#LAST 夢
パパへ。
空の上から見てくれていますか?
マコトはSVのパイロットになるため日々、勉強の毎日を送ってます。
成績はあまり良くないので、皆についていくのに必死です。
どうしたらパパみたいに大空を鳥のように自由に飛べる操縦が出来るんだろう?
いつかパパのようなパイロットに私はなりたいです。
だから私のことを空の上から応援してくれると嬉しいな。
◆◇◆◇◆
西暦2056年。
桜が咲き乱れる春。
日本の四十八番目の都道府県に認定された人工島、イデアルフロートのSVパイロット養成学校ヤマト・アームズアカデミー。
「はい、黒須さんありがとうございました。では、次が六番の……しん、サナ……ナギさん」
「真薙真です。夢は父のようなSVエアロバティックスで有名になることです。よろしくお願いします」
赤い眼鏡をかけた新一年生の少女は、自分の席で立ち上がりハツラツと自己紹介の挨拶した。
この教室にいる生徒は明日のパイロットを夢見て入学してきたもの達ばかりである。
他の生徒たちにら絶対に負けるものか、とマコトは決意を胸に秘める。
「……どうして、嘘ついたんですか今……」
前の席に座る上品そうな女生徒が小声で尋ねる。
「世界を救った英雄、凄腕のエースパイロットじゃないんですか……?」
「いいの、もう。そういうのは止めたから」
学園で初めてのSVに触れたのは始業式から一週間後だ。
「ちょっとぉ! メンテ中なんだから勝手に乗らないでくれるぅ?」
操縦訓練の日が待ちきれなくて、夜中に忍び込んだ格納庫で偶然空いていたSVの座り心地を試していたら人に見つかってしまった。
「整備士訓練生も今の時間は入っちゃいけないって聞いたけど?」
「バレたか……君面白いね」
茶髪のポニーテールに耳ピアス、如何にも遊んでそうなギャル風のメカニック見習い少女はクスクスと笑った。
マコトが学園で友達と呼べる人間は二人だけだ。
「サナちゃん」
「ナギっち」
二人ともマコトの呼び方がそれぞれ違う。
あまり積極的な性格ではないので、向こうから話し掛けてくれるのはとても嬉しい。 だが、マコトは名字で自分のことを呼ばれるのが嫌いだ。
特に理由はないが少しイラっとしてしまう。
親しくなった人にこそ名前で読んで欲しいと思うのである。
「あのね、トウコちゃん、イイちゃん、出来れば私のこと名前で読んで欲しいかなって……ダメかな?」
マコトのお願いに二人は顔を見合わす。
「マコトちゃん」
「マコっち」
かけがえのない親友を得てマコトは幸せだった。
それから、しばらくして秋の終わり頃に生徒対抗のSV戦が行われた。
「加速、跳躍、見敵、必殺!」
脚部ローラーにより滑らかな滑りで疾走するマコトの《ビシュー》は、障害物のコンテナを飛び越えて隠れている相手リーダー機の頭部を蹴り飛ばした。
「そこまで! 勝者サナナギチーム!」
試合終了のホイッスルが鳴り響くと同時に沸き起こる歓声。
チームの陣地に戻り、機体を降りたマコトはトウコとハイタッチをする。
「流石マコトちゃんですわ」
「いやいや、トウコちゃんの陽動があってこそだよ」
「私の機体カスタマイズも褒めてくれるといいぞ」
二人の肩を後ろからヨシカがギュっと抱き締めた。
「つまり皆の勝利だ!」
歓声が沸き上がりマコト達を包み込む。
これは仲間の力で勝ち取った一位。
絆の力がマコトの心を更に強くしたのだ。
◆◇◆◇◆
『貴方が欲しかった強い心の鎧のは、そんな幻のような思い出なのですか』
──だって、そうでもしないと辛いよ。もう疲れたんだよ……トウコちゃん。
『いつもの前向きなマコトちゃんは何処へ行ったんですか?』
