『赤坂』という名の坂

駅員3

赤坂

 『赤坂』といえば、『東京は港区にある地名』を思い浮かべる方が大多数で、『赤坂という名前の坂』を連想される方はほとんどいないだろう。しかし赤坂周辺の地形は変化に富み、実にたくさんの『名前の付いた坂』がある。


 住居表示の『東京都港区赤坂』には1丁目から9丁目まであり、東京メトロ千代田線の「赤坂駅」、銀座線、丸の内線の「赤坂見附駅」があ。近くにはTBSの放送センターがある赤坂サカスやホテルニューオータニなど有名ホテルなどがあって、昼も夜もにぎわっている。

 赤坂一帯の歴史をひも解くと、江戸開幕後に開けたところで、『赤坂』という地名は、家康入城以前の江戸には見られない地名だ。


 さて、坂道の『赤坂』はどこにあるのか?

 赤坂見附から四ツ谷駅に向けて外堀通り(都道405号線外堀環状線)が緩やかに右に大きなカーブを描いて上っていく。この坂が『紀伊国坂』と呼ばれていることは広く知られているが、別名『赤坂』とも『茜坂』とも呼ばれていることを知るひとは少ない。


 紀伊国坂の左手は、高さ2~3mの土手の上に石製の壁が続いていて、壁の向こう側は赤坂御用地だ。赤坂御用地は迎賓館にかけて小高い山になっていて、周辺を『茜山』といい、「茜山への坂」というのが、『赤坂』になったという説と、ここら辺一帯の表層土が赤土で、「赤土の坂」から『赤坂』になったという説がある。

 江戸時代の赤坂御用地は、広大な紀伊徳川家の上屋敷が広がっており、坂の名前はいつしか『紀伊国坂』と呼ばれるようになった。


 坂下の赤坂見附から紀伊国坂を上り始めると、頭上には首都高4号新宿線が走っていて、右手を見ると大きな川のような外堀がある。外堀の向こう岸はこんもりとした森に覆われていて、都会に貴重な緑を提供している。

 この外堀は『弁慶濠』と呼ばれているが、そう呼ばれるようになったのは明治中期以降の事である。弁慶濠の名前の由来は、赤坂見附から紀尾井坂に向かうところに掛かっている『弁慶橋』にある。

 『弁慶橋』は、江戸時代に江戸城普請の大工の棟梁『弁慶小佐衛門』が神田松枝町と神田岩本町の間に架けた橋を、1889年(明治22年)にここ赤塚見附の外堀に移築されたことに始まる。その弁慶橋が架かる堀だということで、いつしか弁慶濠といわれるようになった。


 赤坂見附の交差点では頭上にあった首都高速は、紀伊国坂が上りだすと、徐々にその高度を下げ、いつしか右手から坂の下に潜り込んでいく。その先は、迎賓館の前庭の下を潜って信濃町方面へと抜けて行く。

 首都高速が頭上から消えると広々とした青空が広がり、実に気持ちがいい。首都高速が見えなくなると、右に曲がる交差点がでてくる。信号機には『紀之国坂上』と記されているが、坂道はここでは終わらず、さらに登りが続く。

 子の交差点を右に曲がると、外堀の上をダムのようになった築堤の上を通り、食違い見附から紀尾井坂へと至る。築堤の弁慶濠とは反対側は、上智大学のグランドとなっている。食違い見附から上智大学の脇を抜けて四ツ谷駅までは、桜が植わっていて春には見事な桜のアーチを作ってくれる。


 紀伊国坂は、紀之国坂上交差点手前から左にカーブして坂の傾斜は緩くなっていく。坂の頂上近くには、迎賓館の東門があり、かつて紀伊徳川家の上屋敷の門が、そのまま保存されている。

 明治期の地図を見ると、濠に沿って専用軌道を走る路面電車の線路が描かれているが、これは昭和に入って廃止されるまで、ここ紀伊国坂と平行して都電が専用軌道を走っていた。この都電は、品川から赤坂を経て飯田橋にいたる3系統で、1967年(昭和42年)12月に廃止されている。いまでも上智大学グランドと、紀伊国坂の間に当時の軌道敷跡が続いている。


 紀伊国坂は、小泉八雲が書いた怪談『むじな』の舞台になっている。江戸時代の紀伊国坂界隈は、日も没すると人通りは絶え、非常に寂しかったことから、人々はわざわざ遠回りをして、ここ紀伊国坂を避けたといわれているくらいである。

 ある日、日も暮れて坂道を急いで登ってきた商人は、坂の途中で若い女中が背を向けてすすり泣いているのを見つける。声をかけると、振り返った女中の顔は・・・のっぺらぼうだった。驚いた商人は無我夢中で駆け出すと、前方に灯りが見えてきたので駆け寄ると、蕎麦屋の屋台だった。屋台のおやじに助けを求めると、振り返ったおやじの顔ものっぺらぼうだったという話しである。どうもむじながのっぺらぼうに化けて、商人を驚かせたようだ。


 今でこそ該当は灯り、行き交う車は絶えないが、江戸の頃は右は外堀、左は紀州徳川家上屋敷で、夜ともなれば行き交う人も無く、さぞかし寂しかったことだろう。


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