真相
どれぐらいの時を、央との再会の感動に浸っていたのだろうか。
「お騒がせしてしまって、申し訳なかったわね」
ふと我に返った私はそう言って、呆然と私たちを見つめたままのお祖母様と暁君に、頭を下げる。
央雅が引っ付いたままなので、中途半端にしか下げられなかったが。
かと言って、央雅を突き放す真似はできないなにせ、私の中での彼は未だ幼子で、私にとって大切な子どもなのだから。
とはいえ少々……否、かなり気恥ずかしい。
「い、いや……。身体はもう大丈夫なのか?」
「……。そなたらは、ユウの何か?」
暁君の問いに、央がピクリと反応して冷たく問い返す。
「こら、央。白木真澄さんとそのお孫さんの碓氷暁君。暁君は私のクラスメイト……えーっと、同窓なの。二人はこちらの世界に戻ったばかりの時に、大変お世話になった方たちよ。二人とも、ごめんなさい。この子は、央。私の養い子なの」
「初めまして。ご紹介に上がりました、白木真澄と申します。この地を管理させていただいております」
「碓氷暁です」
私の紹介に、二人は深々と央に頭を下げた。鋭い彼らは央の人ならざる気配を敏感に感じ取ったのであろう。
「……央。貴方も挨拶をしてちょうだい」
そっぽを向き続ける央に、私は促す。
「我は黄龍の央だ」
央の自己紹介に、二人は驚いたように目を瞬かせた。
一方央は、興味が失せたとばかりにまた私の背に身体を預けて頭を肩に埋めている。
「えーっと。……少し色々話したいことがあるから、社にお邪魔しても良いかしら?」
私の提案に二人は頷き、私たち四人は社に戻った。
「……まずは暁君。神域地まで私を運んでくれてありがとう。おかげで、気が回復したわ」
「い、いや……」
「状況の説明の前に、まずは桜さんを回復してあげた対価の話をしましょうか」
戸惑ってばかりであった暁君が、一瞬にして真剣な表情に変わる。私もまた、先ほどまでの態度とは異なる姿勢で彼と向き合った。
「さっき央にも紹介した通り、貴方とお祖母様にはこっちの世界に戻った時に、お世話になったわ」
飢えを凌げたのは、彼らのおかげだということは紛れもない事実。
実際この地がなかったら、私は存在し続けることも危ぶまれたかもしれないほどの危機だったのだ。
「それを加味して、暁君。貴女は、お祖母様の跡を継いで、この地を守り続けてちょうだい。住み続けろとまでは言わないけれども、管理して、私が気を補填し続けることができるように。そして将来、貴方の子孫に引き継ぎなさい。私が生きている間、神域地に入り続けることができるよう取り計らうように。それが、対価よ」
私の言葉に、二人は深々と頭を下げた。了承と見て、私は話題を変えるべく続けて口を開く。
「……さて、対価の話は以上。本題に入るわね。私が、何故この世界に戻ることになったのかを」
自分たちにはあまり関係がないのでは……と、暁君は訝しむような表情を浮かべていた。
「この世界に関係することよ。けれども、事が起こるまで誰も信じないでしょう。気の存在を知る貴方たちのような人たちでないと」
「……前に言っていた、気が枯渇している話か?」
「それに関係するわね。貴方はあの時、どうしてそんなに落ち着いているのかと聞いてきたわ。……正直、自分でも不思議だった。長く見積もっても、百年後には世界が滅ぶ。そうと分かっていて、どうして私は何とも思わないのか。けれども、その理由を思い出したの」
「どういうことだ……いや、どういうことですか?」
央の睨むような鋭い視線に負けて、暁君が口調を正す。
「順を、追って説明するわ。まず、私は異世界に召喚された。魔王を倒すために。じゃあ、異世界の人たちは何故私を呼んだと思う?」
「……その素質が、あったからじゃねえ……あ、いや……ないんですか?」
「あちらの世界には、魔法に長けた人も剣の腕を磨きあげた人たちもいたというのに?」
「それは……」
言葉に詰まる彼に、私は笑った。随分意地悪な問いをしたものだ。
「まあ……貴方の答えは、半分正解よ。私は魔力だとか気を身の内に貯めておく器が特別大きくなる素養があった。だから私は、呼ばれた」
この世界は気がほぼない。
ないけれども、人が存在するには気は不可欠。
それ故、この世界の人は順応した。
僅かな気を最大限集めるという方法で。そして、それを効率良く身体に染み渡らせ扱う力を。
逆に気が充満するあちらの世界に、僅かな気すら最大限集めるような器を持つこちら側の世界の人間が行けば、みるみるうちに気を補填してしまう。……己の器の限界量を超えるぐらいに。そのため、己の身が壊れないように、補填すれば補填した分だけ器を大きくしようと徐々に身体を作り替える。
そうして、莫大な気を……魔力を収めることができる器と、それを効率良く使用できる流れが身体の中に出来上がるのだ。
物語の中にあるような、異世界に勇者として突如召喚された者としての圧倒的な力を持っていなかったのはそれが理由。
