お好み焼き、食べて帰ろうやぁ

梨香

お好み焼き、食べて帰ろうやぁ

 広島のお好み焼きといえば、千切りキャベツがどっさり、ソバも、肉もてんこ盛りの広島焼きが有名ですが、私が思い浮かべるのはクリスピーピザのように薄くて、肉もミンチがほんの少しの府中焼きです。

 広島県は瀬戸内海に面して東に岡山県、西に山口県と横に長い地形なのですが、私が子ども時代を過ごした府中市は、岡山県に近い福山市から中国山地に向かって芦田川を逆のぼった場所にあります。山に囲まれた川沿いの町なのです。


府中という名前の通り、昔は国府が置かれていた古い町で、川沿いの平地には商店街と民家が混在しています。

府中の町の山際には旧制中学、旧制女学校が統一された府中高校があり、そこの生徒にはそれぞれお気に入りのお好み焼き屋があるのです。JRの府中駅から府中高校まで徒歩で20分ぐらい歩くのですが、その途中にも何軒ものお好み焼き屋がありました。

どの生徒には大概行きつけのお好み焼き屋があるので、下校時にはこんな風な会話をよくしたものです。

「なぁ、帰りにお好み焼き食べて帰ろうやぁ」

「ほうじゃなぁ、平野屋に行こうや」

「えぇ~! うちは小谷屋が好きなんじゃけど……」

「古川がええわ」

 高校生が三人寄れば、どのお好み焼き屋に行くか? それぞれの好みの味、クリスピーさ、しっとりさなどで難しくなります。その上、私が高校生の頃はお好み焼き屋は普通の家の土間を改装して営業している店が多く、おばちゃんが一人で切り盛りしていました。

 このおばちゃんとの相性も行きつけの店を選ぶ重要ポイント。それと、そこに集まる客でお好み焼屋の雰囲気も変わるのです。

「あんた、平野屋に行きたいんは佐藤君らがたむろしているからじゃろぅ」

「そんなこと……うちは平野屋のお好み焼きを食べたいだけなんじゃ。一番、美味しいけぇ」

『一番美味しい』なんて言ったら面倒なことになります。府中焼きは広島焼きより薄くクリスピーですが、店によって厚みが異なり、パリパリからしっとりまでさまざまなのです。他の町の人が府中焼きを食べたら、どの店のも『広島焼きより薄くて、ソースが辛い。ビールのあてにあう』と感じるのでしょうが、地元住民には「固いけぇ、好かんのう」「べちゃべちゃしとる」と好みではない府中焼きには厳しいのです。 

 私は薄いタイプが好きでしたので、平野屋、小谷屋が行きつけでしたが、友達は古川のしっとりしたのが好きでした。古川はおでんが美味しく、冬場は友達と時々浮気しました。夏場は小谷屋で百円かき氷が食べたくて通ったりしました。


 お好み焼屋を選んだら、府中の昔からの狭い路地をこちょこちょと抜けて食べに行きます。今回はどうやや平野屋になったようです。高校からも近く、放課後は高校生がいっぱいです。

 鉄板の前に四、五人、あとテーブル席に四人。

「いっぱいじゃなぁ……どうする?」ガラガラとガラス障子を開けたら、鉄板の前もテーブル席にも生徒が座っていました。

「いらっしゃい! あんたら、食べたら帰り! さぁ、テーブルに座って、何にする?」

「ソバ、肉、タマ」

 食べ終わった客を帰し、テーブルで待っていた生徒を鉄板前に移動させ、新しい客を迎え入れる。威勢の良いおばちゃんが平野屋の看板です。小柄でいつも着物に割烹着を着て、鉄板で美味しいお好み焼きを何枚も同時進行で焼きながら、ちょっと不良っぽい男子生徒にお説教したり、甘やかしたりしていました。

 府中焼きは、熱々の鉄板にクレープみたいなタネを伸ばし、かつお節の粉、そこにキャベツの千切り、ソバ、そしてミンチをパラパラとふり、タネをスッーと回しかけて、焼き始めます。ある程度焼いたら、その横に卵をパンと割り入れ、お好み焼きを大きなテコでパンとひっくり返して乗せるのです。卵が固まったら、ひっくり返し、ソース、かつお節の粉、青海苔をかけて出来上がり。

「テーブルで食べる? 鉄板で食べる?」

「鉄板で」

 鉄板の上では、次の客のお好み焼きが焼かれているので、猫舌には辛いのですが、やはり鉄板の方が美味しいです。小さなテコで切りながら、フゥフゥしながら食べるのですが、下手をするとキャベツの千切りの部分でばらけてしまい制服の上にソバなどが落ちてしまいます。これを上手に食べられるようになると、一人前の府中高校生です。


 何軒かのお好み焼き屋さんは閉店したり、代替わりしたりしましたが、今でも新規のお店が増え、角を曲がるとソースの良い香りが漂っています。


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