蒼眼の反逆ガタリ~ウィル~

そにお

第1話 前譚

 少年はゆらゆら漂っている。

おぼろげな感覚は、そこが夢の中だと感じさせる。

俺は暖かい心地よさに身を任せる。

すると声が聞こえてきた。歌のように流れるそれは、

話しかけてきているとは思わなかった。

あまりに美しい女性の歌声、

いや、問いかけに意識を向ける。

彼女はいくつか質問をしてきた。

「――」

彼女は満足したのか、徐々に遠ざかっていく、

もう少しその声に耳を傾けたいが、

しばらく聞いていると、なぜか胸が締め付けられた。

その原因をさぐろうと記憶を探すが、

そうこうしている内に歌と夢はおぼろげになっていった。



 まぶたにまぶしさを感じ、ゆっくりとその蒼い瞳にカーテンの隙間から差し込むやわらかな光を受け入れる。

光の角度によっては宝石のように光を湛える蒼は一般的には珍しいとされていた。

その瞳を持つ16才の少年、

ウィル・Sゼレ・リベリはゆっくりと体を起こす。

久しぶりにすっきりと起きられたと思ったが、

夢の内容は思い出せない。

つまり忘れるほどの夢だったということだ。

気に留めないことに決めた。


 ゆっくりと体を起こし、軽くきしむベッドから降りる。

内部は木造、外壁は一般的な石作りの家で、

決して広いとは言えない一部屋だが一人なので十分だ。

たださまざまな小物が雑多に置かれ、

狭さを際立たせている。

それは決してごみではなく道具である。

昔から整理をその場その場でできず、

思い立ったら一気に行うのが彼の性格のひとつである。


 ウィルは色あせた茶色い椅子の背もたれにかかる黒い半袖のシャツと7分丈のゆったりとした深緑の風通しの良いパンツを履く。

だいたいいつものセットで寒い時期なら別だが、今は夏に差し掛かる時期なので動きやすい格好と決めている。


 くたびれた白いシャツを脱ぎ、着替えを開始する。

そこから現す体つきはしなやかで自然な筋肉のつき方をしている。

特に鍛えているわけではないが、だらしないと言われない程度には運動するようにしている。


ウィルは部屋にある姿見の鏡を覗きながら寝癖で浮いた黒髪を適当に整える。

そろそろ目にかかりそうなくらい伸びてきたので、切るかどうか悩む。

 まあ、まだいいか。今度母さんに頼もう。

ほっとくことに決めて部屋をでる。


 階段を軽い足取りで降り、料理場の水道の蛇口をひねる。

薄く黒みがかった金属製の蛇口の表面からにじみ出るようにほのかな光がともる。

薄く文字が浮かび上がりそれと同時に水が出てくる。

その現象を気にすることもなく、グラスに水が注がれる。

水を飲み、テーブルに乗った皿の上に小さめの丸いパンがあったので、

手に取り口に加える。

玄関にそのまま向かい、サンダルのような靴を履き、ベルトで足首を固定する。


「さて、迎えに行きますか」

今日もいい天気だ。


 塩香る町「ベハーブ」

海に面するこの町は、小国「イスラ大公国」の重要な貿易拠点だ。

そのため人々は活気に満ちて、さまざまな人種や商人であふれている。

ウィルはこの町で生まれ育ってきた。


そんな中、いつも以上に今日は人であふれている。

普段はそんなに多くない他国からの観光客や技術機関の関係者が

港に訪れていた。

ウィルも港に向かっていた。

港の市場の人を抜け船の発着場へ駆けていく。

すでに一隻の船舶が停留していた。

ほとんどの人はこの船を目的に訪れているだろう。


他に類を見ない大型船。

500人規模の乗員数を誇る世界唯一の船舶である。

そして今日は1年前に本格的に航海に出た船が帰港する日なのである。


 推進部分は船の中心、両側下部についており、従来の船に必要なマストが存在しない。

緊急時用にはマストがせり出す仕組みになっているそうだが、

推進部と機関部のおかげで基本的には風の力を必要としない特殊機構となっている。

そのような構造をした船はほかにない。なぜなら根本的に技術レベルが達していないからだ。

推進部は船から出っ張っており見た目は進行方向を先端に扇形の形をしている。



 それを横目にタラップから続々と乗組員が降りてきていた。

出迎えるのは彼らの家族や恋人が多数で、国の技術機関の人間が白い制服を着て

推進部を眺めている。

文字の浮き上がりや稼動後のチェックを行っているようだ。

その他には、式典のため貴族や同盟各国の大臣等が集まり始めていた。

大公その人は見えないが、出席はしないのだろう。


 船内に残る乗組員たちが少なくなってきたころ、別れと再会の挨拶をひとしきり行い、

大量の荷物を背中に背負い、両手にもパンパンに膨らんだカバンを持ち、

機工技師、ハクト・Vフォアライト・リベリはタラップを背中の重さに耐えながらゆっくりと降りてゆく。

汗と汚れで薄汚れた灰色の作業着を左右にふらつかせつつ、

疲れきって土色に染まりつつある表情だが、丸い眼鏡の奥に映る碧の瞳は爛々と輝いている。

一歩一歩進みながら、そして不気味な笑顔を浮かべる。

最後の一歩を踏み出し無事地上へ帰還する。

やはり地上はすばらしい、と大きく息を吐き久々の地上の空気を堪能する。

肺に空気をめいっぱい含んで吐き出そうとしたとき、

体の横に感じた鈍い衝撃と同時にハクトの視界は真横に高速スライドした。




 ウィルはとりあえず全力で走り、その先にいる大きな荷物を背負った人間に、

横っ飛びで両足に全体重を乗せた重い蹴りを炸裂させた。

対象はそのまま進行方向にスライドしたあと次第に体を地面へと乱暴に着地させ、

きれいに磨かれた石床を滑っていった。


 何が起こったか理解できず横になったままのハクトに追いつき、

太陽の光を存分に受けて立つ。


「よっ、おかえり兄貴」

右手を軽く上げさわやかな笑顔で兄の帰りを喜んだ。


「た、ただいま」

首をかろうじて動かし視界にウィルを捉えたハクトは、

帰ってきたことを改めて実感した。

ハクトが立ち上がる間に、彼が両手に持っていたカバンをウィルは持ち、

一緒に家路へ向かった。



家につくと、母親が帰ってきていた。

エレニア・Fファタリテート・リベリは、

朝市で買ったのであろう新鮮な魚と野菜を料理台に置き

調理を始めていた。


「母さん、ただいま」

「おかえり、ウィル、ハクトは?」

調理の手を止め、エレニアは顔を向ける。


エレニアは、調理中のため後ろで一本に縛っているが腰まで届きそうな少し抑え目の長い金髪で、

さらさらストレートヘアである。

碧の大きくぱっちりとした瞳でまっすぐ見つめ、その微笑みは優しく彼女の息子に

向けられている。今はもう40過ぎだが若い頃から活動的だったエレニアは今となっても

肉体的な衰えは目に見えず、スタイルは未だ良いといえるだろう。

それでも口元にはしわが見て取れるのだが、ささいなことだ。


ウィルに遅れて、疲労困憊のハクトが顔を出した。

母の顔を見て安心したのか今年20才を迎えた彼は今までの疲労が抜けたのか

血色が少し戻ってきたようだ。

「ただいま、任務を全うしてきました。」

ハクトはうれしそうにはにかみながら母親に帰宅を伝えた。



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