでしょう。わたしたちがこれっぽっちも注意を払わない、あるいは逆に「小汚い」と思って目を背けるようなそれらの対象に関することとなると、普段はお転婆とはいえそれなりに常識的に振る舞っているふわりさんも理性のタガが外れるのか「マーベラスですわ……!」と呟いて目をキラキラとさせ、バシャバシャと何枚も写真を撮るか、それで満足できない場合にはどうにかしてそれらの物品を手に入れようとされるのが常なのです。二段ベッドと学習机をふたつ、それに小さな衣装入れを詰め込んでしまえばそれで一杯になってしまうような寮の部屋も、彼女が蒐集したそういった色あせたカラフル(これって語義矛盾っぽいですね?)な奇妙なものたちで溢れ返っていて、同室のことはにはわたしも多少の同情の念を禁じ得ません。

「わたしはものが少ないから」

 と、ことはは人間無理部の部室で、ところどころ綿の飛び出たカウチに寝そべり薄い文庫本に目を落としながら。言葉少なにそう答えます。

 ことはは「よき妻、よき母」の育成を旨とし、礼儀作法や古典的な世界観のやや古びた啓蒙主義的道徳教育などに重きを置く、言ってみれば少女たちから徹底的に牙と毒を抜き従順な神の子羊たちに仕上げるための教育機関である、この聖ガブリエル学院においてはやや異色と言えるスポーツ万能少女で、ショートカットのさっぱりとした印象の外観をしています。学業の成績も大変に優れておられて、特に理系科目に秀でておられるようなのですが、なぜ聖ガブリエル学院のような文系全振りの、言葉が悪いですが偏差値的にはちょっとおバカとも言える学校に居るのかが不思議に思える人です。噂では「都落ち」なさってきたとかで、この全寮制で外界と完全に切り離されているという環境こそが――これはつまりことはさんの保護者の方たちにとってという意味ですが――重要なのではないかと考えられています。とはいえ、ことはさん自身は多くを語られない人ですから、そのあたりの事情も憶測の域を出ませんし、わたしたち――これはわたしとふわりの二人という意味です――にとっては、あまり興味のないことでもありました。現にことはさんがここに居て、ここに居ることにそれなりに満足なさっているようだという、それだけがわたしたちにとって大事なポテンシャルなのです。外観に違わずさっぱりとした、と言うよりもややさっぱりとし過ぎているきらいのある人で、それこそお洋服も制服とジャージ一式以外に持っておりませんし、持ち物も常に最小限で、つまり学院の中ではだいたい常に手ぶらで、なにかと細々としたものを常に携行したがる学院の他の生徒さんたちの中にあっては、それだけでなんだかアウトローな雰囲気を醸し出していて、一部の女子生徒の間ではリヴァイ様と呼ばれ敬愛の対象になっておられるようです。見た目の雰囲気でやや怖がられつつも敬愛されているようですが、ことは自身はとても自制の効いた温厚な性格をしています。なにごとにも興味がなく執着しないクールなことはと、七つの頭と十本の角を持つ好奇心の獣のようなふわりは、それはそれでバランスの良いルームメイトなのかもしれません。いえ、やっぱりわたしの目には、ふわりが無秩序かつ理不尽にことはの生活スペースを浸食なさっているように見えますけれども。まあ、当のことはが気にしておられないのでしたら、それで良いのでしょう。

 分厚い森と緑と、赤レンガの壁に隔離され厳重に大切に守られた、この平和で平穏な乙女たちの楽園、聖ガブリエル学院の中にあって、それはとりもなおさず代わり映えのない同じ毎日の繰り返しということなのですが、そういった目新しさに欠けた退屈な日常という檻の中にあっても、ふわりはその無駄に鋭敏な嗅覚で微かな違和感を抱かせるような奇妙なものたちを嗅ぎ分け、ひっそりと潜むそれらを掘り起こして呼び集めてしまうのでした。

「りいこは化ける狐は好き?」

 と、いつも通りの唐突さで、ふわりは青い池のようなビビッドな瞳を輝かせてそう言いました。

 青い池というのは一般名詞ではなく固有名詞です。北海道に青い池と呼ばれる青い色をした池があるのです。アップル社の製品を愛用しておられる方なら、少し前のiOSでデフォルトの壁紙になっていた池だと言えばピンと来られるかもしれません。青い池の水に含まれる水酸化アルミニウムなどの白色系微粒子がコロイドを形成して――つまり水が白い粉でちょっと濁っているということです――そのコロイド粒子が太陽光を散乱して、ミー散乱の効果で一種毒々しいほどの冷たく明るい水色となるのです。グーグルアースで青い池と検索すれば、上空から見た時の青い池が周囲の池や湖とは明らかに異なる明るい水色をしているのが見れるでしょう。母方にスコットランド系の血が入っているふわりさんの瞳は天然で明るい空色をしていて、それが今見せているように大きく見開かれキラキラと輝いている時には、だいたいちょっと理性のタガが外れて周囲が見えなくなっている時なのでした。なにかまた、この平穏な日常を打ち壊すロクでもない奇妙なものをどこかから掘り出してきたのでしょう。

