第5話 猫の日特別編:化けの皮
化けの皮を被った猫が町に住んでいる。そんな噂が流れ始めたのは年が明けてから数日経ってからだ。主に近所の小学生達の間で囁かれているという。その話を教えてくれたのもまた小学生だ。化け猫かというとそうではないという。あくまで化けの皮を被った猫らしい。もっと正確にいうならば、猫の皮を被った化け物だ。
「猫の皮に何かが……分かんないけど、何か入って、着ぐるみみたいにして猫のふりして動いてんだって」
どうやら尋常でないのは見た目ではなく、その動きらしい。まるで作り物のようにギクシャクしているからすぐ分かる、とその小学生は語った。見たことがあるという。
「黒猫だったよ、俺が見たの。けど別のやつが見たのは三毛とか灰色とかのもいたって。だから、体の色変えられるか沢山いる。多分」
噂になるというのだから目撃例も多い。学校のクラス内だけでも十例を越えるそうだが、これは全員が見たとは限らないだろう。或いは普通の猫と見間違えた者もいるのではないか。尋ねてみると小学生は、それはないと断言した。
「すぐ分かるし。遠くからだったけどやっぱ変だった。なんかぐらぐらしてたっていうか……骨がぐにゃぐにゃして。歩くときの足とか、なんか、変なところで折れ曲がってて気持ち悪かった」
病気か何かではないのかと重ねて尋ねれば、学校教員や親達もそう言っていたと溜め息を吐く。
「理科の先生が、色んな模様の猫で見た人がいるなら伝染病かもだって。だから猫飼ってるうちは暫く外出すなって」
小学生はそう呟き、バイト先の看板猫を撫でた。彼はこの猫が心配であるが故にわざわざレジで呆けている店員、即ち私を捕まえ、このようなことを言ってきたのである。
「どっちでも怖いしミミも気を付けろよ」
撫でられている猫はみゃあと鳴いた。産まれてこのかた飼い主無しで外を歩いたことのない箱入り娘である。恐らく心配は無いと伝えるとうん、と一つ頷いて小学生は帰って行った。
店を出ると猫が歩いていた。茶色の虎猫だ。すぐに奇妙だと気付いた。四肢を引き摺るように地面に叩き付けて進み、毛皮の下がぼこぼこと蠢いていた。知っている。放置されて蛆の湧いた動物の死体は無数の虫が毛皮に閉じ込められて皮膚があの動きをするようになる。けれど蛆にしてはあまりにも一つ一つの凹凸が大きい。総体としてはよく分からない生き物だった。噂の化けの皮を被った猫とはあれか、と僅かに距離をとる。複数個体いるという噂は本当だったらしい。確かにあれは子供からすれば化け物に見えるだろう。
ただ、理科の先生とやらが言っていたように病だとしたらどうだろうか。捕獲とまでいかずとも様子を観察する程度ならば出来るかもしれない。
そっと近付きつつ目を凝らす。やはり動きがおかしい。足を曲げる位置さえ一歩ごとに変わっている。関節が一本も無いようだ。どういった理屈であのような動きが出来るのか、今にも転びそうである。そんなことを考えていると案の定、前足がぐちゃりとあさっての方向へと曲がった。進もうとしていた後ろ足を止められなかったらしく、猫は前のめりにそのまま転ぶ。
転んだ拍子に何か塊のようなものが口から飛び出た。それも一つではない。ごろごろと押し出されるように四つ出た。同時に奇妙なことが起こった。猫の頭部が萎んでいくのである。詰め物が抜けていくようだ。けれど、生きている猫ならば入っているのは骨と脳のはず。転んだ程度で転がり出たりするとは思えない。咄嗟に出てきた何かを見た。動いている。よくよく目を凝らせば胴と尻尾がある。鼠だ。四つの塊と見えていたのは四匹の鼠だった。猫は萎んだ頭をぐらつかせながら顔を地に伏せている。鼠達は自ら口の中へと戻っていく。萎んでいた頭が膨らみ、猫はまた立ち上がって歩き始めた。
ただ餌を口の中に貯めておいただけだったのかもしれない。頭が萎んだように見えたのは眼の錯覚であり、あれは単なる病気の猫なのかもしれない。けれど私の中には一つの想像が渦巻いていた。
あの関節を不自然に曲げる動き、肌を波打つように動かしている様子。あの猫は既に死んでいるのではないか。ああそうだ。少年も確かそう言っていた。
「猫の皮に何かが……分かんないけど、何か入って、着ぐるみみたいにして猫のふりして動いてんだって」
あれは猫ではないのだ。中にぎっしりと詰まった鼠達がさながら獅子舞のようにして動き、猫のふりをしている。死体を内側から食い破ったか、もしくは生きたまま……
確認すればよかったのかも知れないが、猫はいつの間にかどこかへ行ってしまっていた。私は次に少年が来たらぜひともこの話をしてみようと思った。
少年は数日後来た。私が話をする前に彼は暫く店に来られないと告げた。学校から、しばらく外出を控えるようにと言われたらしい。不審者が近所に出没し始めたため、子供の一人歩きは危険とのことだった。
「……この間言った猫みたいな、ぐにゃぐにゃの着ぐるみみたいな人間が出歩いてるんだってさ」
死体を内側から食い破ったか、もしくは生きたまま。あの猫との遭遇した際に考えたことが頭を過った。
考えたくもない話であると思った。
怪奇というには生ぬるい 梅丸 @codium-fragile
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。怪奇というには生ぬるいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
就活がつらい/梅丸
★3 エッセイ・ノンフィクション 連載中 4話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます