治癒

「……なるほど、ね。けれども、私は別に懺悔をして欲しい訳じゃないの。今日ここに来たのは、お祖母様の望みを対価を貰って叶えるため。それで、貴方はどうするの?それを貴方自身が、望むのかしら」


彼は、俯いていた顔を彼は上げた。

私の言葉の真意を理解したらしい。

『彼女を目覚めさせる』

その対価を払うのがお祖母様なのか、それとも暁君が払うのか……それを問いかけたということを。


互いに、目と目を合わせる。

強張った表情。……けれども、真剣な瞳。


「俺が、望むっ!こいつを、助けてくれ……!」


そして、魂の底から絞り出したような叫びが響いた。


「私はもう、勇者じゃない。だからお祖母様の言う通り、望みを叶えるのには対価を求める。飛びっきりの。貴方は貴方の全てを差し出して、けれども目を覚ました彼女は貴方を詰るかもしれない。憎まれるかもしれない。……それでも?」


「ああ」


間髪入れず、だった。迷いのない瞳と、厳しくも鋭い雰囲気。


「……なら、『貴方の望み』で叶えましょうか」


私は仙術を使用して、もう一度彼女の身体の状態を確認する。

……偉そうなこと言ったけれども、気が全然足りていない今だと、彼女を治すのはかなり苦しいだろう。


とはいえ、だからと言って投げ出す訳にはいかない。

彼の覚悟を前にして、そうすることは私の矜持に反する。


彼の覚悟を、私は確と見て聞いた。

……それが、真の想いなのかそうではないのかぐらい読み取れる。

何せ、五十年以上生きているのだ。

実のない言葉なんて、あっちの世界で何度も耳にして目にしてきたのだし。

嫌でも、人の機微を悟る技能を養われてきた。


彼の真剣な想いが手に取るように分かる。

だから、こそ。

私もまた、覚悟を以って治療に当たらねばならない。


まずは仙術を使って、彼女の生命力を底上げする。

それと同時に魔法で、傷ついた内部を修復していく。


「………っ」


私の頭の中で、警鐘が鳴った。

蓄えていた気の大部分を持っていかれている。

大掛かりな魔術と仙術の同時行使だ……覚悟はしていたけれども、想定以上に気の減りが早い。


けれどもその甲斐あってか、彼女の傷ついた内部はかなりの速度で治っていった。


「……明日には、目が覚めるわ」


完全に治ったところで、術を止めた。

私の の中の気は、使い果たしたに等しいほどの残量だ。


覚束ない足取りと、霞む視界。

これは、本格的にマズイわ。


「本当か……?」


「嘘なんか言わないわ」


そう言ったが最後、身体が悲鳴をあげた。

吐き気と目眩が酷い。

私は、その場に崩れ落ちた。


「おい……!」


彼が私に駆け寄って抱き起す。

ああ、気持ちが悪い。

その僅かな動きですら、身体が悲鳴をあげている。


「……大丈夫。気を使い過ぎただけだから」


気が足りず、空間魔法が使えないのが恨めしい。

今すぐにでも、気を補填したいというのに。


「……神域地に行くわよ」


具合の悪さを押し殺して、立ち上がる。

視界が歪む中、彼に支えられながら歩いた。

そうして何とか病院から出ると、タクシーに乗り込む。


無理矢理術を行使したせいか、まるで器が壊れたかのように身体に残っていた気も、どんどん漏れ出していた。

それに伴って、私の具合もどんどん悪くなっている。


這うようにタクシーから出ると、暁君に背負って貰って社台まで続く階段を登る。

そうして辿り着いた、神域地。


濃い気が私の身を包むように、まとわりつく。

……その時点で、私は意識を飛ばした。



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