爆発
「は!? なんで? 意味わかんない! マジかよ」
突然の友達からの報告に、思わず声を荒げて立ち上がってしまった僕はここが店内だということを思い出し椅子に座り直す。
「いや、だからお前の彼女が今さっき走って出ていったけど大丈夫? 確かお前のカバン持っていってたよ」
「なるほど……。ありがとう。全然大丈夫じゃない」
僕は、彼女の謎の暴走を報告してくれた友達にお礼を言うと、上着を羽織って店内を飛び出して走っていた。
なんでこんなことになったのか本当にわからない。
店についてから2時間。何をしたのか思い出してみたら、何かわかるかもしれないと思った僕は、酔って少しふわふわしてる頭を必死で回転させて記憶を辿る。
◆◆◆
「お久しぶりですー! 彼女ときましたー」
彼女と腕を組みながら、既に賑わっている店内に二人で足を踏み入れる。
大声で彼女と紹介されてまんざらでもなさそうな表情のミカさん。
「わー!ミサキちゃん久しぶりー!」
店内に入った僕らに声をかけてきたのはレイちゃん。このお店の常連の女の子だ。
レイちゃんは、僕にいつものように抱き着いてきたので僕もそれに応じてハグをし返す。
僕もレイちゃんも女の子同士で本来なら多分なんの問題もないし、もちろん僕にもレイちゃんは僕に恋愛感情はない。
「この人誰?」
ムッとした声でハッとする。
そう。彼女にとって僕はあくまでも『彼氏のミサキくん』であって、『ミサキちゃん』ではないらしい。
彼女の顔をチラッと見ると、眉を吊り上げ露骨に不機嫌そうな顔でレイちゃんを見ていた。
「あ! ごめんなさい。わたし酔うといつもハグ魔で……ミサキちゃんにいつも迷惑だって止められるのについ」
ナイスフォローレイちゃん。ちなみに絶対レイちゃんは素面。そして僕はいつも特に止めてない。
咄嗟のことに機転を利かせてくれた友人に感謝しながら僕は、レイちゃんを彼女に紹介した。
彼女は無愛想に「そうなんだ」と言うと僕の手を引いて店の奥に足を進める。
いやいや、僕の友達にそれはないでしょまじかよどういうことだよ…。
レイちゃんに「申し訳ない」の気持ちを込めた目くばせをして僕は彼女に引きずられるようにカウンター席に向かった。
広くない店内では先ほどの彼女のとレイちゃんのやりとりが一部始終みられていたらしく、入り口からカウンターまでの短い距離にも拘わらず僕らカップル…いや、僕は好奇の視線を痛いほど感じた。
そりゃそうだ。たかがハグであそこまで敵意をむき出しにするのはないよなーって僕でも思う。わかる。良いお酒の肴ですよねーって感じ。
そのあとも割と良くなかったというか、最悪だったのは覚えてる。
僕が先輩に挨拶をして帰ってくるともう不機嫌。
どうやら、僕が『ちゃん』付で呼ばれてることがそもそも嫌みたいで、僕が話しかけられる度に、彼女の眉毛がぴくっと吊り上がる気配を感じていた。
そして、一通り挨拶が終わって二人でカウンターに座ってても無言。これはいつものやつだ。ごめんねって謝って、機嫌を取らないといけないやつ。
「なんか、付き合わせちゃったみたいでごめんね」
「どうしたのミーくん? 別に怒ってないよ」
「……そっか。ならいいんだけど」
まーーーーたクイズか。怒ってないって言いながら完全に仏頂面本当にめんどくさいこれ3時間くらいこのままでしょ知ってるよ僕。
これ、たぶんもう帰って二人になったほうがいいんだろうなって思うんだけど、僕だって今日先輩と遊ぶの楽しみにしてたし、正直二人になって彼女のご機嫌取りするの辛いんだよなーもう耐えられない。
「ミサキちゃーん! テキーラ呑むー?」
「飲む!!!」
救いの声!と言わんばかりのタイミング。レイちゃんこういう空気を読めるところ好きだぞ。
僕は怒っている彼女の隣から立ち上がり、ソファー席にいる友達の方に合流するとそのままテキーラを仰いだ。
そのまま、彼女から渡されていたお財布が空になるまで飲んで、彼女に「ごめん、これ渡しておくね」ってした時が、たぶん僕が彼女と話した最後の記憶。
そして、この仕打ち。
いや、僕も確かに悪いのはわかってる。
でも意味わからないでしょ。何故カバンを持って出ていった…。
彼女を追っているうちに酔いが醒めて来て、彼女を怒らせる心当たりも思い出した。
それと同時に、店到着時からお気持ちが全開過ぎて中学生でもしないような嫉妬の出し方をした14歳年上の彼女の振る舞いにさすがに腹立たしくもなる。
店から駅へは一本道だ。
イルミネーションの中を息を切らせて走っていた僕は、見慣れた背中を見つけて足を止めた。
「ミカさんどうしたの?」
思ったより僕の語気が強かったことに驚いたのか、彼女は一瞬ビクッと肩を竦ませるとこちらを振り向いた。
彼女の目に涙が浮かんでいるのを確認して罪悪感よりも先に「めんどくさい」という感情が湧き上がってくる。
「とりあえずさ、困るからカバン返して」
不安げで今にも泣きそうな顔でこちらを見つめるミカさんの返事を待たず、僕は半ばひったくるように彼女の手から自分の荷物を取り戻した。
これで走って逃げられても大丈夫だなとやけに冷静なことを考える自分に少し笑いそうになる。
「で、どうしたの?」
いつもこの時間が長いんだよな。
イルミネーションの光がチカチカと輝く街の真ん中で、僕はいったい何をしてるんだ…とか、店に戻ったらホットカクテルを呑もうかなとか、明日は鍋を食べようかななんて考えながら、顔だけは真剣そうに保って彼女の返答を待った。
「慣れない場所にずっといて、ミーくんは知らない人とずっと話してるし、私のところに来てくれたと思ったらお財布返すだけだし、つらくて……」
「いや、だって俺元からそういってたじゃん。それでもいいって言ったのミカさんじゃん」
「でも、もうあの場所にいるのが辛くて……」
「じゃあ一人でホテルに帰れよ。俺店に戻るから」
ミカさんが目を見開いて驚いているのを無視して僕は彼女に背中を向けると、来た道を引き返した。
「待って」とか言われるかなと思いもしたけど、ショックだったのか怒ってるのか引き留める一言すらなかった。
これ本当は僕がいつもみたいに「ごめんね」って言って一緒に帰る想定だったんだろうなーだって終電1本前の時間だもんな。
確実に計算して僕の荷物持ってきてるじゃんマジでそれなら相談してくれよ。
でもなー彼女泣いてるんだろうなー。大阪から来てくれたのにホテルに帰れは言い過ぎたかな…後でちゃんとメールして謝ろ…。
ちょっとした彼女への罪悪感で心がざわざわするけれど、それよりも彼女の思い通りにしなかったことの爽快感が心地よくて、僕は軽い足取りで店への道を急いだ。
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