灰煙

「え? ホテル帰るの? なんで? 別れちゃいなよ」


「いや、彼女のこと嫌いではないし……悪いかなって……」


「あれは無理でしょ。なんで別れないの? お金?」


「いや、嫌いじゃないから……」


 朝方のカウンターで少し怒った口調で話しかけるレイちゃんと、飲み過ぎて眠くて顔をテーブルに伏せた僕はさっきからこんなやりとりを1時間ほど繰り返している。

 店内にはもう顔なじみのメンバーしかいなく、閉店間際の飲み屋独特のダラダラしたぶっちゃけトークと説教タイムみたいな感じになっていた。


 彼女を追い返したあと、僕もお気持ちが高まって何故かガッツポーズをしながら店内に帰った僕を待ち構えていたのは、他人の修羅場が大好きな友人たち。

 散々愚痴ったり、「彼女がいるときのお前は本当につまらなかった」「あの彼女きつくない?」などなど好き勝手言われたりしていたらいつの間にか朝になっていたのだった。

 少し記憶が飛んでいて、気が付いた僕はレイちゃんに説教をされていたというわけだ。


 僕だってなんで付き合ってるのかわからないんだよなーとぼんやり思いながら目の前にあったビールを口に運ぶ。

 温くなったビール独特の匂いに僕は顔をしかめながら大きなため息をついた。


「やっぱりさー……別れるなら早いほうがいいんだよなー」


「そりゃそうだよ。ミサキちゃんずっとあの彼女といてもいいことないじゃん」


「いやーでもさー責任取らないとさー」


 酔ってていまいち働いてない頭でも、それはわかってるんだけどなーと、僕はミカさんへの謝罪メールを打ちながら生返事をした。

 

「は? ミサキちゃんがなんで彼女の責任取るの? 年下でしょ? あっちは大人なんだから自分の責任は自分で取れるでしょ」


「え? 責任、取る必要ないの? さすがにやばくない?」


 『責任を取る必要がない』という自分にはない考えを言うレイちゃんの言葉に驚いた僕は、メールを打つ手を止めて思わず目の前の友人の顔を見つめた。


「いや、ミサキちゃんが14歳も上のおばさんの人生の責任を取らなきゃいけないほうがやばいでしょ」


「なるほど」


「馬鹿じゃないの?」とでも言いたげなレイちゃんの雰囲気に思わず気圧された僕は言葉を詰まらせた。

 でも、さすがに今すぐ「そっかーわかれる!」と言えるはずもなく、僕は残りのビールを飲むと書き終えていたミカさんへのメールを送信した。


「まあ、今日はとりあえず仲直りするよ」


 レイちゃんは呆れた顔を浮かべながら、僕の肩を叩くとやれやれとでも言いたげに首を左右に振る。


「じゃ、帰るから先輩によろしく」


 まぁ、そうだよなー呆れるよなーと思いつつ、特にそれ以上は口にしない友人に感謝しながら僕は店を出てホテルの最寄り駅へと向かった。



◆◆◆


「うん、本当にごめんね。わざわざ来てくれてありがとう」


「いや、わたしこそ、ミーくんのこと考えられなくてごめんね……ひどいよね」


 うん、酷かったよって言葉が喉から出かかる。


「そんなことないよ。大好きだよ、またね」


 新幹線のホームで抱き合う僕と彼女。

 ぱっと見は別れを惜しむ同性のカップルとか友達に見えるんだろうなー。

 「またね」が正直2度と来てほしくないんだよなって思ってるなんてミカさんは思ってもないんだろうなって考えて「ああ……自分は彼女のことを嫌いではないんだけど好きでもないのか」と自覚する。


 新幹線のドアが閉まり、泣きそうになりながらミカさんが手を振る。

 いつもなら新幹線が見えなくなるまで見送っている僕だけど、「好きでもない」ってことを自覚したら急に気持ちが冷めていく気がして、僕はミカさんがまだこちらに手を振っていることをわかっていながらも新幹線に背を向けた。


『いや、ミサキちゃんが14歳も上のおばさんの人生の責任を取らなきゃいけないほうがやばいでしょ』というレイちゃんの言葉が頭の中で何度も繰り返される。

 帰りの電車の中でうとうとしていると携帯が震えた。

 いつものように彼女からのお礼メールが来る。


『また会おうね。愛してるよ』


 思ってもいない言葉を綴ることに心が重くなりながら、僕は携帯を乱暴にバッグの奥に投げ込むと目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お気持ち爆弾 こむらさき @violetsnake206

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