03:夏祭り
今は、親父、優子さん、春彦、俺、真子、愛海の6人家族で家に住んでいる。ようやく、二人きりの不自由な生活からおさらばしたってわけだ。
でも、まぁ、結婚したんだから、けっきょく将来、二人だけで同棲することになるんだよな……。
なんだか、皮肉な話である。
「でも、二人が仲が良いから、私たちも再婚……というか、再々婚? できたのよねー。二人には感謝しなきゃ」
と、優子さんが言う。
去年の6月、いったん離婚した親父と優子さんだったが、じつはまた結婚している。一瞬の間に離れたり、元の鞘に収まったりと、子どもとしては面倒くさいことこの上なかった。
俺が真子を誘拐した夜、衆人環視の中で真子にプロポーズなんてしてしまったが……。
どうも、あれを見て感化されたようだ。親父と優子さんは、再び愛情を取り戻したとのこと。本当に、頭が単純だなぁ……。
美佳さんが帰ってきて家に7人もの人間がそろった後、ふと優子さんが切り出した。
「ねぇ夏樹くん真子ちゃん。今日は確か夏祭りよね。二人で行ってきたら?」
「え、でも、愛海が――」
「大丈夫よ、私たちが見ておくから。ほら、若いんだから楽しまなくっちゃ」
「はぁ……それもそうですね。じゃあ、ありがたく」
齢一歳を超え、すでに歩けるようになった春彦が愛海のベッドに体当たりしているのを見ると、少々不安もあったが……素直にしたがっておくとしよう。
「じゃ、真子どうするー? 祭り行くかー?」
「ええ」
ちょうど、階段から真子が降りてきた。その姿を見て、俺はハッとした。
なんと、着物だ。薄い桃色の生地に、桜の刺繍がなされている。
「実は、はじめから行くって決めてたの」
……なるほど。用意周到なことである。
祭り会場は幸いかなり近くだったので、歩いていくことができた。
高校の期末テスト前にやるというのも、なかなか学生泣かせなイベントだが、しかしそれにしては人の出は多かった。
俺はかばうように、真子の肩に手を置く。
「大丈夫か? 疲れてるんじゃ」
「平気。このくらいは、ちょうどいい運動よ」
真子は、心底きげんがよさそうだった。あぁ、それにしても、さっきの睨みつけは怖かった。ヘビかよ、と思いたくなる。
「……いったい、何を考えてるのかしら」
ぎゅうぅっ! と、太ももの肉がつねられる。
「イエ、ナニモ、カンガエテナイデスヨ」
「どうしてカタコトなの」
「いや、本当になにも考えてないって。失礼なこととか何も考えてないからっ!」
「……とりあえず、信じておくことにするわ」
真子は、髪の毛をいじった。手首にかけた風船ヨーヨーが、ぽよんと弾んだ。
「どうしたの?」
俺の視線に、真子は気づいたらしい。
「これが、そんなに珍しい?」
「いや、真子がこういうの好きって、意外だなぁって……。あ、でも、意外でもないか。魔女っ子コスたくさん集めてるくらいだもんな」
「子どもっぽいってこと?」
「いやいやっ。また~、そんな悪いほうにとるー」
「風情があって、いいと思ったの」
真子は、背中を俺のお腹に押し付けてくる。さらには、後ろ手に、両手をつないできた。
竹馬をしているみたいに、真子の足を一歩一歩押して歩く。これじゃ、真子をどこかに運んでいるようなものだ。
「ちょっと、歩きにくいんすけど……」
「我慢しなさい」
くすっ、と真子は笑った。
道沿いには、いろいろとお店が並んでいる。ざわざわと通り過ぎる祭り客の声や、提灯のぼんやりとした灯が、どことなく華やかだった。
「で、なんか食う? 何がいい?」
「そうね……あれがいい」
真子が指差したのは、チョコバナナの屋台だ。
ということで、真子を一歩一歩押していく。そんなのろい歩みで道を横切ったら、軽く交通の邪魔になっていた。
「おいっ。みんなの邪魔になってるじゃん。自分で歩けないのか、真子さん」 「大丈夫、みんな避けてくれてるじゃない」
どうも、俺たちを避けて通り過ぎていく人たちは、みんな苦笑いしている気がするのだが気のせいだろうか?
