起爆
ライブは最高だった。
本当に最高。このバンドに出会えたのは彼女のおかげ最高。
僕は何杯目かわからないビールを口に運びながら彼女に買ってもらったライブTシャツを握りしめ、トイレで化粧直しをしている彼女を待っているところだった。
【おつかれさまー!みさきちゃん今日は何時くらいに来る?
彼女さんと一緒なんだよね?会えるの楽しみにしてるよ】
いいなーと思ってる先輩からのメールをみて思わずにやつきそうになるのを抑えながら返信を手早く返す。
彼女がいることも言ってるし、向こうも同棲してる彼女がいるし、特にやましいことはないといえばないんだけど、先輩からのメールを見ると彼女といるときの胸が詰まるような気持ちが少し晴れるような気がした。
「あー、ミーくんまた携帯見てたの?」
「っうわ! ちょうびっくりした」
「もう! 私といるときも、いつも携帯見てるんだから」
「ごめんごめん、ほら、今日行ってた先輩に連絡してただけだから」
いつももなにもめっちゃ不機嫌になるから僕ミカさんといるときはほぼ携帯見てないじゃんどういうことだよ……といったところで彼女がお気持ちを爆発させて喧嘩になるだけなので、僕が大人にならないと……と謝罪の言葉を口にする。
冷静に考えるとなんで14歳下の僕が大人にならないのか全然意味が分からない。
でも、彼女の中では『彼氏』であるほうが大人であるべきみたいな考えがあるっぽくて、一時期男の子に憧れていた僕は彼女が望む通りの振る舞いをよろこんでしていたんだ。
15歳の自分を呪いたい……。僕はよくわからない謎の理想の彼氏とかじゃなくてミサキって一人の人間として扱われたいって思うんだけど、それは結婚適齢期という時間を奪ってしまったミカさんに言うのは酷い気がして言えないでいる。
「ごはんでも食べてから、先輩の店に行こうか」
僕は飲み終えたビールのカップを捨てると、わざとらしく彼女の肩を抱いてそう言った。
僕が携帯を触っていたことに少し不機嫌だった彼女だけど、こういう彼氏っぽいことを僕がするとすぐ機嫌が直る。
そんなところも、昔はすごく好きだったはずなんだよなーと思いながら僕はイルミネーションがキラキラと輝く街中に彼女と腕を組みながら紛れ込んでいった。
「イルミネーションを見てるとネズミーランド思い出すね」
やめろなんでそんな話題を出すの意味わかんない。
どんな地雷が出てくるかわからないので僕は肯定とも否定とも取れないように「あー」と間抜けな相槌を打つ。
「私、あの時泣きながら走って逃げちゃって、それをミーくんが追いかけてきてくれて……ドラマみたいでちょっと笑っちゃうね」
なるほど。
僕が彼女を振り切ってトイレに行って帰ってきたら急に泣き出して財布も何もかも持ったまま「もう知らない」と言い残して走り出した話が彼女の中ではそんなロマンティックストーリーになっているのか。
しかもあの怒った理由、せっかくのクリスマスなのに恋人の僕が二人の思い出のお土産を選ばずにバイト先や学校のお土産を選んでたからって理由だよね。
「あー、そんなことあったねー懐かしい」
折角きれいなロマンティックストーリーになってるのに、わざわざ事実を突きつけて怒らせるのも馬鹿らしいと判断した僕は、少しイラつく気持ちを抑えて笑顔で彼女にそういった。つらい。
彼女とイルミネーションを見ながら適当な喫茶店に入る。
ここで時間を潰せばだいたい20時くらいには、先輩のお店に顔を出せそうかなーと考えて心がうきうきしている自分に気が付く。
彼女のこと嫌いではないんだけど、でも一緒にいて息が詰まるし『彼氏のミサキくん』しか求められないのは正直辛かった。
先輩や友達は僕のことを「ミサキ」として見てくれるし、彼女みたいに僕が体のラインが出る服を着ていても嫌な顔をしないし、胸が大きいことも気にしない。
だから一緒に遊んでいて楽で、嫌いなわけではないんだけどどうしてもミカさんといるときは昔より更に窮屈に感じてしまってつらかった。
「ねー、ミーくん聞いてる? そろそろ時間だから出よう? お会計よろしくね」
「……あ!ごめん。ぼーっとしてた。払っておくね、先店出てて」
不満げな彼女に笑顔を返すと、彼女から事前に渡された財布から喫茶店の会計を済ませた。
ミカさんといる限りずっとこれが続くのか…。
僕が30歳になっても? ずっと? いや、それ以上に……10年先、僕はこれに耐えられるのか?
ここまで考えて、心が鉛のように重く感じた。
僕が30歳の時、ミカさんは44歳……。もし、お互いやり直すなら、なるべくはやめに決断しないといけないのかもしれない。
そんなことを少し考えながら僕は店の外で待つ彼女の元へ重い足を進めた。
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