「狐、ですか?」

 人間無理部の部室の窓際で、ガタつく古びた机で明日の語学の予習をしていたわたしは、ふわりにそう問い返します。

「ただの狐じゃなくて、化ける狐。尻尾が四本あって、人の言葉を話すの」

 ふわりはまん丸の瞳をぐるりと回して、古ぼけた部室の天井と壁の境目あたりを見上げるようにしてそう言います。言うべきことを考えてから喋るのではなく、自分が喋っているのを自分の耳で聞いてそのフィードバックを得るループの中で考えを進めていく、口から先に生まれてきたような、見る前に跳ぼうと思う前に跳んでいるような、彼女特有の思考方法がよく表れている仕草です。このようなルーズさは性質的にわたしでは真似できないものなので、呆れるような憧れるような複雑な気持ちになってしまいます。

「はあ」

 奇妙なものたちをこよなく好むふわりは、奇妙なものたちからもよく好まれるようで、ふわりの周りには知らず知らずのうちに奇妙なものたちがまるで漂着物のように自然と集まってきてしまうのです。化ける狐くらいは寄ってくるかもしれないなと思えて、わたしもふわりが多少変なことを言い出したぐらいではもう驚きもしません。

「わたしはたぶん悪いものではないと思うのだけど、そうは言っても物の怪の類だろうから、りいこが出会いがしらで突然に退治しちゃったりすると大変だし。だから先に聞いておこうと思って」

「しませんよ」

 わたしはつい、フフッと笑ってそう答える。「また、ふわりのお友達なのでしょう? でしたら、そんな出会いがしらに突然退治したりするようなことはしませんよ」好きか嫌いかは、お会いしたことがないのでなんとも言えませんけど。

 ふわりは「ほんとに?」と、また目を輝かせると「それなら一度、会ってあげてもらえないかな。なにか困っているらしいの」とにじり寄って来る。

「会う? わたしがですか?」

「うん、りいこが」

「狐とですか?」

「ただの狐じゃない。化ける狐と」

「はあ」

 わたしはふわりの勢いに気圧されて、助けを求めてことはのほうに目をやります。カウチに寝そべっていることはは、ちらりと一瞬だけわたしを見ましたが、その目は明らかに「諦めろ。ふわりがそうなったらもう誰にも止めようがない」と言っていました。さっぱりとしていて諦めの良い人なのです。

「それは構いませんけど、どうしてわたしなのでしょうか」

「テンコが言ったんだ。りいこにお頼みしたいことがあると」

「テンコ、というのがその、お化けになる狐さんのお名前ですか?」

 百聞は一見に如かずと言いましょうか、そういった問答はどちらかと言うとふわりもことはも苦手とされているようで「いいから一度会いに行こう」という話で押し切られてしまいました。どうやらことはもついてきてくれるらしいのがまだ救いです。ことはは口数が少なく、なにを考えているのかよく分からないところがあるのですが、その冷静さや判断力はわたしたち三人の中でも特に秀でておられるので、わたしとふわりだけで行くよりはいくらか安心ができます。

「それで、そのテンコさんはどちらにおられるのでしょうか」

「うん、旧区画の旧図書館がテンコのおうちなのよ」

 旧区画というのは、わたしたちの所属する聖ガブリエル学院高等部に併設されている聖ガブリエル大学の、そのさらに奥地にある今はもう使われていない施設群がある一帯です。レンガ造りの図書館や大聖堂など、設立当初の建物がそのまま残っていて歴史的、文化的な価値があるからと取り壊されることもなくそのまま置いておかれているようなのですが、あまり熱心に保全活動が行われているわけでもなく、今ではほとんど森に溶け込んだ廃墟になってしまっていて、基本的には建物内に立ち入ることはできません。建物じたいが相当に痛んでいるので、普通に危ないのです。そのうえ、高等部と大学の敷地を隔てる門は帰寮時間を過ぎると閉じられてしまうので、時間外は大学の敷地内に相当する旧区画にも当然立ち入ることはできません。

