第5話 唯一の肉親


「ばいばーい!!!」

「こら、お邪魔しましただろ」

「おじゃましゃしたー!!!」


 昼下がり。

 ばたばたと、萩谷兄弟は嵐のように帰っていった。

 あの後、昼ご飯を食ってからは雨音さんが用事があるらしく、いつもより早めに帰っていった。

 一気に静かになった家。何か、本当に台風か何かが過ぎ去ったみたいだ。


 哀さんも愁さんも部屋に戻った今、リビングにいるのは兄と僕だけ。

 一階が驚くほど静かなのはきっと、十中八九僕の所為だと思う。

 何か話しかけられてもちょっとした相槌で会話を終わらせてしまうし、何より話すことがないのだ。

 それでも兄は学校でのことをよく話してくれる。だから僕は毎回聞き手に回る。

 それが僕等のコミュニケーション。


「…なぁ、笑也」


「何」


「父さん、いつ帰ってくるんだろうな」











 予想外の質問というか話題、だった。

 まさか今更そんなことを訊いてくるなんて思いもしなかった。

 僕が勝手に一人で焦燥し其れを隠すべくそっぽを向いていると、兄さんがけらけらと笑いだした。


「はは、笑也も父さんが心配だよなぁ…早く帰ってくるといいな…」


 違う。

 違うんだよ兄さん。

 父さんはもう、帰ってこないんだ。


 其れが言えたら、どれほど楽になるだろうか。


 随分と昔に、哀さんのお父さん…僕等を引き取ってくれた日咲さんが電話しているのを見てしまった。

 会話の内容を忘れることはない。




「…何だって…?


 独楽君が、死んだ…?」


 冗談はよせ、と日咲さんは続けた。

 ――死んだ。

 その言葉位、小学生でも、幼稚園生だって解る。

 冗談だろ、なんて笑いたかったのはこっちだ。

 然し日咲さんは深刻な表情のまま受話器を置いた。

 そしてドアの陰に隠れていた僕に気付くと、凄く困惑したような表情で言った。


「聞いていた…かな」


 静かに頷く僕を、日咲さんはそっと撫でた。

 母さん譲りの日本人らしい真っ直ぐな黒髪の上で、手を滑らせるように。


「落ち着いて聞いてね、笑也君」


 嗚呼、言わなくても解ってるのに。



「――お父さんは、もうお迎えに来れなくなっちゃったんだ」



 二度と会えない。

 二度と話せない。

 二度と触れられない。


 たった十年程しか一緒にいなかったとしても、紛れもない”親が死んだ”という事実は、とても一人で背負いきれるものではなかった。

 だけど、日咲さんは二十歳も三十歳も年下の僕に頭を下げてまでこう頼んだのだ。



「頼む、寧妬君には言わないであげてくれ。」



 ――最初は意味が解らなかった。

 それでも次第に、兄さんを壊さぬ為なのだと気づいた。


 こうして僕と血の繋がりを持つのは兄さんだけになってしまったけれど、…だから、僕はこの秘密を兄さんには絶対に漏らさず隠し通さねばならない。そう気付いたのだ。


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Daybreak 朝喜逸夜 @mechita18

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