──私は本来こういうんだよ。ネガティブで、根暗で、不幸で、弱い。だから強い鎧が欲しかったんだ、心を守る鋼の鎧を。こうなったのもトウコちゃんのせいじゃん。
『……否定はしません』
──無かったことに出来るからそうしたい。でも無理。無かったことに出来なくても私はもうゴッドグレイツから出たくない。
『あとは目覚めるだけなんです。皆マコトちゃんのこと待ってますよ。その手を伸ばしてください!』
──……。
◆◇◆◇◆
闇の中、マコトの目の前で小さく炎が揺らいでいる。
幾度も繰り返される妄想も飽き、誰の声も聞こえなくなってどれ程の時間が経過したのか覚えていない。
炎は吹けば消えそうなほど小さいが、力強く照らされる光がマコトの魂をこの場に留めた。
もはや自分が生きているのか死んでいるのかもわからなくなっている。
意識か無意識かの間をさ迷いながら、マコトはじっと炎を見つめ続けていた。
「マコ……ト」
誰かの声が聞こえる。
しかし、マコトの体は石のようになって動かない。
「……マコト」
また声がした。
それは、だんだんと近づいている。
「マコト……」
薄れゆく記憶の遠くの方で聞いたことのある声。
優しく、とても安心する声だった。
「マコト」
その人物は目の前に現れた。
心の中で存在を捏造し、英雄というありもしない偶像に仕立てて心の支えにした人物。
生きていれば心の底から今すぐにでも逢って謝りたいその人物。
声の正体は父、真薙裕史だ。
「大きくなった、でも泣いていたら美人が台無しだぞ?」
「…………ぱ……パパ……?」
裕史は子供をあやすように、マコトを高く持ち上げる。
「ち、ちょっと……赤ん坊じゃないんだから!?」
「ハハハ、いやぁすまんすまん」
顔を真っ赤にしながらジタバタするマコトを降ろして顔を覗く。
「眼鏡、大事にしてくれてるんだな?」
裕史はマコトの顔から眼鏡を外す。赤い縁の眼鏡の蔓を見ると裕史の名前と誕生日が小さく刻印されていた。
「当たり前だよ。パパの眼鏡だもん」
「ふーん……そうだねぇ」
裕史はクスッと笑い、マコトに眼鏡を返して隣に座って浮かぶ小さな炎を見つめる。
「どうしてこんなところにいるんだ? みんな待ってるんじゃないのか?」
「……だって、許してくれないかもだから」
「何を?」
「私が、暴れて……街を」
「マコトが悪いヤツから友達を守ってしたことだろ? きっと許してくれるさ。パパだって訓練中に格納庫へ激突してスゴい怒られたことあってな。怪我人はパパだけだからセーフさ……ほらここ」
あぐらをして膝をポンポンと叩く裕史。マコトは少しだけ恥じらいながら、その父の膝の上にそっと座る。
「マコトは頑張ったな。パイロットが夢だったんだろ? そう言えばヒーローになりたいって、昔アニメ見ながら言ってたな。叶ってよかった」
「ち、違う……それはパパのことを馬鹿にされたくなくて言った嘘で……」
「でも現実になった。マコトは友達を守れるヒーローだ。そう思うだろ君も」
裕史の視線の先には、いつの間にかクロス・トウコが立っていた。
「あれ……私、私の魂はゴッドグレイツに……」
既に心も体も消えてしまったと思っていたトウコは戸惑う。
「君の、と言うか伽藍童馬が何かを仕組んでいたのは月影と言う人から聞かされていたよ」
「……えぇ、そう……なんですの?」
「俺がゴッドグレイツに取り込まれてたのは君のせいじゃない。すべては俺が望んだことなんだ……こっちおいで」
そう言って裕史は自分の上に座るマコトを左へ少しずらして空いた右膝を叩く。
「え、でも……」
「……いいよトウコちゃん」
「…………では、お言葉に甘えて」