「行くなら、今すぐ行ったほうがいい。まだ帰寮時間までは二時間ちかくあるし、無理部の活動だと言えば旧区画に立ち入るのも極自然なことだから」

 と、ことははもう気持ちを決めたのか、立ち上がって読みかけていた文庫本をカウチに投げ出します。普段から常に手ぶらのスタイルなので彼女はこれで準備完了です。ふわりも首からストラップで大きなデジタル一眼レフを下げて、これでお出かけの準備は万端のようです。この、旧校舎一階の一番端の辺鄙な場所にある郷土資料室を根城とするわたしたち、通称人間無理部は、実はその正式名称を郷土資料研究会と言うのでした。聖ガブリエル学院高等部では全ての生徒がなんらかの部活動に加入することが強制されていますので、五月までに特定の部活に所属しなかった生徒たちは、自動的にこういった斜陽の部活に割り振られるのです。人間無理部はその中でも特に無理な人間、かつ人間が無理な生徒たちの掃きだめなので、誰からともなしに人間無理部と呼ばれているのでした。名簿上は実は全部で十二人もの部員を抱えるそれなりの大所帯なのですが、毎日毎日部室に顔を出しているのは、もっぱらわたしとふわりとことはの三人だけで、あとは全員幽霊部員なのです。放課後の手持無沙汰な時間、なんとなくたむろする場所を首尾よく手に入れたことになったわたしたちとしては、この無理部はとても居心地の良い場所なのでした。

「そういえば、ここは郷土資料研究会でしたね」

「うん。だから、歴史ある旧区画の旧図書館の建物を見学に行くことは、活動上、理にかなっている」

 そんなわけで、わたしたちはそのまま隣接する大学の敷地へと向かいました。中高等部と大学の間には高い塀が張り巡らされていて、その間には守衛所のついた門もあるのですが、時間内であればここの出入りは基本的にノーチェックです。ふわりが守衛さんに「こんにちは」と元気よく手を振って、年配の守衛さんもにこやかに手を振り返していました。中等部と高等部は塀に囲まれた同じ敷地内にあって、そこに学舎や校庭の他に全生徒が入寮している寮も揃っているのですが、なにしろ生徒の数のわりに敷地はそれほど広くありませんから、高等部の生徒たちもなんらかの活動をする場合には大学の敷地に出掛けていくことが多いのです。高等部の敷地から入ってすぐの生協食堂(という名で指示するにはいささか、かなり、オシャレな雰囲気のオープンテラスを備えたカフェです)では、多くの高等部生が姦しくおしゃべりに花を咲かせています。どこかでブラスバンド部がパート練習をしている音も聴こえていて、分厚い森と緑と赤レンガに隔離された乙女たちの聖域の中にあってもこのほんの少しの一角だけは、まるで一端の都会のような喧騒なのでした。そういった、言ってみれば聖ガブリエル学園のメインストリートのような新区画を抜けて、噴水広場――ここの噴水にはふわりが「ヌシサマ」と呼ぶ大きな亀が一匹生息していて、彼女は通りすがりにそのヌシサマにも挨拶します――で北側に折れ、森のほうにズンズンと入っていったうら寂しいあたりが旧区画になります。このあたりまでくると、乙女たちの喧騒も遠く、もう鳥のさえずる声ぐらいしか聴こえません。風がざわざわと森を揺らし、寄せては返す波のような葉擦れの音を立てます。

「あのあたりで」と、ふわりが森の一画を指さしました。「排水用のU字溝から、なにか黄色い、ふわふわしたものがはみ出てピヨピヨと揺れているのを見つけたの」

 わたしはその光景を手に取るように思い浮かべることができます。おもちゃを見つけた猫のように、ふわりはピタッと足を止めて、目をまん丸にしてそれを見つめたことでしょう。そして当然、考える間もなく本能的に素早くそれに近づいていったはずです。可愛いものを追い回すのは乙女の本能らしいのです。

「そしたら、驚いたみたいにU字溝からニャーンって子狐が飛び出してきて」

「ニャーンとですか?」

 ニャーンは猫の鳴き声なのではないでしょうか。狐は、そういえば狐はなんて鳴くのでしたっけ?

「ミューンだったかも。でもやっぱりニャーンのほうが近いかなぁ。それで、そしたら一匹だけじゃなくて次々とニャーンニャーンって子狐が飛び出してきて。全部で四匹くらい。たぶん、寒いから溝にハマっておしくらまんじゅうみたいな感じで暖を取っていたんだね」

 なるほど、たしかにU字溝の中で四匹が身を寄せ合っていれば、それはかなり暖かいかもしれません。

「で、それがみんなしてあっちのほうにビューッと走っていって」と、ふわりがまた指し示すほうにあるのが旧図書館です。大きなレンガ造りの建物で、銅ぶきの屋根は緑青に綺麗に染まり、すっかり森に溶け込んでいます。入り口の大きな木戸は閉じられて外側からも鎖を掛けて南京錠が下ろされているので、中に立ち入ることはできそうにありません。しかし、ふわりに「こっちこっち」と導かれるままに裏手にまわると、壁の下を獣が一所懸命に掘ったような跡がありました。

