chapter1-7

響き渡ったのは、鈍い金属音。

その刃は、間違いなく樹の肩に命中していた。


「ほう……面白い身体だ」


切り裂かれた肩から覗くのは、血でも肉でもなく、金属の骨組み。

樹は痛がる様子もなく、エクティスの顔を見て、優しく笑った。


「久しぶりに一本取られちゃったね。やっぱり僕も修行が足りないなあ」


「裕也、僕、君にずっと隠してた事があるんだ。驚くかもしれないけど、ずっと君に言いたかった事」


「僕の身体が見ての通り機械だっていう事と、……僕、本当は女なんだ」


「信じられないでしょ? でも本当なんだ。僕はお腹の中にいる時、とても産まれてこられるような形をしていなかったんだって。でも、父さんと母さんは、僕の事をどうしても助けたかったんだって」


「そこに国の偉い人がこの機械の身体をくれて、僕は産まれてこられて、兵士として、男として育てられた。嘘みたいだけど、ちっちゃい頃から何度も病院には行ってたから、身体の事はもちろん知ってた」


「でも、その手術が原因でお母さんが死んじゃって。僕はこの身体が嫌いで、人と喋るのがどんどん得意じゃなくなっていった。父さんはそんな僕に、道場に行くことを薦めてくれた」


「最初は嫌だったけど、剣を振るうって事がすぐ好きになった。父さんは強くなればなるほど笑ってくれたし、友達もいっぱいできて。まだ弱かった僕に一緒に強くなろうな、頑張ろうなって言ってくれた、裕也もそこにいた」


「こんな化物みたいな身体でも、生きてる意味があるんだって思わせてくれた」


「そんな君が……僕はずっと……」


「ねえ、返事をしてよ。さっきのはこの身体だから刃が止まったんじゃない。君は僕を殺せたのに、君がそれを止めたんだよ」


「まだ生きてるんだよ、人間なんだよ! ねえ裕也!」


その叫びをかき消すようにエクティスと男の後ろで突如爆発音が響き渡り、瓦礫が飛散し粉じんが舞い上がる。それと共に二つの人影が動いた。


「要救確保! 退避!」


一つ目の影が囮として男に斬りかかり、二つ目の影が樹を抱きかかえ、瞬時に離脱する。


「目標甲乙に向け、全隊斉射!」


原平の声が響くと同時に銃弾と砲弾の嵐が浴びせられる。

その一帯にあった木々やガードレール、死体さえ全てが灰燼に帰すのではないかという熱量が彼らに叩きつけられる。

舞い上がる砂埃で、彼らの姿は見えなくなってしまった。


「全員密集隊形! 敵は空間を移動する、全方位からの不意打ちに注意せよ!」


原平のふざけた口調と作り笑いは消え、鋭い眼光で目先の敵を捉え、号令を叫んでいた。

声と共に先ほどの二つの影や、どこから現れたのか数人の手練れと窺える兵が素早く一か所に集う。

男の力から解放されたらしく、そこには士郎の姿もあった。

やがて砂煙が風で流され始めると、原平の警戒をあざ笑うかのように男とエクティスが一歩も動かずその場に立ちつくしている姿が浮かび上がってきた。

エクティスの体にはいくつも致命傷と思える傷を受けていたようだったが、そのどれもがすでに再生を始めており、苦しんでいる様子もなかった。


「これで終わりか? 人間」


男は全くの無傷だ。衣服に汚れ一つ見当たらない。


「あれで無傷ですか……あなたァ一体何者です?」

「ここまで歓迎されて名乗らないわけにもいかないかな。私はルシフ、これからしばらく貴様らの敵となる者だ」


ルシフと名乗る男は、この状況を楽しんでいるのか、馬鹿にしているのか、気取った素振りで笑う。


「あなたァ、守りは堅いようですけど大した火力は持ってないでしょう。今まで私達を殺すチャンスはいくらでもあったのにあなた自身は何も手を下しちゃァいない」

「ふん。まあ正解と言っておこうか。私はただの非力な研究者だからね」

「今ァこの地には世界最強の一個小隊が集結しつつあります。そして私達もろとも何百発とミサイルを撃ち込んでここら一帯を灰にする準備もね。この日本と全面戦争やりあおうってんならァ、買ってやろうじゃねェですか」


原平の言葉は嘘ではなかったが、それが相手に通用するかなど、全ては憶測によるものでしかなかった。

相手の戦力も正体もわからないが、しかし世界最大規模の日本軍が通用しないのであれば、それは人類の太刀打ちできる相手ではなかった。


「それは私の決める事ではなく、私の契約者が決める事だがね。そこまで退いてほしいと言うのであれば、今日は退散しようじゃないか。そこの機械人形をこちらに引き入れられなかったのは残念だが」

「……わかりませんねェ。ハッタリってわかってるんなら何故殺さねェんです」

「……あまり語りすぎると戯曲はつまらなくなるものだ。今は状況に甘えておきたまえ」


そう言うとルシフとエクティスの姿が陽炎のように歪み、忽然と消え去った。

原平は握りしめていた無線機を地面に叩きつけ、兵たちも抗いようのない脅威の出現に浮かない顔をするしか出来なかった。

死者百八十六名、負傷者十一名。人類の長い戦いの火ぶたはこの敗戦を以て切って落とされた。

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