レシノット・アーチボルト卿の憂鬱

妻は今も怒鳴っている。同じ空間で息子と娘がそれぞれ違うことをしている。私は「ラ・マンチャの男」を読みながらキリマンジャロを飲んでいる。沸騰させて、しっかり50万円のコーヒーメーカーでいれたコーヒーだ。ただ、いつもと味が違う。卿は体調の変化を感じ取っている。少しおかしい。妻は何に怒鳴っているのか?テレビだ。ひたすら健康器具メーカーの社長のテレビ販売番組に怒鳴っている。何でも、顔が気に入らないそうだ。そういえば、妻の昔のボーイフレンドに似ているかもしれない。たしかユイチェンだったか?「さあ!ユイチェン社長!!値段はおいくらですか??」まさかね。レシノット・アーチボルト卿は次の本を読み始める。前読んでいた本を投げ出して、ゴミ箱に捨てて、次に読むのは「流体力学とストレッチ」。卿はお金こそ持っているが、親のコネで大学まで行っていただけなので、まったくコーヒー以外については知らない。難しすぎて読めないのは当然だ。ただ、卿は本を読んでいるフリをしている自分が好きだったから、それで満足だった。特に家族の間では、読書家として、静かな夢想にふけるのが常だった。家族(とくに娘)は、卿がまったく本の内容を問題にしていないと知っていたが、何も言わなかった。実際、家族に読者家もいなかったし、読書家を装う人もアーチボルト卿以外にいなかったからだ。卿は息子を気にかけていた。息子は足が悪かった。そのために、太り過ぎていたのだ。気楽に考えている妻と違って、アーチボルト卿は息子がしっかり歩けるように訓練に付き合った過去があった。だが、息子はそんな父と距離をおいた。誰にでもある思春期特有の反抗期というやつだ。(一部の人は反抗期がないので、まったく人間なんてものは、奇妙なものだな)要するにだ!!雨が降り続いて、娘たちはてるてる坊主を作り始めた。この願いは何も生まないと妻は知っているが、何も言わずに眺めている。神という意志。神という集合体。それに祈ろうというのか?いかなる存在に遠回しにキスしようというのか?まだ壊れていないと感じる。アーチボルトの伝統は続いているのだ。猿を生贄にするべきか?やや、苦しい気持ちだ。かなりの外圧をかけられている。契丹のアブラバレルのにらみが効いているらしい。息子の足を治すためか?妻が問いかける。無意味なる問い。妻もまた1人の不具者なのだ。そしてアーチボルトは、なめらかな皮を死体から切り取って保管している。いつか息子が狩りをできるようにと!!涙さえ枯れ果てた夜ふけに誰がハンカチを取り出すだろう?むしろハンカチは見えないのだ。ランプのない生活なのだ。電子化されたカルテを見て医者でもないアーチボルト卿はにこやかに笑う。そして、息子の足におこる奇跡の妄想に夢を膨らませる。あまりにも巨大化した夢は洪水をひきおこすのか?いや、そうではない。アーチボルト卿は、今度は「セミオーガンの軌跡」を眺める。何も考えることはない。ただ、風景を美しいと思うように文字を眺めつくすのだ。ありがとうベイビーちゃん!!娘が生まれた日を思い出す。さようなら!!アーチボルト卿は、静かに筆を置き、拳銃を手にして、空砲を打った。

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ハル的展開 七星(ななほし)歩(あゆむ) @tukuyomi

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