chapter1-fin

気を失っていた樹は精神的な疲労のせいで、外傷が大したものではなかったが一昼夜眠り続け、意識が戻ったのは翌日の夕方だった。

樹が目を開けると難しい顔をした原平がこちらを見つめていた。


「気が付きましたか」

「あ……僕は」

「寝ていてくださいねェ。今医者呼んできますから」


原平は樹との会話を避けているようだった。

助かったと言えど昨日の事も、そしてこれからの事も何一つとして話して前向きになれる事などないのだから、仕方がない。


「あ、あの」

「……なんです?」

「裕也は、その、あの怪物は殺されたんですか?」

「……あの男共々殺す気で攻撃を仕掛けましたが殺せませんでした。本当にあの怪物があなたのご友人かは、散らばっていた肉片を解析して調べている所ですがねェ」


死んでいない、との言葉に樹は複雑な安堵を覚える。


「……全ては私の責任です。あなたはその身体がため軍属になる定めとは言え、あの時私は相手を見くびり、油断していた。あなたを連れて行くべきではなかった」


一度立ち上がった原平はベッドの横の椅子に座り直し、手のひらで顔を覆う。

彼女も若くして軍の高い地位についている人間だ。

しかし歳は樹と比べても十ほどしか変わらない。

普通に生きていれば、やっと社会の事を知り始めて、責任や覚悟などとは程遠い場所で生きられたのだろう。

しかし、彼女は職務を全うし、あの事件の死傷者を最低限に抑えたであろうにも関わらず、それでも自分を戒め、ひいては樹個人に対する責任まで感じている。

この先十年にどれだけの経験をすれば彼女のように強く生きられるのだろう。

その苦労は想像に難くないが、今の樹にはとても彼女がうらやましかった。


「樹クン、あなたの配属は追々考えましょうかねェ。私の部隊に入ってもらうつもりでしたが、こうなってしまっては仕方がありません」


樹は幸せな環境に恵まれながら、この身体のせいでまだどこか自分は不幸なのだと思い込みたがっていた今までの自分が恥ずかしかった。

しかし、原平を見ていて今自分自身の中にある覚悟は、彼女に打ち明けるのに恥ずかしくないものなのだと、その決意を固くさせた。


「原平さん、僕、戦います」


弱く、小さな声。だがしっかりと、その声は原平に届いた。


「上手く言えないけど、この身体だから出来る事があるんじゃないかって。この身体に生まれた意味とか。それに、裕也もきっとあの身体になって力を使う事を良く思っていないと思うし」


しどろもどろになりながら喋る樹に、原平は少し微笑みながら近づき人差し指でその言葉を止めさせた。


「子供が難しい事考えるんじゃねェですよォ。好きだから止めたいって言えばいいんですよォ」

「そ、そんな……!」


耳を赤くしながら俯く樹、その初々しさに、曇っていた原平の気持ちも少し晴れたようだった。


「そうと決まれば早く退院手続ですねェ。士郎のおっさん呼んでくるんでゆっくり寝ていて下さいねェ」

「あ、原平さん」

「ん、なんですかァ」

「一つ、お願いがあるんです」


そう言うと、少し恥ずかしそうに耳打ちをする。その内容に、原平は思わず吹き出しそうになるが、『これは樹なりの決意の証拠なんだな』と笑う事を止めた。


「わかりましたよォ。身体的メリットはないですが、上の連中黙らせるのは一番得意な仕事なんでねェ」


機嫌よさげに立ち去った原平は迅速に手続きを済ませ、翌日には退院が出来る運びとなった。

病院で一人の夜、やはり樹は少しだけ泣いた。

しかし、今日だけはそれをいけない事だと思うのはやめにした。

大義名分や大それたことなど一度全部忘れてしまって、泣き疲れて眠るまでこそこそと泣いてしまう事にした。




「――先日の痛ましい事件では我が校の生徒にも……」


表のニュースでは、あの事件はテロリストの犯行であり犯人は逮捕されたとして処理されたらしく、樹の通っていた学校も一週間ほどで通常授業に戻っていた。

しかし、その生徒の列に樹はいない。


「さァ、行きましょうかァ。樹チャン」

「い、今まで通りでいいです。慣れませんから」


ある軍事施設の一角に、原平と樹の姿があった。


「女が髪を伸ばすのは男のためって言いますもんねェ」


あの時、彼女が原平に願ったのは、長い髪だった。もう普通の生活には戻らず、その身体を偽らず生きていく。

その覚悟と、彼女の裕也に対する感情が、背中まで垂らされたその髪に表されていた。

そして、腰から下げた真剣と、目に宿った力強さが、確固たるものだと示している。


「待っててね、裕也」

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Inside and outside 島田黒介 @shimadakurosuke

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