東京の、中堅の広告代理店の若手社員の日常。広告代理店ってのはフレーバーであって、まあ普通の会社員の日常。
くそったれな現実と、ほんの少しの優しさ。
後者を戯言ととるか、リアルととるか。その選択権は誰に委ねられているのか。
リアリティは細部にあって、まさにこの小説は細部に神を宿している。
同期からの本当につまらない用事の電話。考えなしに放たれた一言がリアリティ。既視感と言ってもいい。状況も立場も時も場所も違うのに、このセリフ、僕も聞いたことがある。
主人公の上司たる2人もそうだ。この人たち、僕の会社にもいた。
一度も見たことないけど確かに存在する“マクドナルドの女子高生”のよう。
「純文学」とタグ付けされて、読みにくいのかといえばそうではない。最近見た映画に例えるなら、スピルバーグ監督の「ペンタゴン・ペーパーズ」。
物語の柱である「明日の朝までに」という時間制限と、東京のゴチャゴチャ感が文章にスピードを与えて一気に最後まで読み切ってしまう。
そして、クライマックスからエピローグに至るまでは、まるでイギリスの名ドラマ「名探偵ポワロ」のよう。最後のピースをはめるのに余計な説明も謎解きもいらない。
ホッとした気持ちと小さな勇気を分けてもらえる読後感でした。
文章が上手い!村上春樹をどことなく思い起こさせる文章。
現実世界の、ごく普通の人を題材にした小説です。こういう小説は、リアリティを出すのは簡単だけど、グダグダさせずにきっちりまとめるのは難しい。妙に説教臭くなっちゃったり。
作者は、舞台を24時間に絞ることで緊張感を維持したまま話を展開させ、綺麗にまとめていきます。文章が流れるように読みやすくて、するっと最後まで読めました。
主人公の周りには、一本ネジが飛んでて濃い人たちが出てきます。ごついゲイのねーちゃんとか、サバサバお姉さん、とかじゃなくて、現実をもう少し「現実」らしくしたらいそうな人たち。純文学タグも納得です。上司とクライアントの板挟みになったことがあるすべての社会人が共感できる作品だと思う。
でも、社会に出てない学生にこそ読んでほしい。良質の本は、知らない世界をのぞかせてくれる。たぶん、そのへんの異世界転生者より広告代理店営業のほうが、カクヨムではずっと珍しいし、ずっと冒険してる。