第2話 センタク

 ハクトと一緒に荷物を整理していると、カバンの中からくすんだ銀色の小箱が出てきた。

ふと、手を止めてその小箱を手に取る。

見た目に反してずしっとした重さを感じる。

耳元で振ってみると金属がぶつかり合うような響く音がした。

何か入っている。

開けたいが鍵穴もなく蓋部分もどこが境目かわからない。

表面には一種の美しさを感じる流れのある幾何学模様。


ああ、そうか、あれだ。

納得がいった。

後ろで荷物を広げながら、なにかを一生懸命に探しているような素振りをしているハクトを見て、

ウィルは近づいていった。


「なあ、遺物って機関に提出義務あったよな」


ウィルの問いかけにハクトは静止する。

下を向いたままこめかみに一筋の汗が流れていった。


「・・・そのとおり」


沈黙の後、一言だけ。


「え、提出せず持ち帰ったら重罪だよな、兄貴に所有許可がおりたってこと?

そりゃあ、兄貴は機工技師の期待の星だけど新人はまだもらえないでしょ」


いまだひざをついて伏せたままのハクトに問う。

すると、ハクトは肩を震わせた。


「・・・ふっふっふ」


どうやら笑っているらしい。その光景は非常に不気味だ。

すっと立ち上がったかと思ったら、満面の笑みでウィルに向き直った。

それにしても不気味だ。


「それが問題なし!ウィルもまだまだ勉強が必要だね!

例外として、機関が価値なしと判断した場合は、所有が認められるのさ!」


してやったりな顔をするハクトにウィルは飛び蹴りを繰り出したくなったが、なんとか抑えこむ。


「ほお、なんで価値なし?」


「それ自体は確かに遺物だとは判断されたんだけど、単体でなにか起動するような物ではなく遺物の破片であり、無価値との判断が下ったよ。まあそう仕向けたのも事実だけどね」


後半部分がやけに不穏に聞こえたがあえて無視した。

遺物のことになると饒舌になるのはいつものことだった。


「そもそも遺物っていうのは・・・」



 ハクトの長ったらしい説明を省くと、

まず遺物とは別称アーティファクトと呼ばれるものであり、

ほかにはオーパーツやら賢者の遺産やらたいそうな名前が多くついている。

その理由は、遺物が同一のものではなく、

各地さまざまな種類が発見、発掘されている。


 遺物について語るには、この世界を説明しなければならない。

簡単にはこの第7次世界「フェルベルディア」より前の文明世界「ユーフェル」の当時の超テクノロジーの遺物、遺産であること、そして、それを利用して現世界は回っている。

ユーフェルの時代から見ると現在の文明レベルは相当低い。

だが、家の水道を例として、生活インフラの多くは遺物を流用している。

そのほかにも当時の使用方法が解明でき、運用ができるとされると生活に組み込まれる。

もちろん遺物の中には兵器も存在するが現在の技術では起動そのものが危険視されている。

基本的にはアルヒミ機関という世界的組織が解析、運用を取り仕切っている。

だが各国のパワーバランスなどの都合上、遺物を独自に抱えている国も多く、

その管理は行き届いていないことが現状だ。



 まあ、ウィル自身もとにかくすごいものという認識くらいしかもっていない。

ハクトはそれに比べ、知識が豊富だった。

それもそうで、ハクトは機工技師の世界資格を有している。


 機工技師とは、遺物を研究開発し利用可能に到達させ、

ものによっては生活基盤として成り立たせたり、運用させたりする研究職だ。

ただそれでも、遺物の機構は複雑で用途がわかればよく、

その内部構造や、原理などはいまだにほぼ解明されていない。

どちらかというと修理に近いのが現状だ。

わかっているのは遺物そのものに独自な言語がプログラムされており、そのプログラムが実行されることは判明している。

そのプログラムを作成したり改変することはできていない。

ただ道筋を修正するだけにとどまっていた。


「まあ、落ち着け。つまりその小箱はただの破片ってこと?」


これまで自分が携わった遺物について話し始めたところで中断させる。


「それで今回も―って、そうだった。

この小箱だけど、どうも気になって無価値として判断を誘導させたんだけど明らかにこの時代の産物ではなく、素材もしくは加工技術からして個人的にはこれ自体で完結しているものだと思ったんだ。

