懺悔


『……ねえ。貴方は、消し去りたい思う過去だとか感じた思いというのはある?』


そう彼女に問われたのは、最近のことだった。


『どっちもある』


そう間髪入れずに答えた時に、彼女は意外そうに目を丸めていたっけ。


消し去りたい過去。

俺の人生の大半は、それだ。

生まれた家がたまたま碓氷家であった為に、比べられ貶され続けた。

そしてその憤りを、桜にぶつけたが故に起きたあの事故。


消し去りたい思い。

そんなの、沢山ある。

劣等感。家に対する憎悪。そして奏に対する、嫉妬。

そんな黒くてドロドロした想いが俺の心を埋め尽くし、そしてそんな自分自身の心の在りように虚しさと疎ましさが常に俺を苛んでいた。


そんな過去や俺自身の在りようは、今尚俺を蝕む。

誰も、俺を責めない。桜の事故のことを。

何故なら、誰も知らないからだ。そのキッカケが俺にあったことを。

唯一全てを知るばあちゃんは『お前のせいじゃない』と言ってくれたが、そんなことはない。

俺は俺の罪を知っている。

……奏の側にいるのは、その罪悪感故だ。

あいつの側にいると、否が応でも向き合わなければならない。

過去の馬鹿な自分と、そして今尚燻る黒い思いと。


彼女に救いを求めることができなかったのは、それを言葉にすることができなかったからだ。

自身の罪を自覚しているというのに、それを言葉にしたら現実のものとして認めなければならないということに、俺は恐れた。

認めるも何も、事実、桜が事故に遭ったのは俺が愚かだった故のことだというのに。


今日こそは、今日こそは……と言葉を口にしかけて、結局いつもできなくて。

毎日桜の病室に行く度に、それで更に自責の念に駆られて。

馬鹿みたいに、それを繰り返していた。


彼女が桜の病室に現れた今日、少しだけ心が救われた。

格好悪い、卑怯だなと自分でも思うが。

それでも、『もう逃げることはできない』というところまで追い込まれたことに、正直安堵した。


そんなことを振り返りつつ、彼女を背負って階段を登る。

治療を終え、何とかタクシーに乗り込むところまでは耐えていたようだったけれども、今は完全に意識がない。

余程、気を消耗したのだろう。

……桜を治療していた時の彼女と桜の周りには、魔法の魔の字も知らない俺ですら見えるほどの緑色の光が視界を埋め尽くしていた。

いっそ神々しいと感じるほどのその光景を作り出したのだ……元々気が足りないと嘆いていた彼女からすれば、相当な負担だったはず。


神域地に足を踏み入れた瞬間、その地と彼女に変化が現れた。

元々背負っていることが分からないほどの軽さであったが、更に彼女の身体が軽くなった。

……軽くなったというより、これは……。

俺は、彼女の身体を支える手を外した。

普通であれば支えがなくなって地面に落ちるだろうが……あろうことか、彼女は宙に浮いてらいたのだ。

プカプカと、地面から30センチのところで横になった状態で彼女は浮いている。


そして、そんな彼女にまとわりつくように、俺ですらそうと分かるほどの濃い気が一斉に彼女に集まり始めていた。

地が揺れるほどの、強い気の流れ。

それが、彼女に流れ込む。


「暁! 一体何が起こって……」


ばあちゃんも、気の流れの変化に気がついたのか現れた。

けれどもこの神秘的な光景に言葉を失っているようだった。


パチリ、彼女が目を覚ます。


「ああ……」



恍惚の笑みを浮かべて彼女は嘆息を漏らした。


「長いこと、忘れていてごめんなさい。央(オウ)」


その瞬間、光が視界を埋め尽くした。

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