「ここから中に入れるんだ」

「ええ……」

 たしかに、壁の下に床下まで貫通していそうな小さな穴が開いていて、子狐程度ならそこから頭を突っ込んで内部に潜り込むこともできなくはないのかもしれませんが、とはいえ、その程度のとてもとても小さな穴です。三人の中で一番小柄なふわりでも、この穴では頭すら通り抜けられそうにありません。そう思って、困惑して躊躇するわたしの背中を「いいからいいから」とふわりが押して、半ば無理矢理に穴の傍らに四つん這いにさせ、頭を穴に突っ込ませます。ハタから見たら女子特有の陰湿なイジメのようで警察沙汰にでもなりそうな有様だったことでしょう。

「ちょっと、ふわりやめて……」

 そう言って、抵抗しようとしたわたしは、ヒュンッという一瞬の重力加速度を感じたと思ったら、次の瞬間にはまったくの暗闇の中にひとり立っていました。

「え、なにこれは」と困惑するわたしに「どうやら、本当に旧図書館の中に入ってしまったようだね」という冷静なことはの声が応じます。

「ね、だから言ったでしょ」

 視界は相変わらずの真っ暗のままですが、すぐ横でふわりの声もして、ひとまずわたしは平静を取り戻します。

「でも、中に入ったはいいけど本当に真っ暗だね。懐中電灯ぐらいは持ってきたほうがよかったかな」

 そう言うことはの声に、ふわりが「大丈夫だいじょうぶ。たぶん、ここまで来たらテンコがお迎えを寄越してくれるはずだから」と返事をした端から「ふわりさんがいらっしゃいました~」「ふわりさんがいらっしゃいました~」と、よく反響する小さな子供のような甲高い声が響いて、ボウッ、ボウッ、と青白い炎がふたつ現れました。人懐っこい子犬みたいに、わたしたちの周りをクルクルと回りながら「ようこそいらっしゃいました~」「ようこそいらっしゃいました~」「ご案内いたします~」「ご案内いたします~」と、弾むようにカノンする。

「鬼火……でしょうか」

「そういったもののようだね」

 しばらくクルクルとその場で回っていたふたつの鬼火は、先導するように通路の先のほうへと進み、振り返って――前も後ろもない鬼火ですので振り返っているのかはよく分かりませんが、そのような雰囲気で――わたしたちを待っています。ふわりは特に疑問に思う風でもなく、さも当然そうにその後ろをついて行き、ことはも「乗りかかった船だ。行こう」と、わたしの肩を叩きます。ふわりに付き合った以上は、これくらいの奇想天外でいちいち驚いていたのではあっという間に文字数が足りなくなってしまうのです。諦めが肝心です。

「お足元にご注意ください~」「頭上ご注意ください~」「天井から襲ってくる木槌にご注意ください~」「吸い込まれてしまいますので名前を呼ばれても振り返らないようにお願いします~」などの鬼火の注意に従って、朽ちて抜けかけた床板を避け、頭上に斜めに落ちかかっている梁をかわし、上から降って来る木槌をやりすごして後ろから親し気に呼びかけて来る声を無視して荒廃した通路を進むと、ほどなくしてパカッと開けた大きな空間に出ました。

「ようお越し下さいましたな」

 落ち着いた貴婦人のような、それでいて少女のような、老婆のような、不思議な声音が鐘の音のようにリンと響いて、見ると空間の中央に無造作に置かれていた椅子に、和装で白い面のスラリと細い女性が腰掛けていました。すべらかしに紅い珠のついた簪をひとつ無造作に挿していて、白っぽい小袖に帯は大きな市松模様。着物にも帯にも金糸で綺麗な刺繍がしてあります。「よういらっしゃいました~」「よういらっしゃいました~」「よういらっしゃいました~」と、次々に小童のような声がして、ボボボボボッと灯った鬼火たちが薄暗かった空間を青白く照らしました。元は図書館の書庫だった空間なのでしょう。天井まで本棚が作り付けてありますが、いまはそこに本は収められておらず、代わりと言ってはなんですが細々とした物の怪たちの気配がそこかしこでカサカサとしています。

「やあ、テンコ。言われたとおり連れてきたよ」

 ふわりが気さくにそう挨拶をして、テンコと呼ばれた婦人も「ほんにありがとうございます」と、上品な仕草でふわりに頭を下げます。

「はじめまして、りいこ様。それにことは様。テンコと申します。この旧図書館に住み着くアヤカシどもの、まあ元締めのようなものをさせて頂いております。あまり物事を束ねるのは得意ではないのですが、なにしろ、一番の年長なものでしてな」