まあ中の言語も読み取れないし、おそらく修復不可能レベルに損失しちゃってる。」


そう言ってウィルから箱を受け取り目の前で凝視する。


「そう判断したのにもって来た理由は?」


 答えはわかりきっているが、念のため聞いておく。

ちなみに機工技師は国家資格であるためその信頼度は高く、

ハクトが言ったらそうなんだろうといった具合に回りは無知なのだ。


「その人をダメ人間みたいに見るのはやめて・・・修復は不可能だと思うけど断片的な解析はできるかなって」


 一瞬ハクトはたじろいだ風に見えたが、すぐに間違ったことは言ってないと開き直った。

そんな兄を見ているとあきらめがつく。


「へいへい、せいぜい頑張ってくれ。」


手をひらひらとさせ、付き合ってられないという感じで休憩のため部屋を出ようとした。


「ウィルの方こそ、あれに変化あった?」


あれ、という言葉に今度はウィルの動きが鈍った。


「いんや、いつもどおり無反応。やっぱ壊れてんだよあれ」


顔はハクトには向けず、ぶっきらぼうに答えてそのまま部屋を出て行った。



 ウィルは自分の部屋へと戻る。

ハクトがあれに触れたので、なんとなく見にきたのだった。

あれとは、両手ほどの大きさで長方形の黒く厚みのある板だった。

それは黒よりも黒く部屋の中で違和感を放つ。

これも遺物だ。世界には似たようなものも存在しており、

起動しているものの多くは映像を映し出すようなもので一般的に端末と呼ばれている。


 ただこれはうんともすんともいったことはない。

これは、有名な機工技師だったウィルたちの父、

ルイノルド・Aアオフガーベ・リベリが残したものだった。


とは言っても亡くなったわけではない。

10年前から行方不明なのだ。まあそれでも亡くなっているのかもしれないが。

ルイノルドは機工技師として名の知れた人物だった。

多くの生活基盤として運用されている遺物は、ルイノルドが解析に携わっていた。


そして、遺物発掘にも力を入れていた。なので家にはほとんどいなかった。

子供であったウィルは寂しい思いをしたものの、親父の跡を継ごうと勉強している兄とよくわかっていない2個下の妹、家事に忙しい母を支えるため、余計な心配をかけまいと努力するようになった。


