登場

全てを、思い出した。

仙人となった後のことを。


膨大な気の流れを取り込むごとに、穴が埋まるかのように記憶のカケラを取り戻す。


『やっと繋がった……っ!』


懐かしい呼び名。記憶にある声よりも、低くなったそれ。けれども間違いなく……私の、大切な子。

私の側にいてくれた子。


「ああ……」


失った記憶を取り戻した、充足感。

失った力を取り戻した、満足感。


その気持ちが溢れて、私は思わず声に出して息を吐いた。


「長いこと、忘れていてごめんなさい。央(オウ)」


そう言った瞬間、光がその場を貫いた。

ゴウという轟音と共に、空から降り注ぐ光の柱。


そして、私を包み込む温かい身体。


「やっと、会えた……っ!ユウ!」


そう言って、彼は私を抱きしめる力を更に込めた。


「ごめんなさい、央……」


感極まって、私の両の目からは涙が溢れる。

そして私もまた、彼の背に手を回した。


何故、私は忘れていたのだろうか。

この世界に戻ってきた時の場面を思い浮かべると、理由づけはいくらでもできる。

でも、忘れてはならなかった。

私の大切な子のことを。



……それから、どれぐらい時間が経ったのか。

ふと、我に返って目を開けると彼を見る。


「央……。貴方、何でこんなに大きくなっているの!」


今更ながらな質問に、彼は私から少し身体を離して目を合わせた。


「何を言っているの?ユウがいなくなってから、百年が経っているんだよ。そりゃ、俺だって大きくなるよ」


キョトンとした表情は、彼の幼い頃から変わっていない。


彼の名前は、央雅(オウガ)。私の養い子だ。

百年経っても青年の姿というところからも分かる通り、彼は人ではない。

……その正体は、龍だ。


あれは私がとある聖山に祠を建て、仙人としての生活を満喫しているときのことだった。

山にあった滝の麓に、赤子の彼が捨て置かれていたのだ。


その聖山は私が結界を張っていたので、只人が入り込むことは万が一にもない。

にも関わらず人の姿をした赤子が独り泣いているのを見つけて、はたして彼の正体は一体何だろうかと訝しんだものだった。

とりあえず、これも何かの縁と私は彼を拾って育て始めたのだ。


彼の子育ては、少し……否、かなり大変だった。

子を育てるという経験がなかったのもそうだが……何より泣けば水が荒れ、癇癪を起こせば地面が揺れる。

……それが起こった時に、治めるのは苦労したものだ。


けれどもそれ以上に、私は満たされた。

赤子故の、無邪気さ。

孤独以上に他者の存在を厭うようになっていた私の心に、央雅はスルリと入り込んで。

そしてそんな彼の存在に、私は救われたのだ。


愛おしいと……愛おしくて仕方がなくなるのに、そう時間はかからなかった。


私の頭の中にあるのは、彼が幼子の姿まで。

それが今は、私よりも若干年上の姿になっていた。


金色のサラサラとした髪は変わらず。

柔らかな、緑色の瞳も変わらない。

けれども幼子特有の真ん丸とした頰はほっそりとして、全体的に精悍な顔立ちとなった。

神仙は美形が多いが……その中でも群を抜いて美しいだろうと思うのは、親の贔屓目か。


「……ユウと離れて、俺、寂しかった。同じ世界にいる時は、まだ気配を感じることができて我慢ができた。……いや、あまり我慢できてなかったかも。それでも、ユウの気配が全く感じられなくなった後よりはマシだったと思うけど」



ユウと暮らしていたのは、三十年。

それが多いか少ないかで言ったら……人の感覚ではそれなりに長いと思うが、神仙にとっては瞬きほどの短さだ。


彼と離れたのは、私がこの世界に戻ってくる前のこと。彼の存在を察知した龍族に、強引に引き取られてしまったのだ。

そこから暫く同じ世界で、彼の成長を遠くから見守りつつ、けれども全く会うことなく別々に暮らしていた。


「……でも、ユウの気配が全く感じられなくなってからは気が狂いそうだった。重鎮たちを脅して……いや、話し合いをして天界を抜け出して、ユウをずっと探していたんだ。ユウが俺を呼んでくれれば、どこにいても分かるのに。どうして、俺の名を呼んでくれなかったんだ?」


途中不穏な言葉が聞こえた気がしたが、今はそれを聞かなかったことにする。


それ以上に、彼の悲しげな声色が私の胸を打ったから。


「ごめんなさい、央。私も、まさかこっちの世界に戻ってくるとは思わなかったのよ。その後は記憶を失っていて。……なんて、言い訳にならないわね。本当にごめんなさい」


「……許さない。許さないから、これからはずっと側にいて」


そう言って、再び彼は私を抱きしめる。

私はあやすように、彼を抱え込むように抱きしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る