 まあ、アヤカシに物事を束ねるのを得意とするような者はおりませんし、とテンコは袖を口許に当てて、クスクスと笑います。

「はじめまして」と、わたしもおずおずと頭を下げ、ことはは何も言いませんでした。まだ警戒しているのかもしれません。

「あんまり時間がないんだよね、帰寮時間までに帰らなくちゃいけないから」と、ふわりが言って「ああ、そうでしたな」とテンコも姿勢を正すと、さっそく本題に入ります。

「実は、大江勘次郎様よりお預かりしておった宝珠を無法者の土蜘蛛に奪われてしまいましてな」

「大江勘次郎……ですか」わたしがそう呟いてデータベースに引っかかったその名を照合するよりも早く、ことはが「聖ガブリエル学院の創設者のひとりだな」と、独り言のように返します。テンコに対してではなく、わたしに対して囁いてくれたのかもしれません。

「左様でございます。この聖ガブリエル学園は一種の聖域、結界で御座いましてな。その結界を司る四種の宝珠のうちのひとつ、この旧図書館に据え付けられておったロイヤルオーブを、乱暴者の土蜘蛛が奪って逃げましたのや」

 聖ガブリエル学園の創設者大江勘次郎が託した宝珠のロイヤルオーブとそれを守る和装の化け狐、なんだか全体的に混沌としているというか、実に和洋折衷な設定です。

「そのロイヤルオーブを奪われるとどうなるんだ?」

 と、興味なさそうな姿勢から一転、急にことはが積極的にテンコに質問をします。

「ロイヤルオーブはこの聖ガブリエル学園の乙女たちの心の闇を吸着して封じるためのもの。90年もの長きにわたる平穏と安寧の引き換えに、溜まりに溜まった思春期の乙女たちの心の闇はそれはそれは大きなもので御座います。それを使う闇の眷属の手に渡れば、たいそう大きな力となって災いをもたらしますやろなあ」

 もともとの性格なのか、それとも所詮は他人事なのか、テンコの声にはあまり緊張感がないようです。鈴の鳴るような独特な声音が耳に心地よく、あまり一大事という感じがしません。

「それはアヤカシ同士のトラブルだろう? それならそれで、わざわざりいこなんか引っ張り出さなくても、アヤカシ同士で解決すればいいんじゃないのか?」

「ところが、そういうわけにもいきませんのや」と、ことはの質問にテンコが答えます。

「さっきも言いましたとおり、ロイヤルオーブは大量の心の闇を吸着していて、煮詰まった心の闇そのもののような大きな力を持っております。わたしらアヤカシというのは肉の身体に大きく依拠した人間様がたとは違って、そのほとんどが物質のちからではなく心のちからによって存在しておりますのでな。心の闇の影響を大きく受けてしまうのです。取り戻そうにも、わたしらにはロイヤルオーブを直に触ることができないわけなんですわ」

 直に触れてしもうたら、わたしらの心まで闇に染まってしもうてどうなることやら分かりませんからなあ、とテンコはやはり間延びした呑気な声で答えます。

「ということはつまり」と、ことはが珍しくその目を攻撃的に細めます。「ロイヤルオーブを奪うためにそれに直に触れた土蜘蛛というのの心は」

「ええ、もうすっかり闇に染まってしまっておりましてな。わたしらの言葉ももう届かんのですわ」

 なるほど、それでりいこかと、ことははなにか納得したような素振りを見せて、「なぜ、君はそのこと、りいこのことを知っているんだ?」と質問します。

「そこはホレ、狐耳ですからな」よう聴こえますのや、と嘯くテンコの頭の上に、いつのまにやら大きく黄色い三角耳がピコピコと揺れています。

「まあ! マーベラスですわ!」と、ふわりが叫んで、狐耳を飛び出させたテンコの周りをグルグルと回りながら「うん、ファービュラス! ファンタスティック! ブラボーブラボーブラボー!」と連呼しつつ、バシャバシャバシャバシャとひとしきり一眼レフのシャッターを連射します。しばらくシャッター音とフラッシュの光だけが続いて、それが一段落すると何事もなかったかのようにことはとテンコが話の続きを始めました。

「それは危険な仕事なのでは?」

「そうですな、絶対に安全とはわたしも保証いたしかねますが、しかし、かといって放置すれば土蜘蛛は確実な災いとなって聖域の乙女たちに降りかかりましょう。比較すれば、いまここで根を断っておくほうが安全側かと存じます」それに、とテンコが続けます。「失礼かも知らんけど、おたくさんたちふたりの安全は、わたしたちが保証するまでもありませんやろしなぁ」まあ、ふわりさんの安全は、わたしらが眷属の誇りにかけてお守りすることをお約束させて頂きますわ。

「りいこ、どうする?」と、ことはがわたしに囁いて、わたしは「仕方がないのではないでしょうか」と答えます。「話を聞くかぎり、どうやらわたし以上の適任者はいないようですし」