元々の素地の上に、あちら側の世界に行って慣らすことで完成するのだ。
勿論、私の場合当初武術も魔術も学ばなければ戦う術を持っていなかったために弱かったというのもあるが。
「……というわけで、こちら側の世界の人間たちはあちら側の世界の人間たちよりも強くなる可能性を秘めている。私はこの世界の人間の中でも、特に気の純度を高めて自分の器に留まることに長けていたみたいだね。歴代勇者の中でも一二を争うと師匠が言ってくださったっけ」
「……なるほど」
「さて、話を戻すけれども。何故この世界の気が枯渇しているかというと答えは単純で……どうやら大昔、あちらの世界の人たちがこちらの世界の気をあちらの世界に流れ込むように細工したからなのよね」
私の言葉に、暁君の目が点になった。
「神仙の言うところの気は、人間たちにとって魔法を使う上でのエネルギー源となるもの。多くあればより多くの魔法を、大規模な魔法を使えると思ったあちらの世界の人たちが研究を重ね完成したそれを実行したせいで、こちらの気は徐々に減少していったの。代わりに、あちらの世界は豊富な気のおかげで暫くは繁栄したそうよ」
「……何だよ、それ。じゃあ、別の世界の奴らのせいでこの世界は滅びそうっていうことか?」
「まあ、そういうことね。……けれども、代償はあった。元々、気というのは循環しているもの。無理に流れる量を増やせば必ずどこかに歪みが発生する。滞り歪み、そうして濁った気を多く取り込んだものが魔物となり、魔人となり、魔王が生まれてしまった。……まあ、自業自得というやつね」
私もまた、苦笑いを浮かべた。
「魔王が生まれるたび、異世界より素質のある者を呼び出し退治させ、かつ莫大な魔力を消費させることで均衡を保ち、平和となった世界は繁栄する……けれども、歪な状態でそのサイクルをいつまでも続けることはできなかった」
それはまるで、土台が崩れた場所の上にどんどん積み木を重ねるようなものだった。
初めのうちは、それでも何とか保つことができた。
けれども積み重ねれば積み重ねていくうちに……ほんの僅かな衝撃で崩れる均衡の上に成り立つようになってしまっていた。
「このままでは、あちらの世界が限界を迎える……早くから察知していた神仙たちは魔力をどうにかこちらの世界に戻せないかと研究を重ねていたのだけれども、元々あちらの世界の人間たちが無理矢理作り出した魔術が歪で不完全なものでね……下手したら全ての気がこちらの世界に流れ込んで、あちらの世界の気が枯渇してしまう危険を孕んでいた。だから、神仙たちはまずそれを正すところから研究をしていてね……まあ、彼らは長い時を生きるから総じてのんびり屋さんというのもあって中々研究が進まなかったというのもあるのだけど……結局、限界近くまで来てしまって、強引に気をこちらに戻すことを決めた」
「じゃあ、この世界が崩壊するっていう危険性は無くなったんだ……」
「単純に、それだけだったら良いのだけれども。言ったでしょう?強引に気をこちらに戻すと。あちらの世界の気が枯渇することは免れたけれども……こちらの世界のことなんか、まるで考慮していない術式だったわ。枯渇寸前の状態が平常なこの世界に急に莫大な気が流入したら、どうなることか……」
私の器の話と逆の状況ということだ。
つまり、気が枯渇しかけた状態が平常となったことで、この世界の気の器というのは今現在大変小さくなっている。
その小さな器に、無理矢理大量の気が流入したら……?
それは、小さなグラスに無理矢理大量の水を入れることと同じだ。
つまり、溢れ出す。
そして溢れ出した気は滞り、そして歪む。
つまり、あちらの世界で魔物が出た状況と同じことになる……というわけだ。
「確証はないのだけれどもね。けれども、こちらの世界があちらの世界のように魔物を生むようになってしまってもおかしくないと考えたわ」
「魔物が、この世界に……?」
イマイチ実感が湧かないのか、暁君はそう言いながら首を傾げていた。
「ええ。可能性は高いわ」
「……仮にそうなったとしたら、人間はどうなるんだ?今あるの武器とかで、どうにかなると思うか?」
「この世界の戦力がどれぐらいあるのかは知らないけれども……まあ、普通の人が武器を持ったところで勝てる相手ではないと思うわよ?魔物の中には常人の目には写らないような素早いモノも、鉄の塊で攻撃されようが全く傷がつかないような防御力を誇るモノもいたからねえ……」
戦ってもらわないと分からない、というのが正直な感想だが。
「ま、そのために私は戻って来たのだし。なんとかなるでしょう。話は長くなったけど、一応この世界の存続は問題なくなったわ。ただ、これから先日常で何があるかは分からないから気をつけてね、ということよ」
私の忠告に、二人は困ったように……けれども厳かに頷いていた。
元勇者の日常 四谷 愛凛 @Yuuui
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