・・

白い吐息を吐きながら街を練り歩く。


「すべて君が悪い」

君がただ君を信じたのが悪い。ただ現状に不満を持ったまま不貞腐れて生きていたらよかったんだ。

すべてに妥協して生きたらよかったんだ。

欲しいモノなんて手に入らないし、やりたいことなんてできないのが当たり前。

何も降らないし落ちてない。

「期待するからいけないんだよ」


誰に言われたわけでもなく頭の中で響き続ける。

昼から何も食べてないな。どこかで食べようかな。どこかで一杯ひっかけるも悪くない。できたら濃いのがいいな。あとで後悔するような。眠くなってしまうような。


食べて何になるんだろう。少ない手持ちを減らしてまで幸福を得る意味はあるのか。

それはそもそも幸福なのか。君は腹を空かせたままでいた方が幸福なんじゃないのか。


結局、缶ビールとカップ酒とちょっとした肴を片手に提げて冷たい街を後にした。


お腹減ったなあ。


冷たいアパートが暖かく僕を包み込むわけがなく、ただ独りにさせるだけだった。


何も期待なんてしてないけど何かを求めて街に出て、何かに裏切られた気がして全部が嫌になる。


人間なヒトを見ると何だか少し寂しくなる。誰かを羨むヒトは沢山いる。

それでも僕は特別寂しく惨めな気がした。ひとりで勝手に、世界で一番不幸な自分を感じている自分が一番惨めだった。


考えて考えて、自問自答に疲れると、やがて君がひょっこり顔を出す。


すべてを赦してくれそうな瞳で僕の死んだ目を覗き込む。


「外、寒そうだね」


うん、と声にならない言葉で返すと、彼女は空の鍋を温める。


手も喉も洗わずにソファに座り込むと、僕は煙を吐き出すようにため息をする。


「どうしたの」


ゆっくりと彼女は僕の隣に腰掛けた。


また僕はせっかくの休日を無駄にしたよカナタ。


「疲れてるのよ、あなた」


温かい手が僕の一番冷たいところに触れる。


疲れてなんかないよ。みんな僕より何倍も疲れているんだ。僕は疲れていない。僕は疲れちゃいけないんだ。疲れるなんて許されないんだ。


「疲れてる。あなたは疲れてるわ。誰よりも。ね」


彼女はCDと本の詰まった棚の前で考え込んで、やがて一枚のCDを持ってコンボへ向かう。

古びたスピーカーからニール・ヤングが流れ出す。


「もう考えるのをやめて」


「私の声だけでいいの。誰もいらないわ」


楽しそうな街のヒトたちも、八つ当たりする彼らも、かつて僕と同じレールを生きていたあいつらも、全部僕の中から溶けて消えていく。


彼女の温かい吐息で麻痺した僕の頭の中でただただハーヴェストムーンが響いていた。

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カナタ おイモ @hot_oimo

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