02:結婚&出産報告

 「何よっ」

 「あんたも幸せになれよ」

 茜は、泣きはらした目を見開いた。

 「たぶん……それが、一番だいじな事なんじゃねえかな」

 「……貴方なんかに、心配してもらう必要なんてないわよ!」

 茜は、自分の靴と靴下を脱いだ。

 「?」

 何をするのかと思えば、俺にむかって思い切り投げつける。俺の胸のあたりに、それが当たった。いてぇ。

 「さようならっ」

 茜は、ようやく去って行った。片脚が裸足のままで。

 「……やっぱあいつ、ちょっと頭おかしいわ」

 「素直なだけじゃない? 靴、下駄箱に返しておけばいいから」

 

 校門を出て、バス亭に向かう。その途中、車にやたらクラクションを鳴らされる。なに事かと思ったら――

 「真子ちゃーん、夏樹くーんっ! おーいっ、こっちよ! 久しぶりーっ!」 

 「みっ……美佳姉!?」

 車の窓から顔を出しているのは、真子の姉の美佳さんだった。特徴的な細い瞳が真子にそっくりで、間違えようもない。

 「ほらほら、二人とも……いえ、三人みたいね。ともかく、乗って乗って! 家まで送っていってあげる」

 助手席に真子と愛海、後部座席に俺が乗り込んだ。

 「えと、美佳さん……お久しぶりです」

 「うん、久しぶりね」

 「美佳姉、どうしたの? また帰省? 来るなら、連絡くらい――」

 「そうそう。君たちもそろそろ落ち着いたかと思って、来てみたのよ。突然来たほうが、びっくりするでしょ? ところで……くっ、ふふふふふっ」

 美佳さんの含み笑いに、俺はイヤな予感をひしひしと感じた。

 「ホントにすごいわよねぇ。去年は二人とも、それはもうものすごくウブで奥手で、カップルになるのもやっとだったのに。それがもう結婚しちゃうだなんて。電光石火じゃない。いったい何があったの、ねぇ?」

 興味津々という体で、美佳さんは俺たちに問いかけた。頼むから前見て運転してくれ、前。

 「いや、その……去年、親たちが離婚しかけましたけど、あれがきっかけというか。……だよな?」

 「ええ。夏樹が島を離れることになるんじゃないかって、そんな状態だったんだけど。だから、急いで……その、ぷっ……プロポーズ、をしてくれた感じ、かしら」

 「なるほどー、そういうわけなのね。愛は障害が大きければ大きいほど燃える! ってやつじゃない。は~っ、もう、真子ちゃんがうらやましいわ。こんな良い男の子を、速攻で捕まえちゃって。この、このっ!」

 「ちょっと、美佳姉……っ!」

 赤信号中、美佳さんは真子のほっぺたをこれでもかとつつきまくった。

 「はぁ~っ、私も早く結婚したいなぁ……どこかにいい男いないかしら。ねぇ真子ちゃん、夏樹くんは、もう使い終わったんでしょ? だったら、私にくれないかな?」

 「ええぇぇ!?」

 俺はビックリしてしまった。いったい何言い出すんだ、この人はっ!?

 「……だめよ、美佳姉! 使い終わるわけないでしょう!?」

 「そう?」

 「そうよ! 使い終わるどころかっ、夏樹は一生っ――あ」

 口にパッと手を当てる真子が、バックミラー越しに見えた。

 「きゃぁ~っ! そこまで、夏樹くんが大好きなのねー真子ちゃん。ヤダもう、私うらやましいわぁ~」

 「っ……!」

 こ、これはまんまとやられたな。真子、ドンマイ。

 「ねぇねぇ、夏樹くんは? 真子ちゃんが飽きたら、私のところに来る気はない?」

 「ちょっと、美佳姉!」

 真子は美佳さんにツッコミを入れつつも、俺の反応が気になるらしく後ろを向いた。そんなに心配しなくていいのに。可愛いやつだな……。

 「いえ、お断りします。俺には、真子しかいないっすからね」

 「夏樹……!」

 真子の顔が、分かり易くぱぁっと明るくなった。子どもか。

 「うーん、そうなのー。残念ねぇ。じゃあやっぱり、都会でいい男探さないといけないわね……はぁ」

 真子さんは、ほんとうに困ったように言った。ええっと……俺に聞いたのは冗談……だよね。


 家についた。俺と真子、それから愛海が先に車から降りる。美佳さんは、車を置きに行ってしまう。

 「車って便利だなぁ。赤ちゃん背負わなくて済むじゃん」

 「そうね」

 と言った真子が、なぜか少々刺々しいように感じる。

 な、なんだろう。何か怒ってるのかな? あとで殴られたりしたら、いやだな……。

 「め、免許取れたら、真子とドライブとかしたいなぁ、あははは……」

 おべっかみたいなことを言ってみると、

 「私と二人より、みんなとドライブしたほうが楽しいんじゃない」

 真子は、つーんと鼻を上げた。

 「え、ええっと……真子さん? もしかして、なにかお怒りでいらっしゃる……?」

 「別に、怒ってなんかいない」

 と、ぶっきらぼうに告げる。

 ウソつけ! 絶対怒ってるぞ!