「話はまとまりましたかいな?」と、テンコに問われたので、わたしは腹を決めて「ええ、それでその土蜘蛛というのはどちらに?」と質問しました。

 テンコはスッと立ち上がり「ご案内いたします」と、身振りで旧図書館のさらに奥を指示します。追従するように鬼火たち飛んでが「ご案内いたします~」「ご案内いたします~」と行く先を照らします。

「こちらです」と、案内されたのは木枠を雑に三角に組んだ出来損ないの鳥居のようなものの前で、木枠で囲まれた漆黒の空間がまるでなみなみの墨をたたえた水面のように――ただし垂直に――ゆらゆらと揺れています。

「ここから、獣の道を使いますので、ピッタリわたしの後ろについてはぐれませんように。獣の道で迷うとどこかとんでもないところに出されるか、下手をすると二度と出られなくなってしまいますのでな」

 そう言って、テンコは漆黒の闇の中にちゃぽんと潜っていってしまいました。その後に、ふわりが躊躇う素振りも見せずにちゃぽんと続いて、目を見合わせたわたしとことはも仕方なくその後に続いて闇をくぐります。

 上も下もないような真っ暗闇の中を、前を行くテンコの姿だけを頼りに進んでいきました。どこにも光源が見当たらない真っ暗闇の中で、テンコやわたしたちの姿だけがはっきりと浮かび上がって見えます。理屈として考えれば闇の中でわたしたちの身体が自ずから発光しているということになりそうですが、テンコはともかくとしてふわりやことはにはそのような機能は存在していないはずなので、これは光学的に見ている映像ではないのかもしれないな、とわたしは少し考えました。

 途中で二度、こちらです、あちらですと大きく方向転換して、またしばらく進むと不意に視界が開けました。獣の道を抜けたのです。

 出たところは朽ちた礼拝堂の内部のようでした。夕陽がところどころ破れたステンドグラスから注いで、荒廃した広い空間を赤く照らし出しています。わたしも中に入ったことはありませんが、ここがおそらく旧区画の一番奥にある旧礼拝堂なのでしょう。

「変わりないかえ?」と、テンコが背後を見上げて声を掛けると、壁の高いところに据え付けられていたガーゴイル像が目からボロボロと涙を流しながら「ああ、なんとかまばたきもせずにジッと見つめていたが、そろそろ限界だ。ふえっくしっ! 目を閉じちゃってもいいかい? ふえっくしっ!」と、弱音と鼻水を漏らしました。

「ええ、ご苦労でしたな。もう目を閉じてくれてかまへんよ」とテンコが言うと、ガーゴイル像は「ありがてぇ~、あとは頼んだ」と、ギュッと目を瞑り両手で押さえました。また、ふえっくしっ! とクシャミをして鼻水をすすります。それと同時に、礼拝堂の奥、パイプオルガンの残骸の向こうあたりで巨大ななにかが蠢き始めます。

「ガーゴイルは見つめた者の動きを封じる魔眼を持っておりますけどな、昨今は花粉症がえらいもんで見つめ続けるだけでも一苦労らしいんですわ」と、テンコがまた呑気そうに、誰にともなしに呟きました。

「ニンゲン……セイイキノオトメ……クワセロ……クワセロ……」

 地の底から響くような低く重い不吉な声で唸りながら、巨大な蜘蛛がその姿を現しました。

 全体を覆うふわふわとした細かい毛。太い脚は黒と黄色の縞模様で、頭は下半分がオレンジ、上半分がターコイズブルー。四つの真っ黒なクリクリとした瞳が夕陽を反射して紅く煌めき、大きく丸いおしりは鮮やかな黄色とブルーのマーブルになっています。その毒々しくも禍々しい土蜘蛛の巨躯を見るなり、ふわりは「マーベラスですわ!」と叫んで、その青い瞳を輝かせました。

「あ、こらふわり!」と、ことはが止めに入るよりも素早く、まさに疾風迅雷といった速度で、ふわりは巨大な土蜘蛛の周りをグルグルと回りつつ「グレイト! アッメイジングですわ! ベリーベリースーパーカワイイ!」と連呼しながらバシャバシャバシャバシャとフラッシュを光らせ、一眼レフのシャッターを切りまくります。

 そうでした。ふわりのちょっとキッチュなセンスでは、一般的な感性だととびきり気持ち悪いと感じるようなこういった禍々しい生き物でさえも、場合に依っては「グレイトカワイイ!」に分類されてしまうのでした。そして、グレイトカワイイ! ものに遭遇した場合のふわりは理性のタガが外れてしまうので、わが身の危険とかそういったところに注意が向かなくなってしまうのです。

「ちょっと! ふわり危ないですよ!」と、わたしとことはは大慌てですが、眷属の誇りに賭けて守るとまで言い切っていたテンコは「あら、これは意外と効いておりますな」と呑気そうに言ってその様子を眺めています。