遠慮がちにトウコは裕史の膝上、マコトの隣に座った。
「俺にも見栄があってな。マコトに誇れる父親になりたいって思ってゴッドグレイツに乗った。結果的にこうなった後悔はしていない。マコトのことをこんなに近くで見守れたからな」
二人の少女の肩を裕史は抱き締める。
「ありがとう」
「パパ……」
「…………私の父はこういう愛情表現はしてくれませんでした。こんなとき娘としてどういう反応をすればいいんですか?」
「甘えればいいと思うよトウコちゃん」
感極まって涙を浮かべるマコトは父の胸に顔を埋めた。それを見てトウコもマコトの行為を真似をする。
「さぁ、そろそろ行っておいでマコト」
「行くって、何処へ?」
「パパはマコトを引きこもりに育てた覚えはない。迎えが来てるぞ」
裕史が指を差す。
あの小さかった炎が大きく燃え上がり道を作った。
遥か道先には外へと通じる光の空間。
そこで待つ青年が一人、手を伸ばしていた。
「マコトッ!」
「……ガイ?」
立ち上がるマコト。一歩踏み出したが、それ以上は動くのを躊躇った。
「パパ!? ねぇ、もう会えないの? トウコちゃんも?!」
振り向くと裕史もトウコも遠くへ離れていく。近付いても近付いても、その距離は縮まない。
『ゴッドグレイツと共にある。いつだってマコトを守る鎧になって一緒にいる……それとな、それママが買ってくれた眼鏡なんだ!』
「ママの眼鏡?」
『パパの誕生日に買ってもらったプレゼント。ああいう気の強い人だけどパパは好きだったんだよ。だからマコトも嫌いにならないでくれ!』
「うん、わかったよ。努力してみる……だから行かないでっ!」
どんどん遠くなる二人をマコトは必死になって追い掛ける。
『夢を叶えろマコト』
「パパ! トウコちゃんっ!」
『……マコトちゃん、私は貴方のことが本当は大嫌いだった。でも、それは羨ましかったからで家族って良いものなんだなって今わかりました。私もずっとここからマコトちゃんのことを見守ってます。だから心配しないで……大好きだよ!!』
手を振る二人が加速度的に離れて、その姿は次第に見えなくなった。
マコトの体は抵抗もむなしく後方に引っ張られる。
闇は光に包まれた。
◇◆◇◆◇
「……っ」
目覚めたマコトが最初に目にしたのは何も映っていないディスプレイだった。
計器がほとんどなく最低限の操縦レバーしかない広い空間、心地よい暖かみを感じる体にフィットしたシート。
見慣れた《ゴッドグレイツ》のコクピットである。
深い眠りから覚めて堅くなった体を伸ばし、眼鏡の下から目を擦った手は涙で大量に濡れていた。
「いい夢は見れたかよ、お姫様?」
開かれたハッチから顔を覗かせる傷の男、ガイが微笑みかける。
「ガイならわかるんじゃないの?」
「それがよぉ、お前の心を読もうとすると二人に邪魔されるんだよ。オッサンが俺に娘をくれないのはわかるが、アイツは関係ないだろうに」
肩を竦めるガイの言葉にマコトは思わず吹き出しそうになった。
あの出来事は夢や幻じゃない。
二人はマコトの中で生き続けている。
「夢は叶えるものだよ」
マコトはガイへ手を伸ばした。
「俺はお前と、お前の夢を守る……遅くなったな」
ガイはマコトの手を二度と離さないようにしっかり握る。
「私のことちゃんと守ってよね、ガイ」
夢を叶えるのに早い遅いは関係ない。
初めからでも途中からでも遠回りでもスタートは出来る。
マコトの夢は、ここから始まるのだ──。
鎧装真姫ゴッドグレイツ 靖乃椎子 @yasnos
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