「おいおい。これ絶対、『うわ~、あのカップル、ベタベタしながら歩いてるよ。ウケる~!』とか思われてるぞ!?」
「お祭りの日くらい、みんな許してくれるわよ」
「……ま、まぁいいけどさ」
邪魔と言っても、事故るレベルではないので、そのまま道を行かせてもらうことにした。
始終、真子の後頭部やくびすじ、背中が目に入ってくる。
「でも真子さ、この着物すげーキレイだな~」
「そう? 良かった。いつ褒めてくれるのかって思ってた」
真子と俺は、同時に笑った。
「それは、祖母のものなの。母も学生時代着ていたそうだし。昔から、大事にしているの」
「え? そ、そうなのか。そんな伝統のある……」
じゃあ、どっかにひっかけてやぶけたりしたらまずいよな。と、歩くのがさらに慎重になってしまった。これじゃあ亀だ。
「ウソよ。本当は、こないだ雑誌に載っていたのを、美佳姉に見繕って買ってもらっただけ」
「そっ、そうだよな!? 古い着物にしては、やたらカラフルで今風だもんな!? それに、着付けにも行ってないのに普通に着替えられてたから、な~んかおかしいと思ったんだよ!」
自分で買ったんじゃなくて「姉に見繕ってもらった」というのが、ファッションオンチっぽさをかもし出していて、また最高に可愛いと思った。……本人には、言わないけど。
「君と行きたいと思って……こないだ、買っておいたの。ステキでしょう」
「あぁ、そうだったのか。うん、ステキだと思うぞ」
「ふふっ。ありがとう」
屋台に到達するまで、やたら時間がかかってしまう。
「あ、おじさん、チョコバナナ二本ね」
と俺が頼んだ瞬間、
「いえ、一本でいいです」
真子が横やりを入れた。
「あの……なんで一本だけなの? まさか一人で全部食う気なの?」
「そんなわけないでしょう」
木陰の、人がいないところに移動する。真子は、チョコバナナをあむっと咥えたかと思うと、くきっと途中でへし折った。
「……ん」
と、口にバナナを咥えて、俺に突き出す。
「ま、まさか……一緒にかじりついて食えと!?」
真子は、無言で頷いた。
マジかよおいっ。
まぁ……そんなに人も見ていないと思うし、いいか。見られたとしても、祭りで浮かれて頭がバカになったカップルだと思って、見逃してもらうことにしよう。
「しょうがねえな、いっ……いくぞ」
「はむ、んっ」
一緒にバナナを咥える。
距離が近いのに、しかしまだくちびるは触れていない……そんなもどかしさからか、真子の瞳はやたら切なそうに見えた。
「……ぱく、ぱく……んチュッ……」
公衆の面前で、長時間キスしまくる度胸はさすがになかったらしい。真子は、軽くくちびるが触れたくらいで満足し、バナナを噛み切った。
「……ふぅ。ごちそうさま」
「おっ……おそまつさまでした」
「ううん、粗末だなんて。そんなことないわ。ほら……ちゅっ」
ほんのりと甘いチョコ味がするキスを、再びお見舞いされた。
「な、何自分でキスしといて、恥ずかしそうにしてんだよ」
真子は、微妙に口のあたりをぷるぷるさせていた。
「別に……そんなことない」
「顔を逸らしながら言うな、顔を!」
一事が万事こんな調子で、お祭りを堪能した。やたらにゆっくり歩いては、買ったものを二人で半分こして食べる、という感じだ。
通りを歩ききった後には、すっかり空が暗くなっていた。
「……あ、見て。空」
大砲のような音を響かせ、空には花火があがった。
「きれいだ」
「きれいね」
真子は俺に押されるのを止めて、俺の横に立った。ただし、やっぱり手はつないだまま。指がスルっと絡められる。しかも、そのままふざけてるみたいに指をわさわさ動かしてきた。俺がぎゅっと握り返してやると、ようやく止まる。
「ゆっくり来て、よかったでしょう?」
花火の光がかすかにゆらめいて、真子のきれいな顔がくっきり際立って見えた。
「そうだな」
なるほど、結果オーライってやつか。
装甲なんて着なくても、女子と一緒に出かけることはできるし。
魔女っ子になんてならなくても、好きな格好はできる。
余計なものを、ちょっと脱ぎ捨てるだけでよかったんだな。
なんだ。こんな簡単なことだったんだ。真子の体温を隣に感じながら、俺は彼女に笑いかけた。
(終わり)
魔法少女とライダーが恋したら 相田サンサカ @Sansaka_Aida
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