「土蜘蛛はいま、闇の心にすっかり染まってしまっておりますでな。ふわり様のような丸出しの太陽みたいな明るい光に照らされると、これはまあえらい効きよるみたいですなあ」

「呑気なこと言ってる場合か」

 ことはが抗議の声を上げます。苦しそうに蠢いて闇雲に振り回された土蜘蛛の足が一本、ふわりの上に振り下ろされそうになっていました。

「まあ、これくらいはできるとこ見せておきませんと、千年も生きた天狐も見くびられてまいますからなあ」

 振り下ろされた土蜘蛛のふわふわで重く太そうな足は、一瞬のうちにふわりの前に割り込んだテンコの手前で、まるで見えない壁に阻まれたかのうように止まっています。テンコのおしりからはいつの間にか、四本の狐の尻尾がふさふさと飛び出していました。妖力を解放したのでしょう。

「いまのうちです、りいこ様。土蜘蛛からロイヤルオーブを奪い返して下さいまし」

 テンコにそう言われて、わたしは土蜘蛛のほうに目を向けます。その巨大な頭のてっぺんに、チョコンと小さく光るなにかが乗っていました。あれがロイヤルオーブでしょうか。わたしは土蜘蛛に駆け寄ります。

「クワセ……ロ……!!」

 土蜘蛛の声がまた響いて、テンコが止めているのと反対側の足が、わたしに向かって振り上げられました。

「りいこ、危ない!」

 ことはが振り下ろされてきた土蜘蛛の足を、両手で受け止めています。その重さに耐えきれず、ことはが踏ん張っていた床板のほうがズボンッと陥没してしまいましたが、ことは自身は全然平気そうでした。「フンッ!」と力を入れて、土蜘蛛の足を押し返します。その勢いで床板が本格的に砕けて散って、ことはは穴に落ちていってしまいました。

 わたしは跳びあがり、つんのめっている土蜘蛛の頭の上の、チョコンと小さなロイヤルオーブに左手を伸ばし、それを掴み取ります。しっかりと握り込みます。

「やった!」

 テンコが歓びの声を上げるのが聴こえて、土蜘蛛が苦しそうに低く重く呻きました。振り上げられた土蜘蛛の足が、跳んだまま、未だ空中にいるわたしに向かって。

 振り下ろされて。

 その光景がスローモーションで見えます。

 このままでは確実に土蜘蛛の足がわたしに当たるのは分かっているのですが、そうは言ってもわたしはいま空中で、なにをどうしたところで運動の力は空を切るばかりでどこにも伝わりません。

 つまり、避ける手段がないということです。

「りいこ!」「りいこ様!」「りいこ!」

 わたしの名を呼ぶ声がします。

 土蜘蛛の足が、ロイヤルオーブを握りしめたわたしの左手を。

 打って。

 千切れ飛ぶ。

 ロイヤルオーブを握りしめたわたしの左手が、手首のすこし手前から外れて、クルクルと。

 宙を。

 舞って。

 わたしは――。

!!」

 わたしは左肘のあたりに埋め込まれたスイッチを右手で押す。

 クルクルと空中を舞っていたわたしの左手首の、ロイヤルオーブを握り込んだまま握り拳を作っている左手の、その断面がボボボッ! とオレンジに輝いて。



!!!!!!!」



 ボフウウウウウゥーーーーーーーーウウウンン!!!!!!!

 と、ジェット推進で加速したわたしの握り拳が亜音速で土蜘蛛の脳天を打つ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「ヴォアーーーーッ!!!」

 すさまじい重低音の悲鳴をあげて、ズウウウンッ! と力なく倒れた土蜘蛛はもう動きません。

「やったか!」と、ことはが穴の底から声を上げて、「死んじゃったの!?」と、ふわりがテンコに聞きます。

「気を失ってるだけですわ。土蜘蛛もこう見えて立派な妖怪変化。ドタマしばかれたぐらいのことでそうそう死んだりはしまへん」

 妖怪変化いうんは頑丈なんですわ、とテンコはわたしのロケットパンチが直撃した土蜘蛛の脳天を見分しながら言います。

 わたしはクルクルと落ちてくる自分の手首をキャッチして、左腕にカチリと嵌めなおすと、握り込んでいた掌を開いてロイヤルオーブをしげしげと見つめました。

 黒っぽく光る綺麗な水晶で、この中に90年分の黒く蠢く思春期の乙女たちのどろどろとした心の闇が封じられていることは分かるのですが、それがわたしになにか作用したり、なにごとかを訴えかけてくるということはありませんでした。

「心を持たないりいこ様は大丈夫でしょうけどな、心ある存在にはそれはちょっと刺激が強すぎますのや。そのまま、旧図書館まで持っといてもらってよろしいですかな」と、テンコが言います。

