【見下ろす星空と見上げた夜空】

恋和主 メリー

【見下ろす星空と見上げた夜空】

 自分の住む街も好きだ。それでも連れ出して欲しかった。白馬の王子様に、自由な世界に――――


 日本でも指折りの夜景の美しい街。それが私が毎日見下ろしている世界。大阪湾を取り囲むように高層ビルが立ち並び、山並にひしめく家々も一晩中競り合うように光を放ち、地上の星や宝石箱と称されるのも納得だ。

 それにこの街はよく整えられている。大きな震災に見舞われせいもあり、この甘い香りが漂う多々の通りは綺麗だし、利便性から次々と新たな家も建ち、テーマパークの様に整えられていく。それでも風情や情緒がここから消えることはない。特に阪急マルーンと呼ばれる小豆色に近い色をした電車はその象徴と私は主張する。マルーン色の電車と季節によって色を変えていく山並は高級店のデザートの様に美しい。けれど、年々と街から自然が削り取られていく現状は受け入れがたく思う。だからといって私にできることなどないし、その新たに作られた建物もこの街の飾りとなっていく。私自身もこの街のとある家庭のパーツとして埋め込まれているように……


 春になるとここは桜の名所へと姿を変え、よく整備された川原に見事な桜並木を作り出す。それもとても好きな景色の一つ。毎年友人と並木の下を歩いたものだ。

 けれど一人、二人と同じ場所を歩いた友の姿が消える度に考えていた。私もいつかは街を離れ知らぬ土地で桜を見る度にこの場所を思い返し、誰かに話すのだろうと……でもそんな日は訪れず、私は独りきりで桜並木を歩く。


「お母さんの言う通りにしていれば大丈夫よ」


 臆病な私はそんな呪いの言葉に逆らうことなんてできず、独りきりになってもこの綺麗に作られた街に捕えられていた。それが一年、二年と年数を重ね、呪縛は重たく苦しく、パーツであることが幸せと思っても今日を生きることも難しい。それでも街は綺麗でこの夜景も嫌いになることができず、もう全てを諦めようとしていたとき――――私を呪う魔女が、母親が倒れた。


 長期入院を余儀なくされた母。生まれて初めて自由が降ってきた。でも自由の使い方を私は知らず、いや純粋な恐怖だ。恐かった。だから他力本願に願った「自由な世界に連れ出して」と。願いは一人の男に聞き届けられ、男は初めにいった『自分の足でここまで来い』と。私はずっと待っていたのに。ここまで自分を連れ出してくれる人を。

 でもこのチャンスを逃したら私は親の呪縛から、ここから抜け出すことはできないと本能が告げる。だから信じた。不確定な王子様でも。


 初めて見る駅の景色に様々な恐怖が駆け巡る。逃げ出したいと思った瞬間、信じた相手は現れた。もちろん白馬じゃなかったし、心優しい王子様でもない。ボロボロの薄汚れた白い車に乗った、自分が日本のど真ん中に住んでいるから自分が日本の中心だとでもいうような自分勝手な気分屋の男。

 彼の住む街は大きな河が流れていて、空が広かった。自分の街の空は元々狭いとは感じていたけれど、彼の街の空は本当に広く遮るものは何もない。茜色に染まっていく空と緑の田畑。時々立つ鉄塔がむしろ田舎感を増幅させた。全てが新鮮で空気の味さえ違う。

 そんな真新しい感覚に目を輝かせる程、茜色の空が夕闇に変わる程、自分に仕込まれた呪いが首を絞め囁くのだ。「なに、勝手なことをしているの?」と母親の声色で。身がすくむ。どんなにこれは自分の錯覚だといいきかせても、夜が闇が私の心を恐怖で絞め殺す。やっぱりここに来たことは間違いだったのかもしれない……景色を見る余裕もなくなり俯きかけたときだ。気分屋な男は本当に自分勝手に私の中の呪いも闇への恐怖もアルミ缶を片手で潰す様に簡単にゴミ箱に投げ捨て、これが自由だというように車を走らせる。それはまさに望んでいた王子様の姿だった。

 自分の街とは違う、暗闇だらけの街は今まで出来る限り明るい光が美しいと思わせていた私の概念を覆す。さらに私の王子様は自由は底無しでシンデレラの魔法もとける様な時間、どこかの歌詞の様に突然立ち上がり言ったのだ。


『星を見に行こう!』


 連れて行かれたのは彼の街よりもさらに山の奥、街灯の一本もないような峠道。数時間前までなら恐怖で車を降りることもできなかっただろう。でも“彼がいる”その安心感だけで闇の中に足を沈めた。

 一歩先も見えないような暗闇で彼は無邪気に笑う。まるで自分の功績の様に夜空を満天の星空を指差して。

 自分が毎日目にしていたものとは全く違う淡く、今にも消えそうで、なにも照らせない。けれど、確かに輝き煌めく宝石箱以上のものが広がっていた。今まで一度も見たことのない景色。そんな灯りはどんなに部屋を明るくしても照らせなかった心の暗がりに光を灯していく。

 「流れ星!」とはしゃぐ私に『早く願い事叫べ!』と彼は急かす。でも、私は願いを叫ばなかった。それは“またこの星空が見たい!彼と”というものだったから――――


 覚めない夢が、明けない夜がない様に別れの時間は早い。


『一歩目が踏み出せたなら、二度目は簡単だ。俺はいつでもここにいる』

 自分勝手な王子様はやっぱり迎えには来てくれない。でも玄関の鏡に映りこんだ自分の顔は昨日までとは違って星が瞳の中で輝いてるようで、私は変わったと思う。一晩の事だったけれど、強くなろうと上を向いて歩くように努力した。何事も恐怖せず進める様。

 最後に王子様は魔法をくれた。『頑張れよ』という言葉と首筋への口づけ――そのときからそこに触れると勇気がでた。だからそのときは気付きもしていなかった。これが新たな呪いで、彼は王子などではなく“魔王”だったということに……

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【見下ろす星空と見上げた夜空】 恋和主 メリー @mosimosi-usironi

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