 「そ、そうかなあ? ……あ、分かった。愛海をずっと背負ってるから重いんだ! じゃあ、俺背負うよ!」

 「いらない。今日は私の番だし。だいたい、家はすぐ近くじゃない。言うなら、もっと早く言わないと意味がない」

 「そ、そうですね……っ!」

 機嫌悪っ! 完全に、言いこめられてしまった。

 あせった俺は、最終手段を使うことにした。

 真子の手を、後ろから握る。完全に死角からの、奇襲である。

 「あ――」

 「なに怒ってんだよ? 真子が怒ってると、かっ……悲しいんだけど」

 真子は目をパチパチさせた。怒ってる顔ともう許したみたいな顔を行ったりきたりしている。

 「だって……美佳姉に聞かれたとき、すぐ答えなかったじゃない」

 「は? 何を?」

 「美佳姉に求婚みたいなことを言われた時よ! 夏樹、少し迷っていたでしょう!」

 「え、あぁ、あれ!?」 

 あれ、美佳さんは冗談で言っただけだろう。

 ちょっと、本気に聞こえなくもなかったけど。

 ともかく、そんなことで怒っていたのか? バカバカしい……。だけど、バカバカしいなんて言ったら何をされるか分からない。俺は、無難な言い訳をひねり出す。

 「いや……ちょっと、なんて言ったらいいか、表現を迷ってただけだよ! 表現! ほら、あんまりバッサリ断ると悪いから、言葉を選んでただけ! 真子がいるんだから他の女とかないって。それは、最初から決まってるだろ?!」

 必死にまくしたてる。真子は、俺の目を「じーっ」と見つめてきた。マフィアの親分ににらめつけられているかのような、緊張の一瞬。

 そして――

 「……まぁ、分かったわ」

 「ほっ……」

 「でも、まだよ」

 真子は、トッと俺のほうに歩み寄った。愛海をつぶさないようにしつつも、俺の腕にしがみつく。

 「ほんとうに、美佳姉じゃなくて、私が好きなのよね」

 「当たり前だろ! 結婚までしたのに他のが好きなわけあるかっ」

 「じゃあ……」

 真子は目をつぶった。いったい何がお望みなのか、俺は即座に理解してしまう。

 ふぅ……。

 まったく、しょーがねぇなぁ。

 こんな真昼間から外でなんて、本当はあまり気がすすまないんだけど?

 真子がどうしてもって言うから、やってるだけなんですけど!

 と、誰にしてるのか分からない言い訳をしつつ、真子に軽くキスする。

 「んふっ、ン……ぷちゅ、ちゅっ……」

 真子の顔が、あっという間に真っ赤になっていった。俺もたぶん、そうだろう。なんだか、顔を近づけたときの密着感というか、圧迫感にはいまだに慣れなかった。

 「はむンっ、ちゅっ……ぷは! ……ねえ、きんちょうしているの?」

 「あ、ば、バレてる?」

 「ばればれ」

 真子は、あっというまに機嫌がよくなったらしく、とたんにニコニコしていた。俺の頬をつつつっと、からかう感じで触ってくる。

 「いや~っ! ちょっと恥ずいかも……」

 「恥ずかしくないわ」

 真子は微笑んだ。

 「とても可愛いし、素直でステキよ」

 「そ、そうかな?」

 真子はこくんとうなずいてくれる。

 「いつまで経っても慣れないってことは……いつまでも、私を可愛いって思ってくれてるってことでしょう」

 「まぁ……そうも言えるよな」

 そんな風に温かく言ってもらえると、少々ほっとしている自分がいた。

 真子は俺の腕を、きゅううっとつぶすように抱えた。ちょっ、痛いんですけど。

 「そういう所が、スキ。……んっ、ちゅーっ、んふふっ……チュッ、ちゅぱっ」

 どうやら、完全に危険は去ったみたいだな。

 いやー、これで一安心だ!

 「お、おう、二人とも。お帰り……」

 玄関ドアが開いていた。

 そこには、目を丸くした親父が立っていた。

 「「あっ」」 

 と、俺たちはハモる。あわててくちびるを離した。

 ……が、「とろ~っ」と垂れた唾液が、キスしていたことを返って分かり易く教えてしまっている。

 まったく……要るときはいくら呼んでも来ないくせに。なんでこういう時に限って来るんだ、この親父は!

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