「もうすぐ陽が暮れる。急がないと帰寮時間に遅れてしまうよ」

 穴から這い出してきたことはが言って、テンコが「獣の道でお送りしましょう。歩いて帰るよりはずっと早く寮の前まで戻れますでな」と、また闇の中にちゃぽんと潜ります。

「このロイヤルオーブが思春期の乙女たちのドロドロとした黒い気持ちを吸い取っていたから、今までこの聖ガブリエル学院の女学生たちはみな敬虔で大人しかったのですね」

 獣の道の、前を行くテンコの背中に、わたしはそう問いかけます。

「かつては、そうでありましたけれどもな。今では旧区画は隔離されて、ただ静かに朽ちていくのを待つばかりですな。ロイヤルオーブの効果も衰え、広大な聖ガブリエル学園の現区画を全ておおい尽くすほどではございません」

 テンコはそう言って、すこし肩を竦めます。

「なにしろ、それが設置されたのはもう90年も前のことです。その当時の価値観というのは、その時代を確かに生きたはずのわたしにとってさえ、もう今となっては理解できないほどの隔絶がありますゆえ。そうは言ってもその当時、大江勘次郎様が真に女学生たちのことを思って厳重な結界を施したのは事実でございます。外界の様子も、この学院内の様子も、今と当時では随分と違っておりますから、今の価値観だけでもって、その大江様の決断を悪しきものと断じるようなことだけは、どうか謹んでくださいましね」

「そんな、悪しきものだとは」

 わたしは釈明するようにそう呟いて、少し考えます。

 綺麗なものを綺麗なままに、汚いものや悪いものから隔離して、切り離して閉じ込めて、汚いものや悪いものを全部吸い取ってしまって、そうして大事に大事に守り通して。でも、そんな風にしか守れないような時代も、存在したのかもしれない。それしか方法がないような状況も、あったのかもしれない。

「時代は変わるもんです。その時々の正しさも。わたしらはその時々の限られた価値観で、限られた手段の中から自分自身が最良だと信じるものを選び取るしかないんですわ」本当になにが正しいのかなんて、そんなことは千年生きても結局わからず仕舞いですなと、テンコは口許を袖で覆ってクスクスと笑います。

「ですから、どうかみなさんも、自分自身で見て、考えて、自分自身の信じる最良だと思える選択を、自分自身でなさいますように」

 獣の道を抜け、旧図書館の書庫の一番奥にロイヤルオーブを安置して、また獣の道で寮の前まで抜けた頃には、帰寮時間のギリギリになってしまっていました。わたしたちは大急ぎで寮の玄関をくぐり、ネームプレートを「在室」にひっくり返します。これが帰寮時間を過ぎても「外出」のままになっていると、あっという間に追手が掛かって捕まえられてしまうのです。それはまるで手練れの忍者のような手際のよさなのです。

 そのままの足で食堂に行き、夕食を済ませていったんふわりの部屋に集まりました。

「いやー、今日も楽しかったねー」と、命の危険もなんのその、ふわりは二段ベッドの下の段に転がって、お気楽にそう嘯きます。ことはが自分の学習机の上に置かれた背中をギコギコするとギコギコと鳴く木彫りのカエルの置物をギコギコと鳴らしました。抗議の意図かもしれません。

「わたしに心がないことも、たまには人の役に立つことがあるのですね」

 何の気なく、わたしがそう呟くと、ふわりは「そうだよー」と、寝言のように呟いて。

「心がなくたって、心がないことで人の役に立てるときもあるだろうし、逆に心がなくて困った時には、誰かの心をちょっと借りれば済む話じゃん」

 いろんな人が居たほうがお互いに助け合えるし、楽しいじゃんね。そうむにゃむにゃと言った言葉は、もう寝言だったのかもしれません。言い切るか言い切らないかのうちに、ふわりはもうスースーと寝息を立てて熟睡してしまっているのでした。

 奇妙なものたちをこよなく好むふわりは、奇妙なものたちからもよく好まれるようで、ふわりの周りには知らず知らずのうちに奇妙なものたちがまるで漂着物のように自然と集まってきてしまうのです。

 たとえば、もう十年も前に流行りを過ぎた甲高い声で喋るギョロ目の鳥のぬいぐるみ。古びた薬局の軒先で風雨に打たれ水垢がまるで黒い涙を流しているように見えるオレンジの象。東南アジアのカエルの神様。力持ちの宇宙人に、心を持たないブリキのロボット。

「ふわり、せめて寝る前に歯を磨け」

 ことはがそう言って、木彫りのカエルの背中をまたギコギコと鳴らしました。

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ふわッチュ! 大澤めぐみ @kinky12x08

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