七 霜丘
息が、白く舞った。
町の北側にある、小さな丘へと足を運んでいる。
小さな丘とはいっても、歩けば山道である。老いた脚にこたえる道ではあったが、
左右に
玄馬は、布で額の汗を拭った。
家を出たときは町なかを乾いた風が吹き抜け、通りには
冬らしい、晴れた日が続いている。次に降るときは、雨ではなく雪だろう。穂香は、雪が降るのを楽しみにしているようだった。引き取った幼いころから、それは変わっていない。
領主だった田所は、投獄された。いまは別の任地から、一時的に国が選んだ者が来て、代役をこなしているようだ。
約竹祥太は、薬店を畳んで姿を消した。囲っていた女が三人いたらしく、また別の騒ぎも起きているらしかった。
時々、谷口が状況を伝えに来るが、いまの玄馬にとってはどうでもいいことだった。騒ぎそのものも、すでに遠いことのように思える。
樹間に、頂上の様子が見え隠れしはじめた。
穂香に持たされた握り飯を途中で頬張り、一人でここまで来た。ひと月が経って刃傷はすっかり塞がっている。冷えこみの激しい日は痛むこともあるが、歩けないような痛みではなかった。
樹の陰に残る霜柱を踏み、並ぶ墓のひとつに歩み寄る。
十年間、ここを訪れることは一度もしなかった。ただ黙って、墓石に刻まれた名を見つめる。こうして墓を見るのも、はじめてだった。
進むべき道を見失っても、
倉岡。若いころから
穂香が七歳のころに、倉岡の腹のなかにできた病。手は尽くしたが、どんな薬を試しても病を取り除けなかった。
幼い穂香のためにも、自分は生きなければならない。倉岡は、玄馬の顔を見るたびにそう口にしていた。
お前は、一生を思うように生きられたのか。心のなかで問いかける。答えはない。夢に現れる倉岡は、いつも穂香を頼む、とだけ言ってきた。穂香にはいい亭主も見つかった。これからはもう、玄馬の夢に現れることはないかもしれない。
墓は綺麗に手入れされていた。穂香は、数日置きに足を運んでいる。名前はわからないが、薄紫の花も
脇にさげていた包みを解く。冬の弱い陽射しのなかでも、それはまばゆく光を放った。
倉岡真一。その墓前に、短刀を置く。倉岡。お前が望んだ、病を切り取る短刀だ。
どれほどの歳月を費やしたのか。倉岡が死んで、もうすぐ十一年になる。ようやく、満足のいくものができた。
お前のために、医術師の言う短刀を砥ぎあげる。それが、倉岡とかわした最後の言葉だった。その日の夜、穂香は一人で父親の最期を看取ったのだ。
死んだ者にしてやれることなど、なにもない。
倉岡は死んだ。それでも砥ぎ続けるのはなぜか、玄馬にもはっきりとした理由はわからなかった。それでも、友との約束だった。
玄馬は短刀を砥ぎあげたときに、刀身に映る自分の顔を見て、はっとした。
死んだ者のためになにかしてやろうとすることは、自分のためにすることとほとんど同じだった。そのことに気づいたのだ。
腰にさげてきた酒を、ふたつの器に注ぐ。淡い色の器に、透き通った
盃をひとつだけ持ち、逢英霊教の作法に
「我が
一度、盃を額の前に持ちあげてから、口をつけた。
呷った酒は、肚の底のわだかまりを灼き、染みこんでいくようだった。
頭上で、笛のような音が響く。
見あげると、晴れた空に一羽の
砥石に語りて hidden @hidden
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