 たまに帰ってきた時にはルイノルドは嘘か本当かわからない遺物発掘の冒険話をおもしろおかしく聞かせてくれた。

魔物がどうとか、遺物を守るガーディアンとか、はたまたそれ自身が遺物だったとか、

遺物はありえるかもしれないが、魔物はないだろうと子供の頃からわかっていた。

なぜなら今の時代に魔物など存在しないのだから。

せいぜいおとぎ話や伝説にでるほどで、これまで目にしたことはない。

その過程でハクトは機工技師を目指し、ウィルは冒険を夢見た。


だが、父親の話はぱったりとなくなった。

ルイノルドは行方不明との知らせが入ったのだ。

遺物探索の際に、隊そのものが消失した。

もちろん、調査隊も派遣された。

そこは海に面した辺境の遺跡で、今まで何人もそこを訪れたことはあったのだが。


結果は、発見できず。

だが新たに内部に船着場があることが発見された。

どうやらルイノルドたちにより開けられたものらしい。

もちろん船などなかったようだが、


 ウィルたちがそこに向かうことは叶わなかった。

再発する恐れがあるため、一切立ち入り禁止となったのだ。


 それからウィルは冒険の夢はあきらめ、家族のサポートに回った。

もちろん基本的な学は身に着けながら。

家族はめげなかった。

ハクトはそれをきっかけに本気で勉学に励み、史上最年少18才にて機工技師に認定された。

エレニアはより子供を気にかけ、いつもどおりの態度で子供たちに接した。


 それもこれも、あれがあったからだ。

ウィルの部屋にある端末である。

実は一度、遺跡に向かったルイノルドが戻ってきていたらしい。

らしいというのは誰も確実にその姿を見たわけではなく、なんとなくいつもの感じで帰ってきて

エレニアが帰ってきたのだとウィルの部屋にいるであろうルイノルドに声をかけようと扉を開けたが、

そこには誰もいなかった。

そこには端末が一つと父のいつもの匂いが残っていた。


 何か理由がある、ルイノルドは何かを感じ取っていたのだと。

ならば単に行方不明になって死んだりはしないはずだ。あのルイノルドは準備を怠らない。

ウィル達はそれに支えられた、準備をしたルイノルドですら防げなかっただけかもしれないが、そこは考えない、考えたくない。

残されたものに希望を抱かねば、すぐに瓦解するであろう不安もあったのだから。


 それから10年、なんの音沙汰もなく過ぎていき、この端末もずっと無反応。

最初の頃は、子供だったこともあり、希望にすがり生きていたが、ここまで無反応をつらぬき、

国からの有用な情報もないとなると、ウィルはもう父親がいないことを受け入れ始めていた。

生きているならば飛び蹴りでも食らわせたいところだが、ここまで何もないと、もう無理なのだろう。


そんなことを思いながらぼーっと端末を見ていたら、ハクトが小箱を片手に神妙な面持ちで

部屋に入ってきた。


「やっぱり受け入れるしかないのかな」


ウィルの心情を読み取ったかのようにハクトが複雑な表情で話しかける。

ウィルは一瞬驚いたものの、同じ時間をすごしてきたのだから、同じ結論に至るのも道理だと納得した。


「そうだな、まあ別に今こうやって過ごしているんだし、受け入れることも一つの――って?」


一つの選択っと言いかけたところで、ウィルはハクトの持つ小箱に注目する。

その視線に気づきハクトも小箱に視線を移す。


「へ?えっ、なんで!」


それは起動した。

小箱は紫色の薄い光を放ち表面に判読できない文字が浮かび上がり小箱を周回する。


「起動?いや、もしかすると」

ハクトは表情を一瞬にして切り替えると、まじめな顔になった。

そして視線を移し、沈黙を貫く端末に向かう。


「読みどおりなら、共鳴するはず」


端末の上に小箱を置いたとたん、端末に光の文字が浮かぶ。

小箱はその文字を自身で展開している文字に加えていく。

蓋が開くのかと思ったが、そうではなかった。そもそも小箱の形が変わった。

なめらかな球体へと変貌したのだ。

そのまま端末の上に浮くと、光が膨張した。


「きたきたきた!ウィル見てごらんよ!」

興奮を隠せない様子のハクトに呼ばれ、ウィルは光を凝視する。

その顔には笑みが浮かんでいた。


騒ぎを聞きつけたエレニアが何事かと駆けつけた。

彼女は端末が反応しているということだけで涙を流し始めた。

夫の唯一の手がかりがようやく何かを伝えようとしているのだ。

この場に妹がいないことが残念だが、今はまだ学校のはずだ。


小箱、いや球体は光をまとい、直後、光が円形に膨張した。

光の球体は徐々にまぶしさを抑え、その姿を現す。


「これは、フェルペルディアの地図?」


ハクトは、その球体が地図であるとわかった。

そしてある一点が赤い光を灯していた。


「まさか・・・ここに?」


ハクトは信じられないといった表情を見せる。

ウィルもその地点がどこかわかってしまった。


「・・・絶対不可侵領域」


ぽつりとウィルは言った。

その声は震えていたかもしれない。

 

「そんな、まさか、こんなことって・・・なにかの間違いでしょ?」


涙目でその光景を信じられずに呆然とするエレニア、

その目には嬉しさはもうなかった。あるのは恐れのみ。


「・・・なあ兄貴、そもそもこの箱はどこで発見した?」

「南の海上遺跡「リヒトシュテルネン」だよ」


 遺跡、親父が消えたのも遺跡、そして親父は端末を残した。

そして海上遺跡リヒトシュテルネンは絶対不可侵領域と親父が消えた名もない遺跡との直線を結ぶ。

偶然か?いやあの船着場の向きも一致している。図面だけは昔、この目で覚えた。

いる・・・いや、いないかもしれない。だがほかに手がかりがあるか?

罠だとしても、意味があるのか?

所詮あきらめかけていたところだ、こちらには罠をかけられる理由はない。

なら、選択の答えは一つだ。

「母さん、兄貴、・・・俺は行く」

まっすぐ二人を見つめ、強い意思を込めた。

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蒼眼の反逆ガタリ~ウィル~ そにお @sonio

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