招きネコの城の招かれざる客。

ボンゴレ☆ビガンゴ

招きネコの城の招かれざる客

 おい、そこの娘。

 こんな夜更けに我が城に訪れるとは、要件次第では生きては返さんぞ。

 どうした、フラつきよって。

 なるほど。酒に酔って迷い込んだ口だな?


 ふはは!

 なんと愚かなことよ。吾輩の城にそのような酩酊状態で現れるとは!

 おいおい、どこを見ておる。阿保ほど頭を振りおって。吾輩はここだ。目の前にいるではないか。

 何を蝋人形のように固まっておるのだ。まぁ、お主のような小娘では吾輩の姿を見て驚くのも無理はあるまい。

 そう、吾輩は猫である。勿論、ただの猫などではないぞ。

 吾輩は六百年にも渡り、この土地を支配してきた化け猫の王!

 ……おい、聞いておるか?

 何? 飲み過ぎで気持ち悪い? 吐きそう?

 ちょっと待て、おい待てって、馬鹿、ここで吐くな、あっちいけ!

 動けない? 仕方のない奴だ。ほら手ぇ貸してやるから、頑張って歩け。排水溝の所まで。

 そうそう。

 よーし、よく頑張った。

 さ、遠慮なく吐け、そう吐いちまえ、おしおし、背中さすってやるから。

 大丈夫大丈夫、よしよし。

 どうだ?

 気持ちは落ち着いたか?

 全く、飲み過ぎには注意しろよな。

 ごほん。

 では、改めて……


 ぐはははは。吾輩こそ、この世田谷城跡地豪徳寺一帯を支配下におく化け猫王の……って何?

 ……今日で仕事を辞めちゃった、だと。うむ、それは大変だろうが、吾輩の話をだな。

 ……セクハラ上司にお尻触られたから、ぶん殴ってやったらクビになった?

 そりゃ災難だったな。そんな男の風上にも置けん奴はぶん殴ってやって良い。辞めて正解だ。

 ……って、人の話を聞けぇ!!

 ん? なんだって? 人じゃなくて猫じゃないの、だと?

 五月蝿い!!揚げ足を取るんじゃない。

 ん?なんだ、まだあるのか?

 なんだ言ってみろ。

 化け猫なのに尻尾が二つに分かれてないって?

 あほ、尻尾が二つに分かれてるのは猫又。吾輩は化け猫。似て非なるものだ。

 って、そんなことはどうでもよい!

 吾輩こそ、この豪徳寺一帯を支配する豪徳寺玉三郎である!

 違う違う、ぱちぱちぱちって拍手するんじゃない、恐れるとこ、怖がるとこ。

 ……可愛いからたまちゃんって呼んもでいいか、だと?

 よくない! 貴様とは初対面であろう。 それなのにで突然、愛称で呼ぶってちょっと早いのではないか。そりゃ長い付き合いの奴にはたまちゃんって呼ぶ奴もいるが、吾輩だって初めて会う娘に突然タマちゃんなんて呼ばれたら少し照れるし、まずはキチンとお互いの事を知ってから徐々に親密に……って、おい!

 話が大幅にズレておる!

 なんだお主、全然吾輩の事を怖がっておらんじゃないか。普通、喋る猫なんて出てきたら腰抜かして、はわわわわって後ずさりするのがお約束だろ。

 ……アニメや漫画で喋る猫はいくらでも出てくるから、あんまり驚きがない?

 何この娘の神経の図太さ、まるであいつみたい、直孝ちゃん。

 え? 何? お主、知ってるの?

 井伊直孝の事を知ってるの? なぜ?

 日本史が好きだった? 

 あ、そうなの。へえ、直孝ちゃん有名になってたのか。知らなかったなぁ。

 四、五百年前の事だったと思うけど、吾輩の根城であるこの寺に、のこのこ現れた間抜け者がいてな。大木で雨宿りしていたのだが、その大木に雷が落ちる予感がしたので、慈悲深い吾輩は男を寺に引き込んでやったのだ。

 案の定、奴が雨宿りしていた大木に雷が落ちた。それで男は吾輩に大層感謝して吾輩の家来になったのだ。その男こそ、江戸時代の譜代大名で上野白井藩主、近江彦根藩第2代藩主の井伊直孝というわけだ。

 ちなみの今の話が世に出回ってる「招き猫」の元になった逸話でな。吾輩のその時のポーズを模した人形なんぞよく見かけるだろ。福を招くイケメン猫。あれのモデルが、吾輩ってことみたいだ。どう? すごいでしょ。

 すごいでしょって。聞いてる?

 なんだお主、人がせっかく懐かしい話をしているというのに俯いてどうした。泣いてる……のか?

 なんでなんで、今の話に泣くタイミングなんてないだろ、なんで泣いてるのだ。

 ……彼氏にフラれて仕事もクビになって、私これからどうしたらいいの、って。

 おーいっ! お主、全っ然、吾輩の話聞いてなかったのかよ。

 やかましい、もう泣くな!

 泣いたって仕方ないだろう。

 ……何? 私はもうだめだって?

 何を馬鹿なことを。お主はまだまだ若いではないか。何度だってやり直せるぞ。

 ……独身女として孤独死する未来が見える、不幸すぎて生きてる意味なんてないから死にたい、だと?

 こらこら、お主、せっかくの命を無闇に捨てるでない。

 わかったよ、仕方ないな。こんなサービス滅多にしないのだが、特別に『福』を呼んでやるから自殺なんて辞めろ。自分の寝ぐらで自殺なんかされたら目覚めが悪い。

 何だ、ぽかんとした顔をして。

 さっきも言っただろ。吾輩は福を呼ぶ偉大なる「招き猫」様だぞ。お主に『福』を与えることなど朝飯前だ。

 さぁ吾輩の前に立て、そうだ。目を閉じて頭を垂れろ。

 よし、そのまましばらく待て。念力を送るからな。


 ……。


 よし。頭上げていいぞ。

 そんなに自分の体を確かめるように触らんでいい。肉体に変化はない。いや頭も別に良くなったりしないからな。

 じゃ、なんなのかって?

 吾輩はお主のこれからの人生に多くの『福』が訪れるようにした。それはお主が『福』と感じることができれば『福』になるものだ。

 だが、もし『福』だと気づかなければ過ぎていくだけだ。

 お主は自分自身の身に降りかかるものの全てに気をくばることだ。その中で『福』を見つけることができればお主は幸せになれる。

 福を手に入れるかどうか、それはお主自身にかかっているのだ。しっかり生きて幸福を掴みとれ。

 ……どうした? 聞いてる?

 まとめの所だからさ、ちゃんとしよ。

 なんか上の空だけど、っておい、嘘だろ!また吐くのかよ!

 うわぁ、ちょっとかかったよ!

 娘! 吾輩だってしまいにゃ怒るぞ!

 くそ、招き猫の吾輩が何故こんな不幸に見舞われる!

……降りかかるものを『福』と思うかどうかは自分次第だって?

 うるさい!


 完 

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