故郷礼讃
清水円
信濃の国
♪
海こそなけれ
小学校か中学校時代を長野県で過ごした人ならば十中八九歌える、長野県の県歌「信濃の国」の1番である。とは言うものの、教わった時分が具体的にいつなのか、恐らく教師にではあろうが、いったい誰に、果たしてどんな時に叩き込まれたのか皆目覚えていない。しかし歌えと言われると、あら不思議。うろ覚えかと思いきや、蓋をあければ実に正確な旋律を紡ぎだ出せるのである。
ちなみに本当は6番まであるらしい。だが、さすがにそこまでの県民愛を示すには至っていない。
さて、頭に染み付いたこの曲だが、どこか分からぬ初心に立ち返って一つ味わってみようではないか。
出だしに“十州”とはまた大きく出たものだ。私の知る校歌の中の一節に「日の本の国の真なかに」と盛大に謳っているものがある。地理的には間違いではないし、多少のことはご愛嬌で許していただきたい。しかし現在の都道府県制度において8つの県に隣接し、事実その数は日本一を誇る。社会科のテストの常連である。そう思っているのは私だけかもしれないが、常連である。
“松本、伊那、佐久、善光寺”とあるように長野県は縦に伸びた全体を4つの地区に分けてそれぞれを認識している。
まずは上から「
ところで長野県は比較的広大な地であり、自分が属する地域以外の事情に疎い傾向がある。(否、私だけか。)そんなわけで今回は私が高校までを過ごした
前述の通り旅行ガイド本なんかに載るくらいには知名度のある観光地だ。中学校の最寄であり自宅から徒歩30分の最寄駅には連日大きな登山リュックを背負った観光客が中継地点として利用し、旅館の送迎バスがひっきりなしというには
「でも、それだけでしょ?」
しかし、この何もないことがいかに贅沢なことか、故郷を離れて暮らすようになってから思い知らされたのである。
見渡す限りの空と山と畑。遮るもののない広い広い、視界。
春は少し遅めの5月頃に訪れ、桜の花を咲かす。4月、小学校の入学式に「♪さーくら咲いたら一年生」と元気良く歌っていたが、当の桜はまだ蕾だったので「あたしら一年生じゃないね!」などと屁理屈にも似たことを言い合ったものだ。
夏には爽やかな風が吹き、田植えが終わって水の張られた田んぼには、梅雨の蛙の大合唱を経て、溢れんばかりのおたまじゃくしが現れる。「避暑地とか言うけど十分暑いよ!」などと戯言をほざいていたが、朝晩のなんと涼しいことか。東京をコンクリートジャングルと命名した人に拍手を送りたい。長野は避暑地だ。
秋は少し短いけれど、黄金色の稲穂が頭を垂れると呼応するように山が赤や黄色に色づき始め、実をつけた柿や栗の木に出会うことができる。帰り道にこっそり頂戴して、渋柿に顔をしかめたものである。(本当によだれが止まらないほど渋いので、皆様お気をつけあれ。)
冬はお待ち兼ねの雪が降り、犬さながらに駆けずり回ってふかふかの雪と戯れるのが楽しくて仕方がなかった。誰も足を踏み入れていない、まっさらな雪の田んぼに大の字に飛び込んで人型を作ったり、逆に踏み固められ凍った道をスケート場にして遊んだ。しかし、時には仁義なき雪合戦が繰り広げられるので、流れ弾にはご用心。鼻血の鮮やかな赤で白い雪を染めることになりますよ。
便利な交通機関も発達していなければ、大きな映画館も、大きな遊園地も、話題のおしゃれなお店もないけれど、愛すべき自然と思い出の詰まった故郷に勝るものはなし。何もない豊かさを、是非ご堪能くださればこれ幸いと鼻を高くする所存でございます。
故郷礼讃 清水円 @Mondenkind
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